歩幅

ここに連れてきて正解だった。

目の前に広がる景色

二人でしばらく眺めていた。


彼女は、というか彼女たちはスマホで写真をとるのが大好きだ。

沢山の写真を取りながらはしゃぐ彼女を、

僕もスマホにおさめた。


湖には魚を取るために、波立つ水面に何回も潜る水鳥がいて、何回かに1回魚をくわえて浮き上がり丸のみしている。

遠くには遊覧船がゆっくりと進んでいて、

陸ではルアーフィッシングを楽しむ人たち、

犬を散歩させる老夫婦。

その隣では、シャボン玉を孫娘と一緒に楽しむおじいちゃん。

今日は平日なので、若いカップルはまわりに見当たらない。

そんな景色を二人で肩をよせあい

ただ眺めてる。

そこに言葉なんていらなかった。


静まりかえった景色の中

お腹がなった。

「ワタシオナカスイタ…。」

と彼女が言った。

二人で顔を見合わせて声をだして笑った。「オッケーなんか食べに行こうか!」

「わたしアイスクリーム食べたい!」

「歯が痛いって言ってたのに?」

「今ダイジョウブ!」

「歯医者いきなよ!」

「いかない!!」

「わかった。」


昔はあったはずの31がなくなっていたので、近くのカフェで彼女はアイスクリーム美味しそうに食べて、僕はその横でアイスカフェモカを飲んだ。

そのあとウィンドウショッピングを楽しみながら、日が傾いてきたので健全的に帰宅する事にした。


なんだか今日1日で急激に彼女との距離が縮まった気がした。 


僕の人生はずっと誰かを追い続けてきた。

いつでも前を歩く人がいて、

それに追い付こうと必至に走る。

時にはハイペースで、

自分に無いもの埋めようとして、

頑張って相手のペースに

相手の求める者へ近づこうとしてきた。

今は違う。

無理をしてない。

彼女に振り向いてもらおうと努力はしてるけれど、彼女はそれに答えてくれる。

追い付く為に必至じゃない。

それはきっと彼女も僕の歩幅に合わせてくれるからだ。 

お互いに歩み寄る。

だから二人並んで手をつなげる。

それだけの幸せ。

40年近く生きているのにそういう幸せを初めて知ったのだ。


別れ際にいつものように顔を近づけて

少し彼女の唇に視線を送った。

ちょっと見つめあって素敵な笑顔で

「ダメ。」

やんわり拒否。

不意討ち以外は今のところ駄目みたいだ。

でも一瞬許されそうな気がしたのは

気のせいだろうか?

断り方も「ムリ」から「ダメ」に変化した。

「ずっとダメ?今はダメ?」

「マダダメ!」

「おー、次はオッケー?」

「タブン…知りません!」

多分…?

「多分?私の真似した?」

二人で顔を見合わせて、声にだして笑う。

別れる時も笑顔。

そして彼女を抱き寄せて、

「バイバイ。」

「バイバイ!また明日ね。」

気持ちが高揚したまま自転車で通りにでた。


彼女の本心は正直わからない。

ただ今の関係を楽しんでいると信じたい。

でも自分にとっては最高の休日だった。

そんな事を考えながら自転車で20分の家路を走っていた。


最高の休日に…



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