第8話 詩人とお嬢様の実力
その後、アグレイ一行はケニーの案内を得て〈喰禍〉の巣窟へと歩を進めていた。
灰が降る索漠とした景色が広がる平野は、ともすれば方向感覚を失ってしまいそうだ。リューシュなどは視界が利いても地理に疎いために、道案内となるケニーの存在が不可欠であることは彼女の言葉通りだった。
「この辺が、最後に自警団が目撃された場所です。〈喰禍〉の出現が頻発する場所でもあります」
「気を引き締めてかかる必要があるってことか」
アグレイが指の骨を鳴らしながら言う。
「そうだね。さっきも言ったが、〈禍大喰〉がいる恐れもある。油断しないことだ」
珍しくユーヴが真剣な表情を見せている。
〈禍大喰〉とは、〈喰禍〉のなかでも特別な能力を有する存在である。普通の〈喰禍〉とは一線を画する戦闘力を持ち、界面活性を自在に操る。いわば、侵蝕を司る〈喰禍〉の指揮官と言えるだろう。
逆に言えば、その〈禍大喰〉を倒すことができれば侵蝕を止めることができるのだ。アグレイ達が旅をしているのも、各地に存在する〈禍大喰〉を倒すことで侵蝕を食い止めようとしているからだった。
「今回は〈禍大喰〉だけじゃなく、ハーヴィさん達も助けなきゃいけないんだからね。アグレイ、忘れないでよ」
「分かってら」
ふと、それまで会話に加わらずに遠くを見つめていたリューシュが口を開く。その口調は静かだったが、内容は剣呑なものだった。
「二十体ほどの〈喰禍〉がいます。まだ、こちらには気づいていません。迎え撃ちましょうか」
リューシュの問いかけにアグレイが応じる。
「よし、早速始めるか」
「まあ、待ちたまえ」
戦意を燃え上がらせるアグレイに水を差したのはユーヴである。
「敵は遠方にいるんだ。ここは僕とリューシュ君に任せたまえ」
「そうですわ。わたくしたちの方が向いておりますもの」
そう言いながらリューシュは背中の弩を手にとって構えている。
「そうだな。任せるよ」
アグレイもあっさりと身を引く。彼も仲間であるユーヴとリューシュの力量を信用しているのだ。
リューシュが弩の弦を引くと、虚空から矢が出現する。リューシュが矢を射出し、放たれた一撃は水平に宙を飛んで灰の幕を割って消えていった。直後、遠くから破砕音が響いてくる。
リューシュの三撃目が敵を倒した音を伝えたとき、岩魔の群れが灰の紗幕から薄く姿を浮かばせて殺到してきた。
リューシュの武器である巨大な弩は、その大きさのために片手で支えることはできず、弦を引くために弩の先端を一度地面に着かなければならない。その間は、無防備な姿を晒すことになる。
だが、ここでユーヴが進み出る。
ユーヴは万年筆を宙に走らせる。そうすると、万年筆の軌跡が淡い光となって文字らしきものを空間に浮かばせた。
「まずは波動の詩だ。これで充分だろう。そりゃ」
ユーヴが文字列の最後に終止符を打つと、空間が揺らめいた。その揺らめきが波動となって岩魔の群れに衝突。岩魔の身体を粉砕しつつ弾き飛ばした。
ユーヴとリューシュの使う万年筆と弩は、〈
侵蝕を受けた物体に触れるには、侵蝕に堪えうるだけの強靭な精神力が必要とされる。二人ともそれだけの能力を有する人物であるのだ。
ユーヴが波動の詩で岩魔を牽制していると、岩魔の後方から一際大きい影が現れた。
「あいつは……?」
「ふむ。白い鱗状の体表、長い尻尾と五指には鋭い爪。まるで直立するトカゲのようだ。レンネンカンプ博士の『喰禍図鑑』によれば、〈
「まあ、相変わらず博識ですわね」
「ふ、リューシュ君、常識さ」
「そんなのいいから、どうすんだよ。俺がやるか?」
知識を披露したものの邪険なアグレイの反応に心外そうなユーヴだったが、すぐに気をとり直しているようだった。
「本来ならアグレイ君に任せる程度の敵だが、ま、ここは僕がやろう。リューシュ君、援護を頼む」
「仕りますわ」
リューシュが再び弦を引く。今度現れたのは矢の先端に幾つもの鋭利な刃が装着されている代物だった。リューシュがその矢を発射すると、矢は岩魔達の目前の地に着弾。刃が周囲一帯に飛び散り、残った岩魔を切り刻んで一掃する。
ユーヴは先ほどよりも長い文字列を宙に刻んでいる。その隙を狙って蜥蜴郎がユーヴに肉薄していた。ユーヴの貧弱な五体を切り裂こうと長い爪を振り被る。
「惜しかったね。超波動の詩!」
ユーヴの宣告と共に空間が錐揉み状の歪みとなって蜥蜴郎を直撃し、その一発で蜥蜴郎の巨体は瞬時に塵となって消滅した。
波動の詩が面の攻撃であるのに対し、超波動の詩は威力を集約した点の攻撃であるらしい。
〈喰禍〉をまったく寄せつけずに灰燼に帰さしめた二人の貫禄に、ケニーが感嘆の吐息を漏らしていた。
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