雨を包む

生ぬるい強風が自転車の進行を遮る。

前方で踏み切りの警告音が響きだし、

遮断機がおりたので足を止めて

電車が通りすぎるのを待つ。

駅からすぐ近くのこの踏み切りは

待ち時間が非常に長い。

案の定片側だけついていたはずの矢印形のランプが両側に変わってしまった。


線路横の保育所で、外で遊んでいた園児達を雨をあんじて急かしながら教室に戻す先生たち。

つい自分の子供の事、

別れた妻の事を考えてしまう。

彼女に対して未練があるわけではなく、

自分が好き勝手に生活している事に申し訳なく思うのだ。


ようやく開いたゲートをくぐり抜け、

再び彼女の家へと向かいペダルをこぎ始める。

つい先日まで乾いていた田んぼに水が張られ、稲を育てる準備が始まっている。

いつもの通勤路であるこの道は、季節毎に景色が変わる。

これからは稲の小さな緑が、夏を過ぎれば緑緑と生い茂り、秋にかけて淡い稲の色に染まっていく。奥に広がる山々も薄紅色の春を越えて、秋にかけては紅葉の色づく木々が山を染める。


なんて干渉に浸りながら走っていたら、目の前を燕が低空を飛んでいく。

湿った空気のにおいがする

「やばい、一雨くるな。」

なんて独り言を言い切らないうちに、強い風に混じって雨粒が頬をかすめた。

隣街にかかる橋にさしかかったところで、自転車を降り、傘をさして徒歩に切り替える。

川の橋の上は特に風が強い。

しびれを切らした黒い空が、

涙をながしはじめた。

大粒ではあるが、量は非常に少ない。

生ぬるい向かい風を受けながら、

役にたたない傘を閉じて、再び自転車にまたがったら、雨に混じって何かが落ちてくることに気がついた。

雨水を包み込んだような白い玉。

手に取ると氷の塊だった。

「雹?!」

風がこんなに温いのにヒョウなんて降るの?しかも雨に混ざってはほんの少し。

全部ヒョウならえらいことだが、

今目の前にある景色はとても温かく、

幻想的だった。

思わず足を止めてそのまま空を見上げた。


雨を包むと書いて「雹」

まるで悲しい涙を覆うような

そんな気持ちになった。

不思議な体験だった。


橋を渡りきると雨も雹ももうほとんど降っていなかった。この街では川をひとつ越える度に少し気候にが変わる。

彼女の家まで自転車であと5分程だ。

また空が悲しい顔をする前に

なんとか彼女の家に着こうと、

傘をしまい自転車を走らせた。

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