第20話


「んで、次は何の訓練なんだ?」

訓練室に戻り、俺が開口一番にそう問うとアイザックは無言で何やらポーズを取り始めた。


ラットスプレッド…?

サイドチェスト…?

サイドトライセプス…モストマスキュラー


「つまり、こういう事だよ!」


そう言って最後にニコやかな笑みで、ダブルバイセプスを決める。


「いや、どういう事だよ!?俺に筋肉ポーズを決めろと?」


するとアイザックはサイドリラックスポーズを決めながら、やれやれと首を振る。その仕草は妙に腹が立つ。

何故、いちいちポーズを変える。


「今からナナシにやって貰うのは『マッスル』!!」


「マッスル…!?やはり俺にそんなにも恥ずかしいポーズを取らせるつもりなのか!」


「のんのん、『マッスル』は別名『身体強化』と言ってマナを使った運動能力ドーピングの技能だよ」


そう、『マッスル』という名前は単に流行りなのだ。

『身体強化』というのは余りに捻りが無いと言う事から『マッスル』や『プロテイン』等、色々な呼ばれ方をするのがこの『身体強化』という技能なのだ。


しかし、どの道ネーミングセンスは最悪だ。


「『身体強化』はマナさえ持っていれば誰にでも出来る技能だからみんな使っているんだ。だから、これさえ覚えておけば力の弱い人でも安心って事さ」


へぇ、それまた便利な技術があるんだな。

てことは、ラミアがあんなにも力が強かったのは『身体強化』のお陰なのだろう。

常々、あんなに小柄なのに何処からそんなパワーが出てくるのかと疑問に思っていた事が今解決した。


「そんな訳でナナシも筋肉モリモリマッチョマン並のパゥワーを簡単に手に入れられるのさ」


言い方言い方、パゥワーって何だよ。

ちょっとそれっぽい発音で言っても何も変わらんわ。


「まぁ、非力な俺としては助かる事なんだが大丈夫なのか?」


「大丈夫とは?」


「いや、だってそんなに簡単にパゥワーを手に入れられるんなら何か副作用的な物が有りそうな気がするんだが?」


「まぁ、副作用はある人とない人がいるんだ。普段ある程度、筋肉を使い慣れているマッチョな人はマナで筋肉を強化した所で問題ないんだ。だけど普段運動しない人や筋肉の少ない人が使えば筋肉痛や肉離れになったりする恐れがあるんだよ」


あ〜そういう事か。まぁ結局の所筋肉を使うんだから普段使ってなければ筋肉痛になるのは道理だわな。

その後も幾つか質問をし、『身体強化』について学んだ。


「てことで、ナナシ早速『マッスル』を使ってみようか?」


「さっき自分で言った事覚えてます?俺みたいなノーマッチョマンが『身体強化』を使ったらマッスルペインで苦しむって笑顔で言ってましたよね!?」


「ははっ、大丈夫大丈夫。余り使い過ぎるとマッスルペインだけど少し練習に使う程度なら問題ないから」


「そうなのか?なら良いんだが…」


「なら早速、『マッスル』を使ってみて」


「分かった」


俺は渋々承諾すると、先程アイザックに教えて貰った『身体強化』を発動する為意識を集中させる。

『身体強化』は身体の筋肉や関節をマナで強化させる事らしく、脚力を強化させたい場合は足の脹脛太股の筋肉、続いて関節にマナを使い強化するらしい。

身体全体も同じでそれぞれの筋肉と関節をマナで強化すれば良いらしい。

他にも耳の器官をマナで強化すれば聴力が強化され、眼の神経を強化すれば視力が高まるらしい。


そんな訳で俺は取り敢えず手始めに腕力の強化を試してみる。

まずは上腕二頭筋、続いて腕橈骨筋、腕の関節等をイメージし次々と強化を掛けていく。

魔法と同じでイメージすれば何とかなるみたいで、俺は筋肉が硬くなるイメージをする。

慣れてくると部位ごとに強化を掛けなくても『身体強化』とイメージするだけで強化を掛けることも出来るそうだ。


「出来た…かな?」


取り敢えずイメージが終わり、心なしか腕に力が良く入る気がする。


「はい、これで試してみて」


そう言って手渡されたのは握力計。これさえ使えば間違いなく強化出来ているか分かるはずだ。


「ふんぬっ」


早速力を込め握力計を力の限り握る。

この前使った時はすぐに重たくなったが今回は軽い。

力を込めれば込めるほど握る事が出来る。どうやら強化出来ている様だ。


重たくなった所で手を離し測定結果を見てみる。


【89kg】


「凄い…」


「お?その位あれば腕一本でリンゴジュースが製造出来るね」


握力計を覗き込んできたアイザックがそんな事を言う。

しかし、それもやろうと思えば可能だろう。

使ってみた感じ何となくマナの感覚が掴めてきた感じもするし、更に強化を重ねれば石すらも握り潰す事が出来そうな気もする。


「これは凄いな。何だか人間を辞めた気分だよ」


「ははっ、変わった例えだね。でも急に大きな力を手に入れたからって驕らないようにね?『身体強化』は誰にでも使える技能だから」


アイザックは後半は真面目な声色で告げてくる。

そう言われて、確かに と思う。魔法やこんな力を手にしてしまえば誰もが思うだろう、自分が"特別"であると。

そのまま増長し続けた結果が、あの銀行強盗の男なのだろう。

そして、アイザックはそうなるなと言いたいのだと思う。


「大丈夫大丈夫、俺は昔から何事においても平均かそれ以下だったから自分が"特別"だなんて思った事すらないからな」


「特別な存在になりたいと思った事は…?」


俺の答えにまだ不満なのかアイザックが質問を掘り下げてくる。


「いや、無いな。大概、特別な人って忙しそうじゃん?俺そういうの面倒だからパスだな」


俺は本心のままそう答える。




「そっか、そうだね。ナナシらしい良い解答だよ」


アイザックはその答えを聞き安心する。


そう、君は特別にならなくて良い。なってはならないんだ。君はただ、僕達によって巻き込まれてしまっただけなのだから…


この上の世界において、特別な存在になった者はいずれも悲しい結末を終えた。

いや…終えた者もいれば悲しい結末のまま終えることも出来ず、今もなお過去に囚われた者もいる。


君とは良き友でありたい。だから何時までも平凡なままでいて欲しい。



「それじゃあ次は全身に『マッスル』を掛けてみようか。結構凄いよ?きっと気分はスーパーマンだよ」


「おぉ、まじか!やるやる!」


俺は早速、頭を除いた全身に『身体強化』をイメージする。

さっき使った時にコツは何となく掴めたので後は簡単だ。


「お、おぉ?すげー!!」


まず手始めにその場で跳躍をして見ると、目測ではあるが恐らく五メートルは跳んでいるだろう。


この時点で人間を軽く超えているのだが、『身体強化』による恩恵はそれだけに留まらなかった。


「ひゃっほーーい!!」


俺はその場から訓練室の入口とは反対側の壁まで全力で走っていく。


「あっ…ナナシ!そんなに『マッスル』を使うと…!まぁ、良いか!」


アイザックは自分にもナナシのものよりマナを使った『マッスル』を掛ける。

そして、アイザックはナナシの方向に駆ける。


「ははっ!甘いねナナシ!僕の方が速いよ!」


後ろから物凄いスピードで追い上げて来たアイザックに追い越され先に壁にタッチされてしまう。

壁に先に触れたアイザックは満面の笑みで挑発してくる。


「ふっ…まだまだだね」


「なっ!?せけぇ!次は絶対負けん!」


俺は更に『身体強化』を使い全身の筋肉に使うマナの量を増やす。

それと同時に身体が軽くなる様な気がした。

恐らくこれならアイザックに負けないだろう。


「ドン!」


俺は『身体強化』を掛け終わると同時に入口側の壁へと駆ける。

しかも、掛け声は「よーい」を省いたバージョンを使いフライングまでする。


「あっ、せこいよナナシ!」


遅れてアイザックも追いかけ壁へと向かう。

しかし、スタートダッシュで差をつけた分俺の方が数歩分速い!


「やった…!これで俺のか―――」


「ざんねーん!」


後少しで壁に俺の手が触れるといった所でアイザックが先に手を触れる。


「んなっ!?馬鹿な!アイザックはさっきまで数歩後ろに居たはず!?」


「ふっ…それは残像さ」


「なん…だと!?」


その後も『身体強化』を使った状態で色々なことを試し楽しんだ。

こんなにも強大なパゥワーを手に入れる訳だからマナの消費も激しいのではないかと聞いてみた所、マナを体外に放出して魔法等を使う場合はどうしても"漏れ"が出てしまいマナの消費が増えるらしいが、『身体強化』の様に体内のマナを体内で使う場合は"漏れ"が無い為、コスパ良く使う事が出来るそうだ。


現にマナウォッチを使い消費マナを調べてみた所殆ど減っておらず、そのコスパの良さに驚いた程だ。


「なぁ、アイザック俺は物凄い閃きをしてしまった…」


「な、なんだいその閃きとは?」


「いや、『身体強化』を俺のカノン砲に使えばネオカノン砲になるんじゃないかって」


「ナナシ!君は天才か!…なんて言うと思ったのかい?前にそれを試した馬鹿が居たんだけど、今は立派にEDだよ」


「嘘やろ…」


世の中、なかなか上手くいかないらしい。

てか、そもそも俺には全く関係無い話だった…

俺が目にみえて落ち込んでいるとアイザックが俺の肩に手を置き口を開く。


「大丈夫、君みたいな馬鹿でもきっと良い人が見つかるよ多分」


「え?何それ?慰めたいの貶したいの?貶したいんだよね?」


「ははっ、それよりもナナシ。今日の訓練はこれで終わるよ。ルカちゃんに会いに…じゃなくて夕食を食べに行こうよ」


「ん?心の声が聞こえてますよ?そうだな、ぼちぼちお腹も空いてきたし行きますか」



俺達は食堂へ行き夕食を済ませた後、アイザックは幼女がどうとか、訳の分からん事を言っていたのでそこで別れた。


俺は特に用事もないため部屋に戻る。

『自室君』を開け部屋に入ると、入ってすぐの所に小さな箱が置いてあった。


ん?これは箱?何でこんなものが…?

あっ、そういえばアイザックが食堂で今日辺りに『スマホ君』が届くかも、なんて事を言っていたな。


俺はその箱を手に取り、部屋へと入る。

早速、コタツにダイビングすると箱の開封作業に取り掛かる。

テープを剥がしたり梱包材を引きちぎる事しばし、中から光沢のある黒色の物体が出て来た。

形は長方形で薄っぺらく、それでいて何故か強度のある物体『スマホ君』である。

『スマホ君』の裏に何だかロゴが入っている。

どういうロゴなのか説明がしにくいが、取り敢えず三角形が沢山ある。そんな感じだ。


取り敢えず、箱や梱包材等は邪魔なので腕で払い除けて吹き飛ばす。

そして早速『スマホ君』の電源を入れてみる。

『スマホ君』の裏にも付いていたロゴが画面に現れ電源が付いたことを表す。

さっき腕で吹き飛ばした箱の中に説明書が入っていた事を思い出し、慌てて取り出す。


初期設定を終わらせると、自由に操作する事が出来る様になった。

画面には初期アプリが存在し、このアプリが上の世界においては結構重要な物らしい。

取り敢えず、どういう物なのか説明書を読んで確認する。


『鑑定君』

上の世界、及び地上における生物や物体の情報を得ることが出来る。端末の所有者のアクセスキーによって見れる情報に制限がかかる。


使い方は、カメラで調べたい物を撮ると情報が表示される。


『マップ君』

現在、調査の終わっている上の世界の地図が見える。

未踏領域のマップは表示されない。


『記録君』

上の世界において討伐したイリーガルが記録される。

止めを刺したイリーガルしか記録されないので注意。


『調べる君』

調べる君のアプリバージョン。出来る事は設置型の物と同じ。


『緊急君』

何か非常事態の際、本部のオペレーターに直接繋ぐ事が出来る。


とまぁ、便利そうなアプリが揃っている。

俺的には『マップ君』がとても有難い。

更に、『スマホ君』の充電は電気ではなくマナで出来るそうだ。


取り敢えず、それらのアプリは今の所使い道が無いため、ストアから面白そうなゲームアプリをダウンロードしてのんびりと夜を過ごした。

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