第3話
扉を開くとそこは職員や車で銀行に来た客が車を駐車する為の場所になっており、普段なら駐車場は人気がなく閑散とした不陰気で何処か少し寂しいイメージのする場所だが今回は違った。
恐らく機動隊の部隊と思われる面々が隊列を組み全身フル装備で防弾シールドまで構えてこちらを見ているのだから。
他にも警察官の制服の人などもいてこの建物が本当に包囲されているんだなと納得する。
俺が前方でこちらを伺っている警察達を興味深く見ていると頭のすぐ真後ろから耳を塞ぎたくなるほどの大声が発せられた。
「こっちには人質がいるからな!余計な真似してみろ!こいつの命は無いと思え!」
男がそう言うと前方で隊列を組んでいた機動隊や警察の面々がざわつき始めた。
そして少しして警察側からも大声が発せられる、
「だ、大丈夫だ!我々はお前に危害を加えるつもりは無い!逃走用の車はあそこに置いてある黒い車だ!」
そう言って大声を出していた人物が指を指したのは今俺達が立っている場所から右に駐車されている黒の乗用車だ。
どうやらこの車が逃走用にわざわざ用意してくれた車なようだ。
男は前方の警察に注意を払いながら、俺を盾にゆっくりと車へと向かっていく。
警察達はこちらに人質がいるので手を出す事が出来ず、苦虫を潰したような顔でこちらを睨んでいた。
車につくと俺は後ろの席を開けさせられ、そこに今回盗み出した現金の入ったバックを男が置く。
その後男は俺を盾にしたまま車の運転席に乗ると上機嫌に言った。
「へへ、案外ちょろいもんじゃねぇか!後はこのまま金持ってずらかればいいだけだしな!」
俺はその横で、後はこのまま何事もなく逃走して何処か手頃な場所もしくは会社まで送ってくれると嬉しいなぁ、なんて考えていた。
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アガペ達が出てくる数分前、現場の指揮を担当している小島の元に部下が報告に来ていた。
「そうか…やはり予想はしていたが特務官が出張って来たか…」
部下からの報告によると、先程現場に特務官が一人派遣されて来たそうだ。
「しかしたった一人とは何を考えてやがる…?だが取り敢えず現場の指揮官として挨拶に向かわねばならんな」
部下に特務官の元に案内するように頼み、その後ろを着いていく。
部下に案内され駐車場から少し離れた場所に行くとちょうど特務官と思われる人物が車から降りているところだった。
小島はその人物の元へと駆け寄り挨拶をする。
「本日は暑い中 御足労感謝します!私は現場の指揮を担当している第二機動隊隊長 小島信彦と申します!」
車から降りていた人物は突然話しかけられたことに驚き顔を勢いよく小島の方向に向ける。
「ひゃい!? あ…えと、はい。始めまして小島さん。私は特務官として今回こちらの現場に派遣された ラミア と言います。よろしくお願いします」
車から出てきた人物は特務官で間違いなかったが、小島はその人物が女性であった事に驚き、それ以上に彼女がサラサラと透き通るようなプラチナブロンドを肩まで伸ばし目は碧眼、現場に来てくる服としては場違いな薄い蒼色のワンピースを着た十六歳位にみえる少女であった事に呆気に取られ固まってしまう。
「あ、あの?小島さん?大丈夫ですか?」
突然口を半開きにして固まってしまった小島を不思議に思いラミアは声をかける。
その声を聞いて思考の波に意識を流されかけていた小島はなんとか戻って来る。
「あ、あぁ大丈夫だ。それよりラミアさんは今回はお一人なんですか?」
小島は今まで特務官を目にした時は四~五人で居る所であった為、今回ラミアが一人で来たことに疑問を感じたのであった。
「えぇ、そうです。今回他の皆さんは別の仕事が忙しくそちらの手伝いに行ってるんです」
小島はそれを聞いて他にも何処かで特務官が出向くような事件が起こったのか?と思ったが心当たりは無かったので内心首をかしげていた。
「それより早く犯人の元に行きましょう。早くしないと逃げられてしまいます!」
「お、おぉそうだな。こっちです。もうすぐアガペが逃走用の車を取りに裏口から駐車場に出てくるはずです」
小島はラミアを案内しながら先程までいた駐車場まで戻る。
戻るとタイミングを見計らった様に裏口のドアがゆっくりと開いた。
出てきた人物を見ている小島とラミアは同じく顔を顰める。
「やはり警戒して人質を使いやがったか…!」
小島はアガペの下劣な行動に腹の中が煮えくり返りそうになるのを必死に堪えアガペを睨む。
小島程ではないがラミアも少なからず不快に思っているのだろう、顔には侮蔑の色が見て取れる。
だがどういう事だろう、アガペによって人質にされている二十代位の青年は頭に銃口を向けられているのに特に怯えた様子もなく、むしろ機動隊が隊列を組んでいる様子を興味深げに見つめているではないか。
「小島さん、なんか人質の方全然怯えた様子がないですね…」
ラミアは不思議そうに、そう呟く。
小島も同じ事を感じたので「ですね」 とそれだけ返した。
小島はそんな事よりもアガペを捕らえ人質を解放することが先決である事を思い出し、自分より階級の高いラミアにこの場の指揮権が移っているのでラミアへと指示を仰ぐ。
「ラミア殿、このままだとアガペには逃走用の車で逃げられてしまいますがいかがなさいますか?」
ラミアは小島のその言葉を聞くと両眼を閉じ数十秒程思案した後ゆっくりと目を開いた。
「まずは人質の救出が先決です。例えアガペを逃したとしても民間人を守るのは最優先事項です。今は我々への牽制としてあの人質を生かしていますが逃走に成功して必要になくなった場合殺されてしまう場合があります」
「ここで決めるしか無いってことか…」
「ええ、そうなりますね。その際の作戦ですが私が直接アガペを取り押さえます」
その言葉を小島は頭の中で反芻し理解が追いつくと当然のことながら質問を返した。
「ちょ…直接とは?」
「そのままの意味です。私が直接アガペの元へ行き実力行使で取り押さえます。貴方達にはその際の陽動及びサポートをお願いします」
「まてまてまて!冗談だろ?何言ってんだ!実力行使と言ったがアンタのそんな細い腕でどうするってんだ!それにアンタは若過ぎる!」
小島はラミアが自分よりも階級の高い いわば上官にあたる事さえ忘れ詰め寄る。
ラミアが知り合いの娘と同じ位の年齢であり自分の腕より何回りも細い手足を見て小島にはラミアの言っていることが質の悪い冗談にしか聞こえず我を忘れてしまう。
「落ち着いてください小島さん。貴方も聞いているはずです。今回の犯人であるアガペが不思議な力を使ったと」
小島はラミアの困惑した様子を見て少しだけ冷静になり自分が上官に対しとんでもない非礼を行った事に気付き青ざめる。
「す、すみません!ついムキになってしまいました!」
「構いませんよ。小島さんは単純に私の事を心配して下さって言っている事は重々承知してますので」
ラミアは街中ですれ違えば十人に七人は振り向く程可愛らしいため色恋にあまり興味のない小島ですら、その言葉にほんのりと頬を朱に染めてしまう。
それを隠すためか小島は「ごほん」とわざとらしい咳払いをすると先程の醜態なんてまるで無かったように話を戻した。
「ええ、私も部下から報告を受けていますので存じております。なにやら何らかの方法で近くにあった物を動かして追跡の邪魔をしたとか…」
「ええ、それの事です。小島さんも既にお気づきになっているかも知れませんが我々特務官は今回の犯人であるアガペの様に超能力の様な力を使う犯罪者を専門にしています」
「で、ですが超能力など非現実的です」
「まぁ、一般的にはそれが常識です。機密事項なので詳しい事は言えませんが超能力を有する存在は少なからず存在します」
その言葉を聞いた小島は顔に驚愕を貼り付けたままラミアに聞き返す。
「な、なら何故今までその事が公に出てこなかったんですか!?」
「簡単な話です。この事については上の人達が徹底的に情報管理をしているからですよ。っとこれ以上は喋りすぎになりますね。私、上司に怒られたくないから今の話は忘れてください」
小島は上の人達によって管理されていると聞いてまず最初に思った事は自分はこの事を聞いてしまったので後々お偉いさんによって口封じをされるのではないかという事であった。
「ふふ、大丈夫ですよ。この話の事を知っているのは私と小島さんだけです。お互いに黙っておけばバレません。私も怒られたくないので安心してください」
ラミアはイタズラが成功した子供のような可愛らしい笑みを浮かべ、口元に人差し指を持っていく。
男性ばかりの職場で女性に対する耐性の低い小島にはダメージがデカ過ぎた様で再び顔を朱に染めると口をパクパクと開閉し、餌をねだる金魚の様な状態になってしまう。
そんな小島が立ち直るよりも早くラミアは話を切り替える。
「小島さん、アガペが車に乗りました。仕掛けるには今しかありません。一瞬でいいのでアガペの気を逸らしてくれると有難いです」
「ラミアさん先程も言いましたが危険かと…」
するとラミアは、先程までのまだあどけない表情とは打って変わって真剣な顔をすると小島の言葉に被せて言った。
「小島さん、これは上官命令です」
上官命令とはこのような上下関係のある組織では絶対であり、その事を第二機動隊隊長という立場であるがため重々承知している小島は逆らう事が出来ない。
「はぁ…分かりました。ですが私が危険と判断しましたら私も手を出させてもらいます」
小島はこのラミアという少女は何を言っても、もう無駄だろうと諦め気持ちを切り替える。
「では、これから三十秒後に作戦開始です。小島さんお願いします」
「分かりました」
小島はラミアに言われたとおりアガペの気を逸らす為部下へと指示を送る。
その間ラミアの方をチラリと見てみるが、これからアガペを捕らえるための作戦を始めるというのに、本人は全く気負った様子もなく平然とした顔でアガペと人質の乗り込んだ車を見ている。
こんな調子で本当に大丈夫かと心配は尽きないが、どうか事件が何事も無く丸く収まってくれる事を心の中で祈る。
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