第7話 それぞれの決意
こういうとき口火を切るのは決まってキクである。
「ケニーさん、よければ私達が代わってその自警団の人達を探しに行きましょうか?」
想定外な申し出を受けてケニーが慌てて両手を振った。
「そんな! 関係の無い人を巻き込むわけにはいきません」
「遠慮しないでください。私達は侵蝕を食い止めるために旅をしているんです。こういうことには慣れていますから。……ね?」
言葉の最後は仲間に向けて放ったものだ。
「そうですわ。わたくし達にお任せください。美味しい紅茶のお礼もしたいですし」
「キク君とリューシュ君がいいのならば、僕も賛成だ。アグレイ君はどうだ。気が進まないかね?」
アグレイは飲み乾した容器の底を無感動に眺めている。
アグレイも親しい存在が侵蝕に襲われる辛さを知っていた。それだけにケニーの無謀な振る舞いを、先ほどのように咎める気はなくなっている。
「いや、そういう事情があるなら、手を貸すのもやぶさかじゃない。……それに、こういう曇り空は嫌いなんだ。それを晴らすついでだと思えばいいさ」
アグレイも承諾したことでキクは笑みを見せる。
「ほら、アグレイも見た目ほど悪い奴じゃないんですよ」
「誰の見た目が悪いってんだよ」
ケニーはまだ浮かない顔をしている
「でも、私には皆さんにお礼をするほどの蓄えもないんです」
「そういうつもりじゃないですから」
キクの笑顔を目にしてようやくケニーも申し出に甘える気になったらしい。弱々しいがキクに微笑み返す。
「ありがとうございます。それでしたら、もう一つお願いがあるんですけど」
「何ですか?」
「私も一緒に連れて行ってほしいんです」
その要望に真っ先に反対したのはアグレイである。
「駄目だ。ただでさえ危険な場所なのに、あんたまで守る余裕はない。自警団は捜してやるから、おとなしく待っていろ」
「いえ。みなさんが身体を張るのに私だけ安全な場所にいるわけにはいきません」
「そんなこと俺達は気にしない」
「理由はそれだけじゃありません。この地域は灰が降っていて見通しが効かないから、道に迷いやすいんです。道案内がいた方がよいと思いますよ」
アグレイはケニーの言葉に一理を認めて沈思する。その隙にキクが口を開いた。
「私はいいと思うけど。ケニーさんのことは私が守るわ」
「誰かを守るってのは、難しいんだぜ。お前だって分かるだろ」
「そうだけど……。ケニーさんの気持ちも考えないと」
「大切な人が心配だってのは分かるぜ。だが、こればっかりはな」
アグレイはどうしても気が進まないらしい。
渋るアグレイの様子を目にしたケニーは、キクを頼らずに自分の言葉で願いを告げる。
「お願いします。邪魔なのは分かっていますが、このまま待つだけなのは耐えられないんです。ハーヴィの身に何かあったら、私は……」
思わず立ち上がって詰め寄るケニーの剣幕に、アグレイは気圧されたようだった。
アグレイ自身も家族が侵蝕に飲み込まれた過去を有するだけに、ケニーの気持ちが分からないではない。
結局、折れたのはアグレイの方だった。短い溜息を吐き、首を縦に振って了承の意を伝える。
その仕草を見たケニーは満面に喜色を浮かばせた。
「ありがとうございます! 皆さんにお会いできて、今日は何て幸運な日なんでしょう」
「キク、お前がちゃんと守ってやれよ」
「分かってる。ケニーさんのことは任せて」
キクが決然として頷いた。
そのさまを横目にしてユーヴがリューシュに囁く。
「んでもって、キク君のことはアグレイ君が守るんだ。妬かせるね」
忍び笑いを漏らしていたユーヴの頭に丸い影が下りた。それに気づいたユーヴが見上げると、頭上にアグレイの拳骨が落ちてきた。
「痛ってえ! 僕の知識の源泉を殴るなんて何を考えているのかね!?」
「やかましい!」
アグレイの一喝を浴び、やはりユーヴは意気消沈して黙り込んだ。
それぞれの悲喜交々の様子を見ながら、リューシュが変わらぬ微笑でケニーに言う。
「大丈夫ですわ。こう見えて、三人とも頼りになりますから。きっと、みんな無事に帰ってこれますわ」
「はい。そうだと嬉しいんですが」
ケニーも頬を綻ばせて応じた。
ただ、リューシュの言う「みんな」という言葉にハーヴィも含まれているのかまでは、ケニーには不分明であった。
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