第4話

銀行強盗というでかい事をやってのけたという達成感からアガペは少々テンションが上がっていた。


「はっはっは!俺にかかれば強盗なんてちょろいちょろい!マヌケな警察共は皆ビビって動けないでいやがるしな!」


アガペは車の中に入った事で安心したのか、運転席からフロントガラス越しに警官達に指を指すと何がおかしいのかという位に笑っている。


はぁ、何がそんなに面白いんだか…

それより良く言うだろ?強盗は家に帰るまでが強盗ですって。最後まで気を抜かずにやらないと失敗しますぜ?


俺はそんなアガペに対して早く出発しろよ、なんて心の中で悪態をつく。

でも何故か人が指を指しているとその方向に目がいってしまうもので、俺もついつい指の方向に目をやる。


ん?なんか警察の中に蒼色のワンピースを着た少女?が混じってないか?

んー?野次馬だとしても少女しかいないのも不思議だし、警官はまず服装と年齢からしてないし…

はて?全く分からんな。まぁ迷子かなんかだろ、たまたま迷い込んで保護されたとか?

いやー流石にそれは無茶があるなぁ…


思案にふけっていると運転席側から硝子の割れる音と共に一発の銃声が聴こえてくる。


え…俺撃たれたん?えぇ?もしかしてテンション上がり過ぎてちょっと手とか滑った的な?

突然の銃声に思考がごっちゃになっていると運転席側から次は大声が聴こえてくる。


「ぐぅおおおぉ!痛てぇぇぇえ!?」


その大声に呆気に取られ何事かと顔を向けると、そこには俺に銃を向けていた左手を右手で押さえているアガペの姿があった。

よく見ると右手の隙間からは真っ赤な血が流れており、フロントガラスは全体にヒビが入っており直径二センチほどの穴が空いているので誰かがアガペの銃を持つ左手ごと狙撃した事が伺える。

アガペは左手が相当痛むのか顔に脂汗を浮かべ苦痛に耐えている。


あ〜あ、さっさと出発しないから撃たれるんだよ。

可哀想に俺は撃たれたことないから分からんが結構痛たそうだな。


そんなアガペを他所に俺はそんな事を考える。


するとアガペは先程まで左手を押さえていた右手を使いズボンのポッケの中から一本の注射器を出した。


ん?注射器?


そのままアガペは注射器を撃たれた左手の静脈へと打ち込む。


その様子を黙ってみていると俺の席の隣のドアが勢い良く開かれる。


「なにボーッとしてんの!すぐに離れて!」


蒼いワンピースの少女…?


俺はそのまま少女とは思えない力で服の襟首を掴まれるとそのまま車の外へと引き出される。


「痛っ!!」


襟首を掴まれていたので地面に尻が衝突し激痛が走る。

痛てぇ…痔になるわ!


そんな俺の事は完全にスルーして少女は呟く。


「あれは…医療用麻酔薬…何処からあんな物を…?」


アガペは空になった注射器を投げ捨てると車の外へと出てくる。


なんか注射してると思ったら麻酔薬か、撃たれたところの治療としてはかなり荒療治だと思うが今は行動の邪魔になる痛みを無くすのが先ってことか。


俺が痛む尻を摩りながら冷静にそう判断していると、俺の前にいた謎のワンピース少女もアガペが動く前に無力化しようと考えたのか凄い勢いで地面を蹴るとアガペの鳩尾へと掌低を打ち込むべく急接近する。


少女の掌低は狙い違わずアガペの鳩尾へと吸い込まれていくがアガペの鳩尾の少し手前という何も無い空間で突如としてその手が止まる。


俺は少女が自らの意思で手を止めたのかと思ったが少女の表情を見るにどうやら違うようだ。


少女は目を見開き自分の手が止められている中空を睨んでいる。

少女は嫌な気配が膨れ上がったことを瞬時に感じ取りバックステップで先程までいた俺の前の位置まで後退してくる。


どうやら少女の行動は正解だったようで先程まで少女の立っていた地面が円形に重たい物が衝突した様に陥没している。

何が原因であの様に陥没したのか謎だが、彼女があのまま彼処に立っていたら無事では済まなかっただろうという事は容易に想像出来る。


アガペの方を見ると手からはまだ血が滴ってはいるが麻酔が効いているおかげか表情は先程よりも余裕がある。

それは間違いでは無かったようでアガペは唸る様な声で言葉を発した。


「痛てぇじゃねぇかクソがっ!舐めたマネしやがって…それにテメェ何もんだ?」


そう言ってアガペは俺の目の前に立っている少女を睨みつける。

確かに俺も少女が何故このような場所にいるのか、それに何故あのように武闘派なのか気になっていたところだ。


「私はラミア特務官よ。今回この現場の指揮をとっているの」


どうやら少女はラミアというらしい。そして特務官とはまぁお偉いさんだこと。十五歳くらいに見えるのに凄いスピード出世ですね。

ってな訳あるか!普通の十五歳は働いてないわ!高校で勉強机と睨めっこしてる年頃だ!


「ほう、てことはお前は警察って事だな?なら容赦はいらねぇな!」


アガペはそう言うと無事な方の左手をゆっくりと前方へと伸ばす。

ラミアはそれが何かの予備動作だと感じ身構える。


そこでそんな二人を他所に一発の銃声が響き渡った。

どうやら先程と同様にアガペを狙撃し無力化するつもりらしい。


だが狙撃手も含めこれで無力化出来るだろうと思っていた警察達は皆驚愕する事になった。

脚の関節を狙った7.62×51NATO弾はアガペを無力化すべく狙い違わず一直線に飛んでいった。

だが少女の掌低を止めた時の再演の如くまたしても脚の少し前の中空で止められている。

見えない壁のような物に阻まれ完全に運動量が零になると カラン と渇いた音を立てて地面へと落ちる。


静寂が訪れ何処からか「馬鹿な…!?」と驚愕する声が聴こえてくる。


それを聞いたアガペは初めは「くつくつ」と、そして次第にその声は大きくなり、やがて腹を抱えで笑い始める。


「くはははは!お前らに俺は捕まえられねぇよ!お前らにはお返しをしねぇとなぁ!さっさと死ねやぁぁぁぁ!」


アガペは掌を近くに停めてあった赤い車に向ける。

そしてその車はあろう事か空中へと浮かぶ。

誰もがその光景に驚愕し、アガペがその現象を起こしている事に気が付き、そして何をしようとしているのかを理解し青ざめる。


「そ、総員退避せよ!」


周りを包囲していた機動隊や警察の面々はそれを聞いて蜘蛛の子を散らすように退避する。

退避し始めるのと同時くらいに浮いていた赤塗りの車が警察に向けて放たれていく。


その光景を見ていた俺は訳が分からなかった。

ワンピース少女が警察してるし銃弾は止めるわ車は浮かすわ、もう俺の理解力は限界だ。

何時からこの世界はこんなにもファンタジーになってしまったのだろうか?


そんな理由でもう考えるのを止めようかな、なんて考えていると目の前に立っていたラミアが口を開いた。


「やはり…これで確信したわ。彼は間違いなく『見える者』ね。これで私も気兼ねなく闘えるわ…」


はい?見える者?なんですかそれ?

もう何が何だか…


ラミアはそう言って警察に向かって飛んでいく赤い車を見たかと思うと、今度は赤い車がいきなり地面へと叩きつけられる。

大きな破砕音がした後アガペの大声が響く。


「てめぇ、何しやがった!」


アガペは自分の飛ばした車が突如として垂直に落下した事が、目の前にいるラミアによって引き起こされた事だと見当をつけた。


「何って、貴方と同じ事よ」


その言葉を聞いたアガペは一瞬呆気に取られるがすぐに得心がいったのか顔が喜色満面に彩られる。


「くはは…!そうかお前も俺と同じなのか!ならお前にも見えるんだろ?俺達は他の奴らとは違うんだ、選ばれたんだよ!俺達は神に選ばれた!だから何をやっても許されるんだよ!」


「はぁ、貴方達はいつもそれね。これだから狂人は嫌いなのよ。貴方達の理論は理解出来ないわ」


ラミアは心底呆れたといった顔をするとアガペに掌を向け何かをボソリと呟く。


その瞬間アガペは凄い勢いで地面へと四つん這いになる。


「ぐぉぉぉ!?なんだこれは!?身体が急に…重たっ…」


アガペが続きの言葉を言う前にラミアは急接近すると、ガラ空きの腹に向かって強烈な蹴りを入れる。


「下がガラ空きよ」


ラミアはそれだけ言うとアガペを銀行の壁へ向かって蹴り抜く。

インパクトの瞬間にアガペの身体から、してはいけないような嫌な音が幾つも聞こえたので間違いなく何本か骨がやられているだろう。

アガペは壁に叩きつけられ銀行の窓ガラスを割り壁をクレーター状に凹ませると重力に従い地面へと崩れ落ちる。

それを見た警察の面々はまたしても驚愕する。

今日だけで一生分の驚愕はしただろう。


俺も例外ではなく驚愕していた。

十五歳くらいの少女が人間とは思えないほどの脚力で大人の男性を壁に吹き飛ばしクレーターまで作っているのだから。

ていうか、あの男死んだんじゃない…?

色々とヤバそうな音がしてたけど…


そんな中ラミアは地面にボロ雑巾の用に落ちているアガペの元へと歩み寄る。

アガペの前に立ち、何も反応しないと分かると次は頭部をゲシゲシとその細い脚で蹴り始めた。


ま、まさかの追撃だと!?

なんと恐ろしい子なんだ…


俺はラミアの行動に驚愕し頬を引き攣らせる。

どうやらラミアは生存確認をしていた様で、何をどうすればあの行為が生存確認になるのか分からないが取り敢えずは気絶しているだけだったようだ。

ポッケから手錠を取り出すとアガペの両腕に手錠をかける。


それが終わりラミアが一息ついていると、警察達が戦々恐々と集まっている方向から一人の男性が駆け足で近寄ってくる。

防弾チョッキなどその他装備でかなりの重量がありそうな格好をしているが、そんな装備の重量を感じさせない程の身軽な動きでラミアに駆け寄る。

そして先程までの一連の出来事について質問を始めた。

主に車が浮いた事についてやクレーター状に壁が凹む蹴りは何なのかと言った質問が殆どだったが、余りにも一度に沢山の事を聞くものだからラミアも返答に困り一度落ち着いてもらうために言葉を発する。


「お、落ち着いてください小島さん!一度に聞かれても答えられません」


どうやらこの男性は小島というらしい。

俺は先程から車から引き摺り降ろされた場所で大人しく座っている。早く誰か来て俺は何をすればいいのか教えて欲しい。


ラミアと小島は何か話をしながらこちらへとゆっくり歩いてくる。


おぉ、やっと俺の事を思い出してくれたか。

早く会社戻らないとなぁ。ていうか警察の人達に頼んで会社側に今回の事を説明してもらおう。そうしよう。


こちらに歩いてくるラミアと小島を眺めながらこの後どうするか考えているとボロ雑巾の様に地面に突っ伏しているアガペが目に入る。

アガペは先程から変わらず地面へ突っ伏したままだが、壁に叩きつけられた時に割れたガラスの破片が独りでに揺れ始めた。

ガラスの破片は先の鋭く尖ったカットしたピザの様な二等辺三角形をしている。

始めはブルブルと揺れていただけだが次第に揺れが収まりゆっくりと空中に浮き始めた。


それだけで俺には何が起きているのか理解出来た。

アガペは気絶したフリをしていたのか、それとも気絶していたが目が覚めたのか。

どちらにせよ急がなければラミアが危ない。

隣にいる小島はフル装備のためガラスの破片ぐらいではどうにもならないだろうがラミアはワンピースだ。

俺はすぐに立ち上がると全力で走る。


小島とラミアは先程まで地面へと座って大人しくしていた男性が急に立ち上がると切羽詰った様子でこちらへと走ってくるのを見て何事かと顔を見合わせる。


俺は走りながらアガペを見る。

アガペは顔だけを上げ、ラミアを憎悪の篭った目で睨みつけている。

ヤバいっ、間違いなくラミアを狙っている。

しかもあの様子だとアガペの事に気づいてない。

くそっ…大声を出す暇もない。


くっ…間に合うか…!?

俺がラミアを左側に突き飛ばすのとガラスの破片が発射されるのはほぼ同じタイミングだった。


小島は人質の男性が急に走って来てラミアを突き飛ばした事に驚く。急に何故このような事をしたのか分からなかったからだ。


ラミアも同様に何故突き飛ばされたか分からず困惑したが、まずは地面へとぶつかる前に受身を取り衝撃を上手く逃がすと立ち上がる。

そして、いきなり女性を突き飛ばす失礼極まりない男性に向かって講義しようと先程まで自分の立っていた場所を見て凍りつく。


小島も同様にラミアのいた位置に立っている男性を見て凍りついていた。


人質の男性のお腹には人の腕位はありそうなガラスの破片が深々と刺さっており、止め処なく血が流れ地面には真っ赤な水溜りが出来ていた。


あぁ…痛ぃ…いや、痛いというより熱い…まるでお腹を焼かれているようだ。

地面が真っ赤だな、あぁこれは俺の血か。

てか、思ったよりガラスの破片大きいな…極太だ。

そうだ…ラミアは…彼女は無事だろうか?突き飛ばすなんて悪い事したな…怪我してないと良いけど…


男はラミアの方に顔を向ける。そしてラミアと視線が合うと男性は嬉しそうに笑うと消えそうな声で言った。


「良かったぁ…無事で…」


それだけ言うと男性は糸が切れたように膝から崩れ落ち自分の血によって出来た水溜りへと顔面から突っ込む。


ラミアはすぐに理解した、この男性は自分を庇ってくれたのだと。そしてこの凶刃を放ったのは先程自分が無力化した筈のアガぺであると。

ラミアは己の失態を責めるのは後にして先に行動する事を決意する。

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