暗闇に光りさす。

しばらく落ち込んで

そこそこなやんだ。

でもどれだけ悩んでも結論は同じだ。

彼女の日本への在留許可は一年間。

9月には中国に帰るのだ。

それはどうにもできないのだ。

彼女はきっと僕との関係は9月までと割り切っているのだと思う。

悩んでもしかたがないのだ。

その一年もあとわずか4ヶ月。

最近では彼女の休みの日なら、僕がその日仕事でも出勤前に会いに行く。だから月に8回から9回くらいはプライベートで会う。

仕事でも時間帯は違うけれどほぼ毎日会う。

当初の考えより頻繁に彼女とは会っている。

燕も別に拒否するでもなく、予定がなけるば会ってくれる。

少なくとも日本にいる間は僕の恋人でいてくれる。

僕に出来る事は彼女が日本でしか出来ないことを一緒に楽しむ事だ。

充実した時間を彼女と過ごしたい。

それがそこそこ悩んだ末にだした、僕のこたえだ。


6月はこの辺りでは蛍が見られる。

わずか2週間程しか見れないし、

雨が降ると見えづらい。

天気の良い日をねらって

誘ってみる。


ーういしんー

15:00

「今日仕事終わったら連絡くれる。」

17:38

「今仕事終わり。」

「忙しかった?」

「ちょと」

「今日蛍見に行こうよ。」

「蛍?」

「萤火虫。」

「私見た事がない。今から?」

「うん。迎えに行くし一緒にご飯食べに行って、暗くなってから蛍見る。」

「明日私仕事。」

「大丈夫22時にはあなたの家に帰る。」「OK!」

「18時30分に迎えに行く。」

「はい。」

考えてみればまだまだ行きたいところや一緒にしたい事が沢山ある。

残り4ヶ月では足りないくらいだ。

彼女が知らない事や日本でしか出来ない事を沢山したい。


二人で軽く夕食をすませると、ようやくあたりが暗くなってきた。


蛍を見ると言ってもどこでも見られるわけではない。

きれいな水辺の人気(ひとけ)の少ない薄暗いところ。

ある程度スポットを把握していないと、普段通りに生活していたら気がつかない。

僕は最近見つけた神社の境内に続く道に彼女を連れていった。


暗がりを彼女の手を引いて歩いていると、少し肌寒いのか彼女の方から腕を絡めてきた。

腕に彼女の胸が当たるのを感じながら、目的地にたどり着くと、蛍光の鮮やかな緑色が暗闇にふわふわと浮かんでいた。

沢山ではない。

長く真っ直ぐ続く境内までの道は、両端に小さな水路の水の流れがある。 

咲き始めた紫陽花の葉の裏で光を放つもの、新緑の季節を過ぎた桜の木にとまるもの。

水辺の上を頼りなく飛ぶもの

自然の物とは思えない光の残影。

まるでプロジェクションマッピングのような、でも生あるものの温かみのある世界。

今日ぐらい程よく幻想感のでている見え方は今まで見た事がない。

と思いながら横にいる彼女を見たら、可愛らしい笑顔でゆっくり光をおっていた。

きっと好きな人と見てるから見え方もまた違うのだろう。


「きれいでしょう。」

「うん。すごい!」

「よかった!」

「私ははじめてみた。これむし?」

「そう虫だよ。」


そこへフラフラっと一匹の光がこちらに向かってきた。

フワッとつぶれないように優しく手をあわす。

以外と簡単に捕まる。


「見てみる?」

ゆっくりと手を広げると光を放つ蛍が、

手の中を歩いていた。


それを見た彼女は僕の腕に顔を埋めて…


「いやー!むりむり。私むし無理。」

「?!」

「光る見るきれい。むし見るきれいじゃない!」

「OK!わかった。」

手を広げると羽を広げて飛んでいった。

それにしても恐がるところも…。


「かわいいな。」

「ふっふ。」


二人で顔を見合わせて微笑んだ。

これだけ幻想的な風景が見れるのに、

辺りに人はいなかった。

まぁちょとした穴場なのだと思う。

周りを気にしながら

そのまま彼女を抱き寄せて、

唇を合わせた。

彼女もそれを受け入れた。


蛍が光を放つのは

雌を呼び寄せる求愛の行為だ。

長い間幼虫は水の中で過ごし、

やっと手に入れた羽で飛び交い

愛するものを求める。

光を放てるのはわずか14日ほど。

短い期間で愛を育み、

儚い命を終えるのだと思うと、

なんだか他人事に(他虫事?)思えなくなる。

暗闇にさす淡い光は未来を暗示して見えた。


「燕は本当に可愛いな。私、燕が大好き。」

「ふっふ。私もあなた好き。」

「ありがとう。嬉しい。」


神社の境内に入ると、夜にも関わらず神台付近はライトアップされていた。

この神社は馬を奉っているらしく、

実は二人とも午年の生まれなのだと話ながらあらためて気がつく。

ちょうど一回り違うのだと再認識しつつ、

ちょっとした運命を二人で喜んだ。


「あなた午年生まれなのに、さっき馬肉食べた。」

「あー本当だ。」

「あなた悪い!」

「もう馬肉食べるのやめます。」


と賽銭箱を前に謝る。

それから神頼みの仕方をレクチャーしてから、五円玉を二枚用意して、一枚は彼女に持たせて二人で賽銭を投げ入れた。


「何で五円玉?」

「あー。願い事にご縁がありますように。ってね。わかる?」

「んーちょとわかる。あなた何を願う?」

「ずっと燕と一緒にいられますように……。燕は何を願ったの?」

「ナイショ。」

「なんなん?教えてよ。」

「わかりません!」


そう言いながら彼女の家に向かった。約束の

22時まではあと5分しかないので間に合わないが、彼女も僕も明日は仕事だ。

もっと一緒にいたいけどしかたがない。

15分程歩いて家まで着いた。


「ありがとう。楽しかった。」

「私も楽しかった。また明日。」

「うんまた明日。」


それからもう一度彼女を抱きしめた。

彼女は手を僕の体を撫でるように肩まですべらせて、自然と顔を近づけ別れを惜しむように舌を絡ませた。


わりきらないといけないとわかっていながら、燕への気持ちは募るばかりだ。

楽しい気持ちと寂しい気持ちが半分半分。

でも悩んで無駄に過ごすより、彼女と過ごす一日一日を大切にしようと心に決めて、

彼女の家から20分の帰路へむかった。




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