第10話

しばらくラミアの頭の撫で心地を堪能していたが、俺の直勘がこれ以上はまずいと警報を鳴らし始めたので撫でるのを止める。

そして丁度聞きたい事もあったので聞いておく。


「そういえば俺の今日の予定とかは何かあるのか?」


「…え?あ、その事なんですが一つ選ぶ事がありまして」


ラミアは先程までの余韻に浸っていた様だが質問された事に気づき意識を戻して話し始めた。


「選ぶ事?」


「そうです。ナナシさんは現在地上に自宅がありますよね。それで此処での仕事は約七割が上の世界での仕事なんです。なので地上に自宅があった場合、毎日の出勤と言いますか色々と交通面でも大変なんです。そこでこの建物には沢山の部屋がありまして社宅に住むことも可能なんです。つまりは本部に住むか地上に住むか選べるんです」


なるほど…そういう事か。

確かに毎日地上にから上の世界まで出勤してたらマジ面倒いな。てか、寝る時間減るじゃん。

んーとつまり本部に住んどけば睡眠時間がっぽりの遅刻は有り得ないって訳か。

この条件なら後者が圧倒的有利だが、やはり一番重要なのは値段だな。

どのくらいの費用が掛かるかによって決めたいのだが…


「ちなみにこの本部に部屋を借りた場合だと月々幾ら位掛かるんだ?」


その質問にラミアは自慢気な顔をして言った。


「なんとですね!家賃は掛からないんです!だから基本的には皆此処に住んでるんですよ。後、私もルシアさんも此処に部屋を借りてんるですよ。まぁ物好きな方なんかは地上に住んでいますけど」


まじか…驚愕なんだが。

俺は現在アパートに一部屋借りて住んでるがあんなに狭い部屋でも十万と少しするのに…。

此処で借りれる部屋がどのくらいの物なのか分からないが物凄い好待遇だな。

もう答えは決まった様な物だ。早速決まった答えをラミアへと伝える。


「よし決まった。俺も此処に住ませてもらうことにするよ」


「なら今日の予定は決まりましたね。今日はこの後地上に戻り引越しの為に一度ナナシさんの自宅に行きましょう。その後こっちの新しい部屋を選んでもらいます。あ、ちなみに私も付いていきますよ?」


引越しかぁ、うん面倒だけど頑張りますかな。


「分かった、出発は準備が出来たら直ぐって事で大丈夫か?」


「はい、それで大丈夫です」


よーし、そうと決まればちゃっちゃっと着替えますか。

俺は着ていた甚平って言うんだろうか?そんな感じの病衣を脱ぎ捨てる。病衣の下は何も着ていなかった様で上半裸状態になる。

久しぶりに見たお腹は流石に中年太りはしていないが普段運動なんてしないからぷにぷにの筋肉の全く見当たらないお腹であった。

それと二週間も病院のベットで寝ていたので少し痩せ気味だ。


病衣の下も脱ごうと手を掛けた際すっかりと忘れていた事を思い出した。

早く準備しなければと思いラミアの存在をすっかり忘れていたのだ。

油の切れた機械の様な音を立てながら恐る恐ると後ろを振り返ると案の定そこには顔を真っ赤にして俯き、ぷるぷると震えるラミアが…


「おぅ…ジーザス」



という訳で、傷をせっかく回復魔法で治療してもらったのに早速病院送りにされそうになった俺だが必死に不可抗力を訴え、なんとか一命を取り留める事に成功したのだった。

着替えた後はお昼だったこともあり本部の食堂で昼食を頂いた。実に美味であった。


そして現在は俺の自宅へ荷物を取りに行くため地上への扉『どこでも帰る君』の元へと向かっている。


ふぅ…やっぱり年頃の女の子はなんというかアレだねぇ。まぁさっきのは俺もうっかりしていたからな…次からは下から脱ごう。


頭の中で先程の出来事の反省をしながら、ついでにわいせつ罪で捕まらなくてよかったー。なんて事を考えていると、どうやら目的の部屋に着いたようだ。

部屋に入ると見覚えのある扉が置いてあり部屋の周りも何かしら置いてある。

どうやら部屋の感じから来る時に来た扉とは違うようだ。


「なぁ、『どこでも帰る君』ってどのくらい配置されてるんだ?」


「えーと確か本部の方には東西南北に十六箇所配置されていて地上には支部の数とその他の数十箇所に配置されてるらしいです」


へぇ〜結構数あるんだな。


さらに詳しく聞いたところ、使い方はドアの側面にカード君を差し込む所があり、そこにカード君を差し込む事で使用可能となるらしい。

そしてドアノブを握った状態で繋げたい扉の場所をイメージしながら開けることで繋がるらしい。

なので地上からは本部の東西南北のどれか、本部からは支部やその他の何処かへ飛べる仕組みらしい。


なるほどこれはめちゃくちゃ便利だ。

原理は全くの謎だが凄い事は間違いない。


「それで今からナナシさんの自宅に向かうんですがナナシさんの自宅はどの地域なんですか?」


ラミアにそう言われて自宅の住所を思い出す。


「えーと青の四十三番地だったかな」


「へぇナナシさんは青の街に住んでるんですか。治安とか大丈夫なんですか?」


「んー?そうだなーそこまで悪くは無いけど、まぁ橙の街や黄の街なんかに比べたら相当悪いかな〜」


「へぇ〜そうなんですか」


ちなみに青の街や黄の街が何のことかというと、現在の世界は全ての国が統合し一つの国になっている状態であり、地名の代わりに 赤 橙 黄 緑 青 藍 紫 と言う七種類の色を使い街ごとに分けたのだ。統合された国の名前は『アバン』。

色の区分としてはざっくり言うと、赤の街がこの国の王族や貴族など国の重鎮が住む街であり、橙の街が事業で成功した実業家や何処ぞの有名人などが住む街、黄の街がそこそこ裕福な家庭なんかの住む街、緑の街は一般的な人々の住む街、そして次に俺の住む青の街だがここは独身の会社勤めやそこまで収入の多くない人達の住む街だ。

続いて藍の街は生活にあまり余裕が無い人達の住む街、最後に紫の街だが…まぁ此処はスラムだ。犯罪者や密売人なんかの隠れ蓑になっている。いわゆる貧民街だ。

そして治安の良さも当然赤から下に行くにつれてどんどん悪くなっていくわけだ。

赤は犯罪なんて殆ど無い、緑は平均的な治安、紫は治安は最悪と言った感じだな。

つまりは俺の住む青の街はまぁぼちぼち犯罪は起きるってことだ。

この前の銀行強盗がいい例だ。

と、まぁ現在の地理はこんな感じになっており全人類は全員『アバン』で暮らしている。


ラミアは大して興味が無さそうな返事をしながらカード君を扉に差し込むとドアノブに手を掛け口を開いた。


「えっと…青の街四十三番地だと一番近いのは…あぁ、あそこですね」


そう呟くとラミアはどこに繋げるか決めた様でドアノブを握る手に力を入れ扉を開いた。

扉を開いた先に広がっているのは何処かの家の室内だった。

しかし生活感が全くない事から空き家か何かだと思う。


「さ、行きますよ」


ラミアに着いて行き扉を通るとどうやら何処かの空き家で間違いなかったようで安心する。

見知らぬ人の家にいきなりお邪魔する事になったらやべぇな、なんて考えているとラミアに服を引っ張られることで意識を戻される。


空き家の玄関から外に出る事でようやくここが地上であり、なおかつ青の街である事を認識する。

俺の目の前には青の街、というか街ごとの特徴である青色の屋根が見えており更に俺の見た事のある光景が広がっていた。


「あ〜此処に出てきたんだ。なるほどこの家は空き家だったのか」


今いるのは、俺の前の会社の通勤ルートであり自宅までは約三十分といった場所だ。


「知ってる場所だったんですね。なら丁度良いです。早速ナナシさんの自宅に行きましょう」


「おう」



歩くこと三十分、知っている道だった事もありすんなり自宅へと戻ることが出来た。


部屋はアパートの二階にある為階段を上がっている際に部屋にヤバイ本とか置いてなかったよな?と心配になったが普段から片付けはしっかりとしているので恐らく大丈夫な筈だと心を落ち着かせる。

部屋の前に着き、鍵を使って中に入る。


「お邪魔します」


やはりラミアも入って来るみたいで玄関で靴を脱ぎ丁寧に揃えると部屋へと入って来る。


「わぁ、なんというか物があまり無いですね」


「まぁそうだな」


ラミアの言っている事は間違いではなく本当に物が少ないのだ。

俺の住んでいる部屋は最初から電化製品なんかが備え付けになっている部屋なので俺が持ち込んだ物はほとんど無いのだ。

部屋の大きさは十五畳位とそこまで広くなく床はフローリング、部屋の隅に机と椅子があり反対側にはベット、そして壁際に小さめの棚が置いてあるだけという何とも質素な部屋だ。


それを見たラミアの反応はというと、


「ザ・独身の部屋って感じですね」


そんな事言われるとおじさん悲しいよ。


「ま、まぁ俺はあんまり物を置く趣味は無いんだよ」


ラミアは早速部屋の中を物色し始める。


一番最初にベットの下を覗くのはどういう事なのか小一時間問い詰めたかったが我慢する。

ベットの下を覗いて何も無い事を確認した後、露骨に残念そうな顔をしたのを俺は見逃さなかったぞ。


そしてラミアが壁際の棚を見ながら口を開いた。


「ナナシさんって結晶とか好きなんですか?」


ラミアが見ているのは俺が棚に飾ってある鉱石コレクションの様だ。


「あぁ、好きだな。なんかキラキラ光ってて綺麗だから集めてる」


俺は幼い頃からキラキラする鉱石や透き通る色の宝石なんかを眺めるのが趣味だったので、自分で金を稼ぐ様になってからはコレクトし始めたのだ。


「なんかカラスみたいですね」


むぐ、なんか馬鹿にされている気がするが気のせいだろう多分。


俺は取り敢えず持ってきていたリュックに持っていくものを詰めていくがそこまで物が無いので直ぐに終わった。

ちなみに巧妙に隠してあった俺の大切な聖書も回収済みだ。

恐らくまだ二十分ほどしか経ってないのでは無いだろうか?


「にしても随分持っていく物が少ないですね。私のリュックを使うまでも無かったです」


ラミアも物が少ないと思っているようで部屋の椅子に座りながらそう言う。どうやら所持量オーバーになった物はラミアが持ってきていた予備のリュックで運んでくれるつもりだったようだ。


でも物が少ないのも仕方ない。俺は自炊も出来ない独身ですからね。だから俺が自宅から持ち出すのは服と鉱石コレクションとオシャンティに瓶詰めされた飴だけだ。

自分でも可哀想と思う程何も無い部屋だ。

という訳でリュック二個分に全ての物が収まりラミアに一個背負ってもらい部屋を出る。


アパートの解約手続きなんかはどうするのかと思うかもしれないが、その辺は『NEST』の方で全てやってくれるらしい。あと前の会社の退職手続きは既に済ませてくれているらしい。

あまりにも速い仕事っぷりに俺はもうびっくりですよ。


そしてアパートを出て、来た道を引き返し空き家へと戻ってくる。

部屋の中に入りラミアに今度は俺が『どこでも帰る君』を使ってみたいと言うとすんなり了承してくれた。


俺は少しワクワクしながらカード君を差し込み早速ドアノブに手を掛ける。そしてラミアに繋げるのは北にするように言われたので頭の中で「本部 北」「本部 北」と繰り返しながらドアを開けた。


ドアの先は問題なく本部の北のドアと繋がっていたようで俺は内心嬉しさMAXの状態だったが、ラミアに気持ち悪いなんて言われたらショックで倒れそうなので平然を装いドアを通る。

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