ひろがる

その日は朝からトラブルが相継いだ。

前日の出荷のクレーム

新商品の対応不足

製品の凝固トラブル

従業員の急な休みによる人手不足

苛立つ上司と

混乱する現場


「仁さんクリームがダレダレ…。」

「まぢか?」

「カタマラナイ、カタチナイ、ムリ!」

「配合は?間違えない?」

「ダイジョウブ!」

「とりあえずクリーム作り直して!それから充填する機械ばらして一回洗って!」

迅速な判断が必要とされる。

上司は内線で朝のクレームの処理対応をしている。

一時間以上生産ラインを止めてしまうと、時間内の出荷が間に合わない。

「仁さん!機械の中にクリームのキャップが…。」

「はっ?!」

少し苛立っていた。

「今日クリーム誰だよ!」

手を挙げたのは燕ちゃんだった。

不安そうな顔でこちらを見る。

周りの人達の視線も集まる。

こういう時は怒って怒鳴り散らしても、みんなの士気が下がる。

「とりあえず、立ち上げ直そう。機械は組おわった?新しいクリームは?出来てる?とりあえず一回いれて、ダレがないか確かめてみてくれる!」

「大丈夫です!」

「OK再スタートしよう!」

「スミマセン…。」

うつむき気味な燕ちゃん

「あー気をつけてな。」

再び活気を取り戻す製造ライン。

別に燕ちゃんだから怒らなかったわけではない。いつもいい加減な仕事をする人ならばともかく、キチンとしている人が失敗するのは仕方がない事だと思う。

それを一時の感情で怒鳴り散らしても、きっと次に繋がらない。

恐怖では人の心は一つにならない。

一度バラバラになってしまったライン上の人の心は、次のトラブルを呼ぶものだ。

と、僕は思うのだ。

とにかく今はなんとかなったのだ。


少し視線を感じて振り返ると女性の従業員さんが…

「仁さんやっぱりそうなんだ!」

と燕ちゃんを指差す。

「ん?何が?」

「いや、優しいね。」

「?なんの話し?」

「結婚するんでしょあの娘と。」

はいっ?なんの話?

「けっ結婚て‼誰がそんな事言ってるの?!だいたいあの娘との事なんで知ってるわけ?」

「えー。みんな知っているよ。」

「みんなって?!」

「朝の従業員さんはだいたい知っているよ。張さんが研修生に聞いたって!」

張さんは日本に住んでる日本語話せる中国人の従業員さんだ。

最悪だ…。

しかも噂は本当の話よりかなり大きくなっていた。


お互いの家を毎日行き来していて

ご飯の面倒は全部僕がみている。

新しいスマホも買い与え

こどもができたので

今度親に紹介するために東京に連れて帰る


全部間違った情報ばかりだ。

教えてくれた従業員さんに一応全部間違えだと伝えると、

「えー、本当に?」

と疑念の返事に何故か

「すいません。」

と謝ってしまう。

「でもなんでこんな話しが大きくなっているんだろう…。」

「やきもちじゃない?」

「やっやきもちって!!」

「いや仁さんがモテるってわけじゃなくて、彼女が特別扱い受けていることに対してってことだよ。」

「あーそういうもんですか?」

「そういうものよ。女は怖いんだからー!ちゃんと守ってあげなさいよ!付き合ってるのは本当なんでしょ。」

「はぁーまぁ…。」

「そこは間違えじゃないんだねー。」

「あっいやっ」

まんまと言わされてしまった。

自分の乗せられやすい性格にも問題ありだ。


みんなが知っていると思うと、なんだか急に周りの視線が気になりだす。

あちらこちらで自分の方を見ながらこそこそ話している気がして、なんとなく小さくなりながら仕事に戻る。

ふいに背中をとんとんされる。

燕ちゃんだ。

「アナタ怒られた?」

「ん?いや怒られてないよ、でも本当に気をつけてな。主任に見付かったらさすがにおこられるわ。あなたも私も!」

さっきは下を向いて

「スイマセン」

って言ってたのに、何故か満面の笑みで

「ダイジョウブ、ダイジョウブ!」 

なんて言うからつられて思わず笑顔になって、「大丈夫じゃないわ!!」

てな感じで現場が和む。

彼女にはそういう力がある。


なんか噂が広がる事を気にしていた事がバカらしくなってきた。


それは付き合ってると宣言するわけじゃなくて、言いたい人には言わせておいたら良いということだ。

間違った事はしていない。

人にやましい事は何もないのだから。

肝心なのはその噂で彼女がキズつかない事だ。

今のところ彼女本人は、噂されているのを知ったうえで、あまり気にしていない気がする。

だからいちいち動揺するのはやめよう。


「人の噂も75日。」だったかな?

その頃二人がどうなっているかわからない。

それにどちらにしても

僕らに残された時間はあと4ヶ月あまり、

約120日しかないのだから…。


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