第13話 〈禍大喰〉ドノマ
一同はそのまま沈痛な気分に浸る余裕を与えられなかった。
最初は勘違いかと思うほどの振動だったが、地響きがその間隔を狭めて接近してきていた。
「来たな」
アグレイが独りごちたとき、灰と木の陰から巨体の持ち主が姿を現した。
「騒がしいと思ってみたら、また人間どもがやってきたのか」
そう言い放った存在は人間ではなかった。その巨体は優に五メートルはあろうかという大きさである。黒い硬質の肌を有し、本体である球体から太い両手足が生えている。球体の中央には大きな単眼が鎮座している。
「この間の奴らといい、命が惜しくなくなったと見える」
どこから声を発しているのかは不明だが、その異形の存在はアグレイ達に言葉を降らせた。
「間違いない。〈禍大喰〉だ」
少なからぬ畏怖を込めてユーヴが呟いた。
〈禍大喰〉。界面活性を操ってこの世界を侵蝕し、〈喰禍〉達の指揮官として世界を荒らし回る侵蝕の元凶たる存在である。
「お前がこの一帯の〈禍大喰〉か。俺達はお前を退治しに来たんだが、そっちから出向いてくれるなんざ、手間が省けたぜ」
「人間。貴様のように活きのいいのが少し前にも来たが、その末路を知っておるのだろうな。お前も同じ運命を辿るのだぞ」
アグレイがわずかに首を傾けてケニーを視界の隅に収める。その痛ましげな姿が、アグレイの額に血管を浮かばせる。
「その末路ってやつを知っているからこそ、お前を許せないんだよ。お前が弄んだ人達に詫びを入れさせてやる」
「アグレイ君、落ち着けよ。一人で戦える相手じゃない。協力し合わなければ」
「分かってる。キクはケニーを守っていろ。ユーヴ、リュー、頼んだぞ」
「ああ」
「心得ておりますわ」
キクがケニーを伴って遠ざかって行く。
「小癪なり人間ども、この侵攻軍准将セバスティアン・ドノマが打ち滅ぼしてくれる!」
そう言ってドノマが巨躯を揺るがせて接近してくる。迎え撃つようにアグレイが跳び込んだ。
ユーヴとリューシュはやや離れた場所からアグレイの援護に回っている。
アグレイが燐光を放つ右手を掲げてドノマに突撃する。
「どりゃああぁぁあ!」
咆哮とともにアグレイは右拳を突き入れた。球体の下部に命中したその攻撃は呆気なく弾き返される。
振り払うようなドノマの腕がアグレイを急襲。辛うじて回避したアグレイの頭上を錐揉み状の波動が突き抜けていく。ユーヴの超波動の詩であった。
波動は本体の眼球付近に着弾したものの、ドノマは何ら痛痒を感じた様子はない。続いてリューシュが放った矢がドノマの眼球に直撃。ドノマは衝撃で上体を揺らしたが、それ以上の効果は無かった。
「眼が弱点と思ったか? 笑止なり人間よ」
ドノマが冷然とした声を放つ。
「何と頑丈な奴なんだ……!」
一番破壊力のあるリューシュの弩が通用しないとなれば、アグレイ達には打つ手がない。
「狼狽えるな。何度でも殴ればいいだけだ」
「そんな単純でいいのかね」
「リュー、援護頼む!」
「任せてください」
リューシュが矢を放ちドノマを牽制、その隙にアグレイは強化した左手で手刀を打ち込む。硬質の響きが起こるも、ドノマの黒光りする表皮には傷一つつかない。
アグレイは続けざまにドノマの脚部へと右蹴りを送った。これも目立った効果は得られない。
「ふん」
鼻で笑ったらしいドノマが右手を地面に叩きつけた。その振動でアグレイが体勢を崩す。
次の狙いをアグレイへと定めてドノマが腕を振り下ろす。間一髪でユーヴの波動の詩がその軌道を逸らしたが、ドノマの巨大な手が掠っただけでアグレイは吹き飛ばされた。
「アグレイ君! ……む!?」
ユーヴが目を見張った。ドノマが跳躍しユーヴとリューシュ目がけて落下してきたのだ。
轟音が地平を圧倒的な質量で覆い尽くし、ユーヴとリューシュが灰と一緒に地面を転がった。ドノマの着地による衝撃波で二人の体内に軽くない損傷が生まれている。
「アグレイさん達は大丈夫でしょうか」
苦戦するアグレイ達を心配し、ケニーが立ち込める灰を見透かすように目を凝らす。
やがて灰が晴れて視界が利いたとき、ケニーとキクが目にしたのは倒れ伏す三人と、堂々と佇立している〈禍大喰い〉ドノマの姿だった。
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