第14話 降り止みし灰
「こうなったら私が……」
意を決して進み出ようとするキクへと制止の声がかかった。
「待て!」
「アグレイ? 大丈夫なの?」
キクの視線の先でアグレイが半身を起こしている。
「少し油断しただけだ。こんな奴、もうすぐ殴り倒してやる……!」
「一人じゃ無理だよ。私も手伝うから」
「……」
「何よ、また反対するの」
「いや。済まないケニー、ちょっとキクを借りるぜ」
「ええ、構いません。頑張ってください」
キクがアグレイへと駆け寄り、ケニーは邪魔にならないよう遠くへと移動している。
「どうやってあいつを斃すつもり?」
「殴り続けるしかねえ。よっと」
アグレイは何とか立ち上がった。
「まあ、それしかないわよね」
「二人だけで相談かい? 僕達も混ぜてくれないか」
ユーヴとリューシュも身を起こしていた。
「アグレイの言う通り殴り続けるしかありませんわ。ただし、同じ個所を」
その意識は四人が共有するところだった。頷き合って、四人は同時にドノマへと目を向ける。
「人間ども、不毛な会話は済んだのか。それならば、殺して吾輩の手下にしてくれよう」
「そうはいくかよ」
アグレイとキクが疾走し、ユーヴとリューシュはその場に留まる。
迎え撃つドノマが腕を振り下ろす。アグレイとキクがかいくぐってドノマの足元に到着した。
「強力の詩。俊敏の詩、守護の詩!」
ユーヴの声とともに波動が二人を押し包む。ユーヴの特殊効果付与により二人の能力が強化される。
走行の勢いを乗せて二人は同時にドノマの右脚に蹴りを入れた。
それに呼応してリューシュの矢がドノマの目を急襲。さすがに姿勢を崩したドノマが膝を屈する。そこへユーヴの大声がかかった。
「超波動の詩。形式、
錐揉み状の波動が幾筋も伸びてドノマの本体に撃ち込まれる。ユーヴの大技、超波動の詩の乱れうちである。
「くッ、小賢しい!」
ドノマが喚いて両腕を振り回す。当たれば肉体ごと四散しそうな巨腕の乱舞のなか、アグレイとキクはその間隙を逃げ回っている。
「行きますわよ。……バン!」
矢をつがえ終えたリューシュが弩の引き金を絞る。放たれた矢は降りしきる灰を粉砕しながらドノマの目に着弾した。
堅実に目へと攻撃を集中させた効果があったのか、ドノマの目から微細な塵が舞った。わずかながら損傷を与えたのだ。
自身の目が標的にされていると知ったドノマは、片手で目を防御しながらアグレイ達と距離をとった。
「まとめて吹き飛ばしてくれる!」
そう宣言するとドノマが跳躍した。急激な上昇から下降へと移行し、ドノマは四人を目指して落下してきた。
「二度も同じ攻撃が通用すると思うな。みんな、僕の近くに集まりたまえ」
それ以上の言葉は不要だった。すかさず三人はユーヴの周りに集合する。
「堅牢の詩。効果は範囲内の防御、これで充分。そりゃ」
ドノマが着地した。再び地が轟き、衝撃波が同心円状に空間を席巻する。衝撃とともに押し寄せた灰が四人の姿を覆い隠した。
「はは、人間ども微塵になってしまったか。これでは手下にできぬな」
突如、キクが灰のなかから飛び出し、ドノマの目前まで到達した。
「えい!」
彼女の〈蝕肢〉である右足は剣状に変形していた。掛け声を上げたキクの右脚が一閃され、ドノマの目を切り裂く。ついにドノマの硬質の表皮に傷ができた。
ドノマの足元にはアグレイがいた。二人は舞い上がった灰に紛れてドノマに接近し、アグレイがキクを頭上に放り投げて奇襲を敢行したのだった。
「吾輩の身体に傷だと! 人間め、皆殺しだ!!」
ドノマが叫ぶ。
「いや、お前はもう終わりだ」
キクを抱き留めたアグレイが彼女を地上に下ろして呟いた。
彼の構築した防壁によってユーヴとリューシュも無事だった。二人は戦いの趨勢をアグレイに委ね、援護に回ろうとしていた。
「行くぞ、キク!」
「うん!」
キクが片足で器用に跳躍、左手から右手の順に着地して側転し、さらに後方宙返りへと繋げて移動する。まるで体操選手のような軽やかな体捌きでキクがドノマに肉迫する。
キクの動きに警戒するドノマの両足へと、波動と矢が襲いかかる。思わぬ攻撃にドノマがよろめいた。
全身を発条のようにしたキクが飛翔、空中で回転し勢いの乗った右蹴りを叩き込む。損耗が蓄積しているようで、ドノマはその一撃で仰向けに倒れた。
「さてと」
倒れたドノマの球体状の身体に立ち上がったアグレイがドノマを見下ろした。
「目が弱点ではないと言ったはずだ、人間」
「弱点だろうが、そうでなかろうが、関係ない。その目つきが気に食わないんだよ」
ドノマが初めて畏怖の色を浮かべてアグレイを見上げる。
アグレイは強化した両拳でドノマの眼球を連打した。破砕音が重なり、キクの攻撃によって生じた傷が少しずつ広がっていく。
硝子の割れるような音が一際高く響いた。アグレイの右腕がドノマの体内に半ばまで埋没し、そこを起点として亀裂がドノマの身体全体に走った。
「吾輩が、人間如きに……!」
ドノマの巨体が爆発するように灰燼と化した。それに合わせて飛び降りたアグレイが空を見上げると、降り続いていた灰が止んでいる。
「まさかこんな日が来るなんて」
ケニーが感嘆を面に浮かべながら一同に歩み寄ってくる。その手には二つの首飾りが揺れていた。
ケニーは何かに気づいたように天を仰いだ。厚い雲が見る間に消えていき、晴れ空が地上にその姿を晒し始めたのである。
「太陽なんて何年ぶりかしら」
そう呟くケニーの手中で、二つの首飾りが陽光を反射して輝いていた。
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