第5話
すぐにしなければならないことを理解したラミアは急いで行動に移す。
「小島さん、すぐに応急処置を!一刻も早く病院に運んでください!何としても彼を助けてください!」
「分かった!ラミアさんはアガペを頼む!」
小島はすぐに男性の止血を始める。小島の部下は既に担架を持ってこっちに走って来ている。
それを見てひとまずは大丈夫そうだと判断したラミアはアガペを見る。
アガペは先程と同じように地面に突っ伏してはいるが顔だけはこちらに向け下劣な笑みを浮かべケタケタと狂ったように笑っている。
アガペは周りに落ちていたガラスの破片を再度中空に浮かべるとラミアに向かって高速で飛ばしてくる。
ガラスの破片は散弾の如く迫ってくるがラミアはその場から避けようともせずアガペに向かって歩いていく。
するとガラスの破片はラミアに当たる事はなくまたしても地面へと垂直に叩き落とされる。
「この下衆が…」
ラミアは一気に残りの距離を詰めるとアガペの横っ面に蹴りを叩き込み今度こそ完璧に意識を刈り取る。
アガペは泡を吹いて気絶しており。それを確認するとラミアはすぐに手の空いている警官にアガペを拘束し連行するように伝え自分は先程自分を庇ってくれた男性の元へと向かう。
ラミアが駆けつけた時には男性は担架に乗せられ救急車へと乗せられている所だった。
男性の傷は深く、失った血も多い為非常に危険な状態らしい。
ラミアは自分の責任で男性が傷付き、さらには自分にはそれを見ているだけしか出来ない事に悔しさを感じ目頭が熱くなるのを感じ、同時に握った拳が震える。
その日起きた、ポートレート・アガペによる凶行により四十七人の人質が取られるという強盗事件はアガペが警察により無力化され幕を閉じた。
掠り傷程度の者を除きその事件による被害者はたった一人と少ない数だったがその怪我は重症であり意識が戻るか未だ不明の為、警察にとっては苦い結果となった。
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ん…?身体が…重い。それにさっきまで何をしていたんだっけか?
意識を取り戻した俺は仕切りに頭の中で先程までの事を思い出そうとしたが思い出せない。
それどころか身体全体に残る倦怠感のせいで目を開けるのすら億劫でこのままもう一度眠ってしまいたい気分だ。
やはり休日等にしか味わう事の出来ない二度寝という行為はとても心地の良い気分になるのだ。
だが、そんな至福の時を過ごそうと決めた頃に俺の腹部で何かがモゾリと動いたのを感じた。
このまま寝てしまおうかとも考えたが一度考え出すと気になって仕方ないもので嫌々瞼を開ける。
目を開けるとそこは薄暗く此処は何処かの室内である事、そして自分は真っ白なベットの上で寝ている事を理解する。
そして一番に目に入った天井を目にして俺は思った。
知らない天井だと。決して某目標をセンターに入れてスイッチの青年を意識して思った訳では無い。
なぜなら目にした天井は何時も自分の部屋で見ている乳白色の天井ではなく清潔感を感じる緑だったからだ。
ふと、そんな事に気を取られていたが先程までの目的を思い出し自分に掛かっていた薄手の布団をめくる。
そこには高校などの授業中に見られる、机に突っ伏して寝ている生徒の如く俺の腹部で熟睡しているプラチナブロンドの可憐な少女であった。
俺は一瞬何故このような可愛らしい子が俺の腹部で寝ているのかと驚き、同時に誰なのか考えた。だが直ぐに見覚えのある事に気が付いた。
「確か、蒼いワンピースの…」
続きを言い終わる前に少女によって言葉を区切られた。
「ほぉわっ!寝ちゃってましたっ!早く包帯を取替えないと…ってあれ?」
少女と俺の視線が交差する。
あぁ俺も思い出して来た。確かコメディー映画にありがちな銀行強盗に巻き込まれて、最後の最後でこの少女を庇って…あれ?そこから記憶がないな。
つまりあの後、俺は気を失っていたわけか。
て事は此処は病院の一室なんだろうか。
少女をキッカケに色々と思い出していると突然の衝撃に意識を戻される。
「目が覚めたんですか!良かったです!良かったです!」
ラミアは俺の腹部に頭からダイブし心底嬉しそうにそう繰り返す。
突然の事で訳が分からないが取り敢えず事情を聞くためにラミアを落ち着かせる。
「あぁ、ついさっき目が覚めた所なん…だが…」
ラミアがこちらに顔を向けると顔は涙でぐしゃぐしゃになっており気になって話どころではないのでベットの脇に置いてあったタオルで顔を拭いてやる。
「心配してくれてたのは有難いがそろそろ泣き止んでくれ」
そう言うと少し間を置いてやっと落ち着いたのか、今度は頬を赤く染めながらやや遠慮気味にこちらを上目遣いで見てくる。
「すみません、お恥ずかしい姿を見せてしまって」
うんうん確かに十五歳位の年頃だとそういうのも恥ずかしいのだろう。
此処は俺が大人の対応をするべきだな。
「大丈夫だよ。こんなにも可愛い子に泣くほど心配されたんだ。嬉しいに決まってるよ」
俺がそう言うと更に頬を赤く染めて下を俯いてしまった。
あれ?フォローしたつもりだったんだけどな。
そんな感じで会話が一向に進まないでいると俺の寝ている部屋の唯一の出入口であろうスライド式のドアが開かれ一人の女性が入って来た。
「起きて早速女性を口説きに掛かるとは君もなかなか豪胆な性格をしているんだね」
開口一番にそんな事を言って俺をからかってくる。
彼女の表情を見るに悪戯なんかが好きそうに見える。
今度はラミアに向かって「私より先に婿を取るとは…」
等とからかいながらもこちらへと歩いてくる。
その間ラミアは「違います」「誤解です」等と反論はしていたが虚しいことに完全にスルーされている。
この女性に対しての説得が不可能だと悟ると次は俺へと対象を移し「これは誤解でして」等と言っているが俺も面白いので何も言わずにスルーする。
するとベットの近くまで歩いてきた女性は椅子を近くから引き寄せるとベットを挟んでラミアの向かい側に座った。
「やぁ、初めまして。私の名前はルシアという。一応立場的にはラミアの上司に当たると思ってくれていい。君とは気が合いそうだ、宜しく頼むよ。」
そう挨拶して来たルシアは左手を差し出し握手を求めてくる。
俺も別に吝かではないので右腕を出すと握手を交わす。ルシアは黒髪で顔立ちも整っており握手をする際甘い香りが漂って来たので俺は少しドキリとしたが顔には出さず平然を装う。
すると次に口を開いたのは、先程ルシアによって撃墜されたラミアであった。
「改めまして、私の名前はラミアと言います。今回は本当に申し訳ありませんでした…」
「私からも謝罪しよう。部下が迷惑を掛けてしまって済まなかった。危うく君を死なせてしまう所だった」
いきなり謝れたので少し面食らったが直ぐに銀行強盗事件の際に俺がラミアを庇った事だと思い出し合点が行く。
「大丈夫ですよ。気にしないでください。そもそも俺が勝手に庇っただけですし、こうして現在も生きているんですから何も問題ありませんよ」
その答えを聞いてルシアは少し意外そうにしたが直ぐに笑みを浮かべると言った。
「君は髄分と謙虚だね。私としては詫びとしてラミアや私の身体を求めてくるかと思ってたよ」
その言葉に真っ先に反応したのはラミアで、
「わ、わわ私の身体が目当てだったんですか!?」
と俺から距離を取る。
可愛い子から侮蔑の目で見られるというのもなかなかに唆るものがあったが。俺は断じてそっち系では無いので直ぐに訂正する。
「俺はそこまで外道じゃないですよ。ルシアさんもそろそろラミアをからかうのは止めてあげてください」
「ふふっそうだね。そろそろ本題に入ろうか」
先程までのこちらをからかう様な笑みを消すと今度は真剣な面持ちで口を開いた。
「今回、君はアガペの凶刃によって重症を負ったんだ。あの事件から今日まで約二週間経っている。つまり君は二週間の間意識が無かったんだよ。」
「そんなにも…」
その言葉に俺は驚愕するしかなかった。二週間も寝ていただなんて、つまり二週間も会社を休んでいたって事だ。
課長になんて言われるか分かったもんじゃない…
早速俺が意気消沈しているとそれを察してかラミアが補足をしてくる。
「ちなみに、会社の方には私達の方で連絡を入れておいたので安心してください。ちゃんと手当ても出ますし怪我さえ良くなればすぐに働ける様になってますから」
そうか…それならひとまずは安心かな。
まだ課長の事がアレだが、それはもう次会社に行った時に覚悟するしかない。
「わざわざ有難うございます。それと俺の方からも質問したいんですけど、いいですか?」
その言葉にルシアは頷くと続きを促した。
「聞きたい事とは?」
「あの後アガペは無事に捕まったんでしょうか?それに俺以外の人質の方は無事でしたか?」
俺は意識を失ってからの記憶が無いため事件がどのような形で幕を降ろしたのか気になったのだ。
「あぁ確かに気になるだろうね。簡潔に言うと君以外の人質は無事だったよ。そしてアガペは無事に我々が捕らえた」
まじか、俺だけ被害者とかなんか恥ずかしいな。
そんな俺の心の声が聞こえた訳では無いだろうがラミアが言う。
「私を庇って出来た名誉の傷ですから自信を持ってください。それに、見ず知らずの他人を庇うなんてそうそう出来ることじゃありませんから!」
まぁ、可愛い子が傷付くのは俺にとっては損失でもあるわけだし結果としては良かったかな。
「まぁ何にせよ、事件は君のおかげで無駄な犠牲を出さずに解決したわけさ」
ルシアは嬉しそうな声色でそう言って締め括る。
だが俺にはもう一つ気になることがあったので質問する事にした。
「あの、もう一つ聞きたいんですが事件の最中に車が浮いたりしてたんですけどアレって何なんですか?」
その言葉を聞いたラミアとルシアは難しい顔をする。
少ししてからルシアが口を開く。
「詳しい事は言えない。出来ればあの事については誰にも言わないと約束して欲しい」
続けてラミアも口を開く。
「すみません。その事については機密事項なので教える訳にはいかないんです」
はぁ…機密事項ね。まぁ確かに車が浮いたり銃弾を止めたりする人がいるなんて知ったら皆混乱するだろうし当然といえば当然か。
「いや、そういう事なら大丈夫ですよ。俺も無理に危ない事に関わりたい訳じゃないですから」
「ごめんなさい」
ラミアはそう言って頭を下げてくるが「秘密なら仕方ないよ」と俺は言って聞かせる。
ラミアが下げていた頭を上げるとルシアは大きく背伸びをしてから言う。
「さて君の目が覚めたようだから顔を出した訳だけど、時間的には結構夜遅い訳だよ。取り敢えず今日の所は帰らせてもらうよ。次は日中に顔を出させてもらう」
ルシアはそう言うと先程まで自分の座っていた椅子を片付けるとラミアの後ろまで行き病室のカーテンを捲る。
「ずっとカーテンを閉めてるっていうのも健康に悪そうだから開けておくよ。それに今日はとても月が綺麗だ。眠くなるまで眺めるのもいいかもしれない」
ルシアはそう言ってカーテンを開けるとラミアの頭の上に手を置いて「行くよ」と言うとラミアも立ち上がりルシア共に出口へと向かっていく。
俺は言われた通りに月を眺めて見るのもいいかもしれないな。なんて思いながら窓の外を眺める。
空は雲が殆ど無く澄み渡っており、これなら月がはっきりと見えるだろうと思った矢先有り得ないものが目に入った。
空には勿論のこと月が浮かんでいたがその月の周りに見えるのは満天の星空等では無かった。
ある場所には砂漠が広がっており、またある場所は荒廃した都市のようなものが広がっている。
他にも青々と草木が茂る場所があったりと夜空には鏡写しの様に様々な"地上"が浮かんでいたのだ。
その光景を見た俺は思わず「はぁ?」と声に漏らしてしまう。
その声に反応したようでルシアとラミアが振り返り問うてくる。
「どうかしましたか?」
その質問に対して俺は答えを持ち合わせてはいなかった。
俺はまだ怪我の後遺症でも残っているのではないか?それとも寝惚けているのか?等と頭の中で回答を求めるがどう考えても空に地上が見えるだなんて有り得ない。
ましてや、それをどう説明していいのか分からず混乱する。
「え、えっと?あれ?なんかまだ怪我が回復してないというか、どっかで頭を強く打った?それとも幻覚?医療用の薬が幻覚でも見せているんだろうか?」
俺はラミアの質問に答える事が出来ず自分がおかしくなったのではないかと思い混乱してしまう。
「ど、どうしたんですか急に!落ち着いてください」
ラミアは俺の様子が普通ではないと悟ったのか俺の側まで駆け寄ると俺の手を取り落ち着くように促してくる。
「あ、あぁ。いやごめん急に取り乱して。さっき言われた通りに月を見ようと窓の外を眺めたんだが空に変な物が見えたっていうか、多分俺の頭が夢か幻でも見てるんだと思う」
その言葉は聞いたルシアとラミアは目を見開くと目の色を変えて詰め寄って来た。
「ま、まさか!?何が見えた!君は一体空に何があるのを見たんだ!?」
その剣幕にやや押されながらも何とか答える。
「いや、なんか砂漠とか荒廃した都市のようなものが見えたりしたんです。なんか鏡写しの世界の様な…見た事の無い世界が広がってました」
「そんな…」
ラミアは驚愕の表情を作るとそのまま固まってしまう。
ルシアもこの事にはかなり驚いたようで更に表情を険しくしながら言った。
「すまない、君には我々と共に来てもらわなければならない事になった。これは強制だよ、天晶ナナシ君」
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