閉ざされた星空
ヨコチチウム
第1話
はぁ〜あの部長まじで人使いが荒いんだよなぁ。
コピー機壊したの自分なんだから普通自分でコピー取りに行くだろ。
それなのにまるで自分は悪くありませんみたいなこと言って…はぁ…
コンビニなんて会社から出て歩いて二〜三分程の場所にある訳なんだし、わざわざ俺に頼まなくても直ぐに行けるんだよな〜
俺はさっさと退勤して家に帰りたくなったが、まだ出勤してから三時間も経っていない事に気づき露骨に顔を顰める。
とは言ってもこれも仕事なので仕方ない。
俺は高校を卒業して直ぐにこの会社に勤め始めたのだが現在は灰色の高校生活を卒業してから二年と少し経ち、もう少しで二十一歳なのだ。
つまり立派に社会人をやっているというわけだ。
何故薔薇色の高校生活じゃなくて灰色なのかって?
まぁ俺にも色々あったんだよ…聞かないでやってくれ。
それが優しさってものだ。
それで、うちの会社はブラック企業ではないんだが、やはり何処の会社にも一人は絶対に居るという面倒臭い人がうちにもいる訳で、まぁ部長なんだがそいつに大量のコピーを頼まれて現在片手に大きめの紙袋をもってコンビニにコピーに向かっている途中という訳だ。
まぁただの社員の俺にはどうする事も出来ない問題だ。
下手に文句を言うとグチグチ言われるので触れないでおくのが一番いい。
それでコンビニに着いたわけでコピーを取ろうと思って財布を開いたんだが、悲しい事に財布の中身が五百二十円…
後で経費で落とせるにしても今の所持金では到底頼まれた量のコピーは取れない。
仕方ない、ちょっくら銀行まで行きますかな。
俺は一応会社の同僚に銀行に寄るから少し遅くなる事を告げてから銀行へと向かう。
はぁ〜帰ったら部長にコピー如きで時間を掛けすぎだ、なんて言われるんだろうなぁ。
こんな事ならこの前の休みの日に多めに下ろしておくんだった。
でも元を辿れば部長が悪いんだが仕方ない。
シニア世代には現代の機械を壊すというスキルの様なものが備わっているのだろうか?
歩くこと約十分ようやく目的の銀行に到着した。
銀行へと入り早速ATMへと向かうとコピーの分も含めて少し多めに下ろしておく。
お金を下ろしている時ふと横に目が行き偶然にもフロントの様子が目に入った。
現在は受付のお姉さんに目出し帽を被った男性が話しかけているようだ。
ん?目出し帽?今は夏なのに随分と暑苦しい格好をしているものだな。
俺は受付にいた男性の格好を珍しいな、なんて思いながらも下ろしたお金を財布に入れると再びコンビニへと向かうため出口へと向かう。
出口まで後数歩の所で店内に銃声が響き渡った。
いきなり鼓膜を揺さぶる大きな音がした為、俺はその場で身を低くする。
おぅ!?うるさっ!なんだよ?
続けて店内には受付けにいた男の怒声が響き渡る。
「全員そこから動くんじゃねぇ!!動いた奴から撃つからな!」
どうやら、先程の大きな音は銃声だったらしい。
そして銃声とその怒声を聞いた店内の何人かの女性が恐怖に駆られ耳を劈く様な悲鳴を上げ、店内はパニックに陥った。
そんな中俺は突然の事に呆気に取られ、店内の様子を見ながら すげーな刑事物のドラマみたいだ なんて場違いな考え事をしていた。
店内がパニックに陥り、その様子を見ていた元凶の男はいつまで経っても落ち着かない店内の人々に痺れを切らし再び怒声を響かせた。
「おい!キャーキャー喧しんだよ!今から三秒以内に黙って地面に座れ!じゃねぇと殺す!」
騒がしい店内でも良く通る男の声を聞いた人々はその意味を咄嗟に理解し、ひとまずは落ち着くと男の銃に撃たれないようにと指示に従い地面へと座った。
俺も撃たれるのは嫌なので地面へと座る。
まじかーあれって銀行強盗だよな…こういう時ってどう対応したらいいんだ?
俺はまさか自分がこんな場面に遭遇するなんて微塵も考えたことがなくどうすれば良いのか分からず取り敢えず男の指示に従っておけば殺される事は無いだろうと思い、これからの方針を決定した。
その後、男は俺達に一箇所に集まるように指示してきた。その間も男はこちらに油断なく銃口を向けてる。
「よし、じゃあそこのお前ちょっとこっちに歩いてこい」
男がそう言って指定したのはここの職員だと思われる女性で、指定された方の女性はというと震えた声で「分かりました」と言うと男の元へと歩いて行った。
「お前はコイツでここにいる全員の携帯を回収するんだ」
男はそう言うと職員の女性にコンビニの袋くらいのサイズの袋を手渡す。
「お前らが余計な事をしない様に携帯は没収させてもらう。もし俺の命令に背いて出さずに隠し持っていてみろ、その時は…分かるな?」
ええ、分かりますとも撃たれるんですね。
俺は素直に命令に従い職員の女性の持つ袋の中に自分のスマホを入れる。
全員の携帯を回収し終わり、男は携帯の入った袋を少し離れた場所に置くと次の要求を出してきた。
「次は金だ!おい、この銀行で一番偉いのは誰だ?」
「は、はい!わ、私です!」
男がそう言うと、吃りながら名乗りを上げたのは眼鏡をかけ紺色のスーツに派手なネクタイを付けた、前髪から後頭部にかけて後退してしまっている三十後半位に見える男性だ。
「お前がここの責任者か。今からお前はこのバックに詰めれるだけ金を詰めろ!早くしろよ!」
男は学生が部活なんかで合宿に行く時に使いそうな位の大きさのボストンバッグを責任者の男性に渡し早く詰めるように急かした。
職員の男性がお金をバックに詰めている間、男は油断なくこちらと職員の男性の方を見ている。
そんな中、俺はこの後会社に戻った後この出来事や遅くなった理由をどう説明したものかと悩み俯いていると隣に座っていた自分と同世代か一つ下くらいの青年が小声で話しかけてきた。
「お兄さん、そんなに怯えなくても大丈夫っすよ!安心してください」
「え?いや別に怯えてないけど。何が大丈夫なの?」
俺は突然青年に話しかけられた事に驚きながらも、小声で返事をした。
「それはですね、あの強盗の男は最初に天井に向けて三発も銃を撃ったじゃないっすか」
「あぁ、最初に撃ってたな。んで?それがどうしたんだ?」
「そこなんすよ、僕達は携帯を回収されてしまいましたけど銀行の外にいた人が銃声を聞いて通報しているはずっす。だから今頃警察が向かってきるはずっすよ」
「あ〜なるほど。それなら安心だな」
別に俺としては警察が来て事件解決だろうと強盗が逃走したとしても俺に害は無いのならどちらでも良い。
青年は俺の様子に満足したのか他に怯えている人を探し安心させるため小声で俺に説明した事と同じ内容だろうと思われる事を説明している。
へぇ心優しい青年っていうか正義感の強い青年なこって。
そんな中、バックにお金を積める作業が終わったようで責任者の男は元いた場所に座らせられ。
男は何やら自分のスマホを弄り何かを確認している。
んー?何だ?逃走経路の確認でもしてんのか?
その様子を黙ってみていると、青年の予想が的中した様で外からパトカーの音が聴こえてきた。
男にもその音が聴こえたようで舌打ちをすると焦った声で叫んだ。
「くそっ!?もう警察が来やがった!おい!誰が通報した!出て来い!ぶっ殺してやる!」
男のその言葉に座っているみんなは首を左右にふるふると振り男はさらに激高した。
「くそっこれじゃあ逃亡出来ねぇ!後は金を持ってずらかるだけだってのに!」
なんか前に銀行強盗の成功率は低いとか聞いたしそんなものだろう。
男が焦っていると、外に警察が到着したようで車のドアを閉める音がした後、拡声器か何かで大きくした男性と思われる声が聞こえてきた。
「建物内で銃声が聞こえたと通報を受けて駆けつけた!店内にいる犯人に告ぐ!この建物は既に包囲されている!今すぐ投降しろ!」
おぉ〜ドラマみたいな展開だな。この建物は既に包囲されている だってよ!リアルで聞くとなんかワクワクするな。
今は緊迫した状況な筈なのに俺は、これからどうなるのかと少し興奮した様子で成り行きを見ていた。
男はというと警察に包囲されている事で逃走経路が使えない事を悟り、この状況を打破する為の次なる一手を模索するため口に手を添えブツブツと何かを言いながら考え込んでいる。
その様子が人質の人達には余計に不気味に見え不安を煽っていた。
***********************
警察の方では中の様子をこっそりと確認した隊員の報告から銀行内には人質になっている人達が約四十〜五十人はいる事が分かり、犯人が銃を持っていることもあり、迂闊に突撃する訳にもいかず二の足を踏んでいた。
そんな中、現場の指揮を執っていた第二機動隊隊長である小島信彦の元に副指揮官であり小島も認めている優秀な部下のアルトが駆け寄ってくる。
小島が何事かと口を開くより先にアルトが口を開いた。
「小島さん、犯人の身元が判明しました」
「ほぅ、もう身元が分かったのか。流石仕事が早いじゃねぇか。ただ今は仕事中なんだから隊長と呼べ」
「はい!すみません」
その会話から二人は仕事以外では上下関係を抜きにした付き合いをする程慣れ親しんだ関係である事を察することが出来る。
小島は軽く息を吐き、やれやれと首を振ると報告の続きを促した。
怒られたアルトの方もいつもの事だといった風に気にすることもなく報告を続けた。
「立てこもり犯の名前はポートレート・アガぺというそうで、職業は無職。最近はこの周辺を中心にコンビニ強盗や窃盗 恐喝などを繰り返し指名手配されていた人物です。逃げるのが上手いらしくなかなか捕まえられずにいたそうです」
その報告を聞いた隊長の小島は眉間に皺を寄せると口角を吊り上げ不敵に笑い口を開いた。
「ほぅ、最近有名な凶悪犯だったか。だがまぁ今回奴は既に袋のネズミ。そう簡単には逃がさんがな」
「それと隊長、少し気になる報告が部下から上がっていまして」
それを聞いた小島は怪訝な顔をしながらアルトに聞き返した。
「なんだ、その気になる報告とは?」
「はい、それが先日コンビニ強盗があったと報告を受けた警官が駆けつけた際にアガぺが走って逃げていくのを目撃したそうで、その後を走って追いかけたそうなんです。それで走って数分で追い付いたそうで取り押さえようとした際に近くにあった物が意志を持ったように動いて警官の行く手を塞いだとか」
「物が動いただと…?まさか、奴は…」
物がひとりでに動いたなんて普通の人が聞けば一笑して頭のネジが緩んできてるのではないかと疑い、病院に行くことを勧めるだろうが小島には思い当たる節があった。
「ええ、もしかすると『見える者』の可能性があります」
「『見える者』か、確か以前に確認されたのは二年ほど前か…」
小島はその時の事を思い出したのか、あからさまに嫌な顔をして舌打ちを漏らした。
普段の小島を知るものならこの様な様子を見せるのは珍しいと大いに驚く筈だが、生憎とこの場にはアルトしかいなかった。
「彼等に共通するのは…」
アルトの言葉に途中で自分の言葉を被せ小島は続けた
「奇怪な超能力の様な現象を起こし俺達とは『見える世界が違う』等と狂言を喚く点か…」
「てことは、特務官様が来る可能性がありますね」
アルトは苦笑しながらそう言う。
小島はその言葉に更に不機嫌な顔をして言った。
「俺はあいつらの事はどうにも好かん。何度か目にしたことがあるがどう見ても未成年も混じってやがる。いくら国家公安委員のお偉い様方が認めているといっても、こういった現場では沢山の人の命が関わってくる。そんな危険な場所に子供を立ち入らせるのは嫌なんだよ」
小島は決して自分の成果や仕事を取られるのが嫌な訳ではなく、自分は警官であり人々を子供達を守り正義を貫くのが役目だと思っており、守る対象である子供が目の前で危険な場所に踏み入っているのをただ見過ごす事しか出来ないことに腹を立てているのだ。
その事はアルトを含め部下の殆どが知っている為、部下達から慕われ信頼を寄せられている理由の一つでもある。
「隊長らしいですね」
と、二人がそんな会話をしているとたった今包囲している建物の方向から部下の一人が駆け寄ってきた。
「何事だ」
小島はアルトとの会話で少し緩んでいた気を引き締め直し部下へと向き直った。
「はっ、報告します!たった今アガぺから要求が出されました!」
「ほぅ、要求か。内容は?」
「はい、人質を殺されたくなければ三十分以内に逃走用の車を用意しろとの事です」
「やはりそう来るか…」
小島もこう来る事は大体予想済みだったので別段焦る事は無かった。だがアガぺに対する怒りは着実に溜まっていた。
「いかがしますか隊長?」
「要求通り三十分以内に車を用意しろ。人質の命が最優先だ」
「はっ!」
小島の指示を受けた部下が駆けていく中、小島はアルトにも指示を与える。
「お前は今から狙撃部隊の所に行って準備するように伝えろ。もし奴が逃走用の車に乗る際 隙があったら射殺もやむを得ん」
「はっ」
指示を受けたアルトが走って行き一人になった小島は深くため息を吐き、自分の懸念を呟いた
「『見える者』か…何事も無ければいいんだが…」
だがその言葉を聞いた者は誰も居なかった。
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