第8話

「は?戦争?」


俺はテオの突飛な発言に面食らい聞き返す。

だが俺が聞き返すのも仕方ない筈だ。何故なら七十三年前に起きた第四次世界大戦の終戦後に疲弊した国々が平和協定を新たに結び全ての国の国家結合が行われたから今は戦争をしていない筈だからだ。しかも戦争と言っても国は一つしかない訳だから争う相手がいない。それに今は歴史上最も平和な時代とまで言われており紛争や内戦すら起きてないからだ。


「そう、まさに世界規模での戦争と言っても過言ではないよ」


「でも俺の知る限りこの国は戦争や争いなんてして無いけど…?」


「それが一般常識だよ。でも世界は薄皮一枚剥がすだけで違って見える。君も見ただろ?空に広がる世界を」


「あぁ見たけど、それと戦争の何が関係するんだ?」


「君は転移装置を使って此処に来たのは覚えているね?ならその転移先は何処だか分かるかい?」


「まさか…」


俺もそこまで言われたら気付かない筈がない。

でも、まさかそんな事が有り得るのだろうか?

だが、テオは何でもないように衝撃の事実を口にする。


「此処は君が地上から見た上の世界、通称『over world』に建てられているんだ」


その言葉に俺は驚愕したが同時に得心もいった。

ルシアが此処に来る前に「俺が見た事ある場所」だとか「"上に"報告しないと」等と仄めかしていた事に今更ながら気が付いたからだ。


その事が分かってかルシアは俺の隣で嬉しそうにニコニコしている。


「てことは、地上では戦争して無いけど上の世界では戦争してるって事か?」


「まぁ半分は正解かな」


半分正解?どういう事だ?

その疑問が顔に出ていたのかテオが解説をしてくれる。


「まず戦争と聞いて戦争とはどの様なものだと考える?」


「んー国が互いの利益や目的の為に人や兵器を使って争うこと?」


俺は産まれてから戦争なんて経験した事はないからいまいちピンと来ない。


「そうだね。それで正解だよ、人間同士の戦争なら…ね。残念ながら今我々人類が戦っているのは人間じゃなく『イリーガル』という生命体だよ」


「でも戦争って事は目的があって戦ってるんですよね?その目的ってのは?」


その言葉にテオは顰めっ面をしながら言う。


「アイツらは上の世界から地上に降りて人類を滅ぼす事を目的にしている。そして当然我々はそれを阻止する為に戦っているんだよ」


その衝撃の事実に俺は呆然とする。

イリーガル?人類を滅ぼす?もうスケールが壮大過ぎて訳分からん。

でも取り敢えずこの組織の仕事内容は把握した。

つまり簡単にまとめると、犯罪に手を染めた特異体質者を逮捕する事と新しい特異体質者の保護、そして最後にイリーガルとの人類の存亡をかけての戦争。

まぁ優先順位的には戦争 逮捕 保護の順だろう。


「まぁ、いきなりそんな事を言われても君も混乱するだろう。取り敢えずその辺の話は後日という事にして今日は登録だけして休むと良いよ」


俺が脳内で新たに得た情報を整理しているとテオがそう提案してくる。

俺としてもこれ以上新しい事を言われてもまともに判断できる自信もないので丁度良い。


「そうだな、俺も色々と聞き過ぎてなんか疲れたからそうしてくれると助かるよ」


「うんうん、お疲れ様。じゃあルシア、登録の方をお願いするよ」


「はい、任せてください。それとこの様な時間にお時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」


ルシアは済まなそうにそう言って頭を下げるがテオは笑顔で首を振りながら言った。


「いやいやそんなこと無いよ、最近はデスクワークばっかりでうんざりしていたから丁度良い息抜きになったよ」


「それなら安心です。では失礼します」


ルシアはそう言うとラミアに合図を送る。

その合図に反応したラミアはまだソファに座っていた俺を再び強引にお姫様抱っこすると出口へと向かう。

部屋を出る際にテオが必死に笑いを堪えていたのが分かり精神的ダメージを負う。






ルシア達が部屋を出た後、テオはレザーチェアに座ると足で机を蹴りチェアを回転させていた。

そして回転する景色をぼんやりと眺めながら呟く。


「『創造』の名を冠する祝福持ちか…このタイミングで生まれるとはね…。さてさて…世界はどっちに傾くかな」


その呟きは誰かに向けて言った訳でもないので当然返事は帰ってこない。

だがそんな事はお構い無しにテオは調子の外れた鼻歌を歌いながらチェアを回転させ続けていた。




************************




部屋を出た後は登録とやらをする為に受付へと向かう。ラミアにお姫様抱っこの状態で運ばれている為、廊下を歩いている際には人が通らないかと常に警戒していたが、そんな俺の心配は杞憂に終わった為安心するが一つ忘れていたことがある。

そう、今向かっているのは受付。受付という事は当然人が管理している訳で…


「あら、ルシアさんにラミアちゃん。それと…ぷっ…ラミアちゃんのお子様ですか?それとも王子様?」


「ごふっ」


受付嬢の言葉に俺は更に精神に多大なダメージを負う。

精神攻撃を受けたのは俺だけでなくラミアも同様だったようでみるみる顔を紅潮させていき、裏返った声で言った。


「こ、こここ子供だなんて!?それに王子様!?わ、私は十五歳なんだから!ま、まず!そ、そのそんな経験は… って何言わせるのよっ!!」


言葉の最後の方は消え入るような声で殆ど聞こえなかったが、俺はバッチリ聞き取った。つまりラミアはしょ───ごふっ!?


俺の思考は痛みと衝撃によって遮られる。

何事かと視線を巡らせるとどうやら俺は右の壁へと投げ捨てられたようだ。


もうやだ…お家帰りたい…


「そ、そもそもナナシさんは傷が原因で立てないから私が運んでいたのよ!断じてミーナの考えている様な相手じゃないわ!」


ラミアはいつも通りの様子である。その様子を見てルシアも受付嬢のミーナなる人物もニヤニヤしている事から常習犯である事が伺える。


にしてもラミアさんや…俺が傷ついている事を理解しているんなら壁に叩きつけるなんて乱暴よしてくださいな。


俺が壁際でボロ雑巾の様に転がっている事に気が付いたミーナが口を開く。


「誰もそんな事は言ってないですよ?それよりラミアさん彼は怪我してるんでしょ?」


そう言われた事で先程自分が俺を投げ捨てた事に気付き慌てて駆け寄ってくる。


「ご、ごめんなさいナナシさん!つい取り乱してしまいました」


ラミアが俺の身体を起こし、そして身体についたホコリ等を払ってくれる。


「いや、なんとか大丈夫だ。どっちかって言うと精神的ダメージの方が大きいから…」


するとルシアが俺達の方に何かを持って歩いてくる。


「そうそう、これを使うと良いよ」


彼女がそう言って持ってきたのは車椅子であり、足の不自由な人でも移動する事が可能になる優れ物だ。


「ルシアさん…それいつから持ってたんですか?」


車椅子を見たラミアは頬を引き攣らせながら問う。


「ん?これかい?確か、ナナシ君が目が覚めた時には既に持ってたよ」


ラミアはその言葉が止めとなったのか目から一筋の涙を流しながら呟いた。


「私の…頑張り…」


そう言うとラミアは動かなくなってしまった。

どうやら精神ダメージが許容量を超えてしまった事によりフリーズしてしまったようだ。


「あれ?おーいラミア?あーからかい過ぎちゃったみたいだね。反省反省」


ルシアは思ってもない様な発言をすると俺の方に車椅子を持って近づき俺を車椅子に乗せてくれる。


「あのルシア?一応聞くけどなんで最初に車椅子出してくれなかったの?」


俺は帰ってくる言葉を予想はしていたが一応尋ねてみる。


「え?そりゃそっちの方が面白そうだからだよ」


知ってた。

やはり俺の予想は正しかったようです。

それともう一つ気になったんだが、と前置きしてから質問する。


「さっき車椅子がいきなりルシアの前に現れた気がするんだけど…?」


「あ〜空間魔法のストレージの事だね。説明すると長くなるから端折ると物を別空間に仕舞ったり取り出したりする魔法だよ」


へぇ空間魔法か〜!実際改めて魔法を目の当たりにしたけどやっぱり凄いな。

もう既に俺は魔法が使いたくてうずうずしているが現状それは無理なので使える機会をまだかまだかと願うのであった。


「なるほど。まぁラミアにお姫様抱っこされるのもなかなかに美味しい状況だったんですけど、それの代償として得た傷も深かったんで出来ればマミアさんの所くらいで出して欲しかったな」


「まぁまぁ良いじゃないか、君はラミアにお姫様抱っこされて私はそれを見て楽しめた。つまりwinwinって事だよ」


ルシアは話をそれっぽくまとめると話を切り替える。


「それよりもさっさと登録を済ませよう」


俺はその言葉にルシアは何を言っても他人を弄る事はやめないな、と思い諦める。

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