第2話

アガぺが要求を出してから二十分ほどで逃走用の車が銀行の裏口に準備され、その事が警官を通してアガぺに伝えられた。


「よーし、逃走用の車は用意出来たようだな!」


アガぺは逃亡の目処が立ったからか少し嬉しそうにそう言った。


おー良かったですやん。その車でお家に帰れますやん。

俺は地面に何をするでも無く小一時間座らせられていたのでお尻が痛くなってきたし、眠いしお腹空いたしでもう何だか飽きてきて面倒臭くなってきたので思考が投げやりになってきた。


だがアガぺの次の行動でそれらの考えは何処かに飛んで行ってしまった。


「これから俺は逃走用の車に乗るわけだが流石に人質のお前ら全員連れていくわけにはいかねぇ。だから一人だけ連れていくことにした」


あれ…もう用無いから開放です。さよなら〜 ってパターンじゃないんすか…


それを聞いた人質達も自分が選ばれたらどうしようかと不安の色を顔に滲ませている。

そんな事は露知らずアガぺは人質の中の一人を指差した。


「お前に来てもらおう」


アガぺがそう言って指差したのはこの銀行に母親と来ていたようで現在も母親と寄り添うようにして不安な表情をしている七~八歳くらいの少女だ。

アガぺに指差された少女は何のことか分からずきょとんとしているが母親は違った。

少女を自分の後ろへとやるとアガぺに向かって言った。


「お願いします!この子は!この子だけは止めて下さい!代わりに私が行きますから!」


この母親にとって娘は肉親であり自分がお腹を痛めて産んだ可愛いい我が子である為、何が何でも危険な男の手には渡すまいという気概が見て取れる。


それを聞いたアガぺは流石というかやはり外道であった。


「うるせぇんだよ!俺に指図してんじゃねぇよ!ぶっ殺されてぇのかよ!」


アガぺは興奮し銃口を母親に向けると引き金へと指を伸ばす。

そこにいた誰もがこの後起こる惨劇を予想し、恐怖のあまり目を閉じ耳を手で塞ぐ。


だが予想された惨劇は気の抜けた男の声によって回避された。


「あの〜すんませーん。その先着一名の人質役俺がやってもいいですか〜?」


そう、その男とは俺の事だ。


そこにいた皆は、まさかこのタイミングでこの様な発言をする者が現れるとは予想すらしておらず。

今まさにアガぺによって撃たれそうになっていた母親ですら呆気に取られた顔をしていた。


そんな中一番に持ち直したのは流石というべきかアガぺだった。アガぺは銃口をその男の方に向け直すと言った。


「おい、何のつもりだ?」


銃口を向けられた俺は若干声は上擦ってはいたが、アガペの脅しに全く怯える素振りは見せず答える。


「いや〜だってその少女は小さいから弾除けとしては不十分かと。なんか沢山警察来てるみたいだから、車に乗りに外に出た瞬間狙撃されるかもしれないし、やっぱり弾除けは大きい方がいいでしょ?」


正直な所、弾除けなんて役目やりたくない。

だけど、まだ七~八歳くらいの女の子を人質に連れて行かれて はいさよなら〜 なんて事は俺には出来ない。

それに子供の目の前で母親を殺させるわけにもいかないしな。


そんな自分の行動に対する言い訳じみた事を考えているとアガぺは少し冷静になったのか銃を下ろし少し考えた後言った。


「確かにそうかもしれねぇが、俺は暴れられても大丈夫なようにこの小娘を選んだんだ」


「それなら大丈夫だ。俺は撃たれたくないし暴れるつもりは無いからな。それに俺ひ弱だし」


それを聞いたアガペは少し考えた後、口を開いた。


「分かった、ならお前を人質に連れていく。ただし少しでも妙な真似をしてみろ、その時は容赦なく撃つぜ?生憎人質はまだこんなにも居るからな」


やはりアガぺのとしても弾除けとして使うには大きい方が便利だという結論に至ったらしく少女を人質に連れていく事を諦めてくれたようで、ひとまず危機は去った。


と言っても、去ったのはこの母親とその娘の危機だけで俺の方の危機は全然去ってくれてない。


ふと、強盗の男から視線を逸らし先程まで勇敢にも娘を庇った母親の方を見ると母親の方も俺の視線に気付いたようで本当に申し訳ないといった感じの顔で声を出さずに口の形だけで『ありがとうございます』と何度も伝えてくる。


俺はそれを聞いただけで自ら人質にエントリーした甲斐があったなと少し心が緩んだ気がした。

なので俺も声は出さずに『いえいえ』とそれだけ伝え母親から視線を外す。


男は俺に「来い」と一言だけ言い俺に銀行の裏口があると思われる方向に向けて歩かせた。

ふと人質が固まって座っている方向に目線が行くと皆俺の方を見て思い思いの顔をしている。

ある者は『同情』またある者は『後悔』ちらほらと『自分じゃなくてよかった』と『安心』している者もいた。


まぁ俺が自分勝手に選んだ事なんだから自業自得って事にしておいて欲しい。

あんまそんな目で見られるとこっちが困るって。

俺は伝わるかは分からないが軽く微笑み、暗に大丈夫と伝えると視線を前に向け歩みを進める。

店内の左奥にある職員専用の通路が裏口へと続く通路らしく、男の指示に従い歩く。

通路の中は足元に職員の置いたと思われる書類やダンボールが所狭しと置いてあり、それを上手く避けながら歩みを進める。

そのまま歩いて裏口の扉が見えてきた頃、後ろから銃をこちらに向けたままのアガペが急に口を開いた。


「一旦止まれ」


「あぁ、分かった」


俺は後ろを向かずそう答えると、言われた通りにその場に止まった。


「これから外に出るが、どうやら警察だけじゃなく機動隊まで来てるらしいな。狙撃される可能性が高い。やはりお前を連れてきて正解だったようだな」


「はぁ…それは何よりです」


機動隊…?確か暴徒とかが出た時に鎮圧する為に出てくる実力派の警察部隊だったか?


「今の様に離れて歩いてると俺だけ狙撃されかねん。機動隊の奴らがこっちを狙えないようにお前を盾にして進む事にした」


そう言うと男は「来い」 と手招きし、俺はそれに従い両手を上げたまま男へと近づく。

男は俺の首に手を回し銃口を俺の頭部に当てると俺の耳元でドスを効かせた声で「暴れたら殺す」と一言だけ言った。


俺は首を上下に降ることで肯定の意を示す。

男は俺の反応で大丈夫と判断したのか俺に進むように指示した。

俺は男の指示通りにドアノブに手を掛けゆっくりと扉を開く。

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