第6話 ケニーの事情

 街は頑丈そうな煉瓦でできた建物で構成されていた。降り続く灰によって薄暗い屋外には、昼間だというのに建物の窓から照明が漏れていた。

 物珍しげに辺りを見回すアグレイ達は二つのことに気がついた。

一つは、建造物の屋根が全て円筒形をしていることである。降り積もる灰が屋根に堆積しないための工夫だろう。

 もう一つは、外を歩く人間がほとんどいないことだった。一人の街人とも擦れ違わずにアグレイ達はケニーの家に案内されていた。

「狭いですが、どうぞ」

「お邪魔します」

 先頭を切って屋内に入ったのはキクだ。

 ケニーの家は街の中心部からやや外れた裏通りに面する一戸建てだ。さして広い建物でもなく広間以外には二間の部屋があるだけだ。それでも一人暮らしの女性には充分な家だろう。

 女性の部屋らしく片付いているが、身体についた灰が落ちるため床は瞬く間に汚れた。

「ああッ、ごめんなさい」

「いいんです。この辺では仕方のないことですから」

 ケニーは気にする様子も無く自身も服についた灰を払っている。

「すみません。お招きしたのに椅子が足りないんですが、寛いでください。私はお茶を淹れますから」

「……俺はいい。キク座れよ」

「僕も結構だ」

 三脚しかない椅子を女性に譲る男性陣は痩せ我慢しているかに見える。少なくともアグレイはそうだった。

「どっこいせ」

 そう言ってユーヴは、服が汚れるのも構わず床に座り込んだ。

「お前、それはずるいだろ」

 まさかユーヴに続くわけにもいかず、アグレイは壁に背を預ける。

「さ、どうぞ」

 ケニーは紅茶の入った容器を配る。容器からは芳ばしい香気が立ち昇り、一行の疲れた身体に染み渡るようだった。

「む。いいお茶ですな」

「心が休まりますわ」

「ありがとうございます」

 ケニーはアグレイに遠慮しているようだったが、アグレイが手で促すとようやく椅子に腰を下ろした。

「それじゃあ、聞かせて下さいますか。なぜ、ケニーさんはあんな場所にいたんですか?」

「俺は興味ないがな」

「またそういうこと言う!」

「いいかげんにしないか、二人とも。話が先に進まないじゃないか」

 アグレイとキクが押し黙る。ユーヴの一喝が効いたわけでなく、ここで引かないとリューシュが出てくると気づいているのである。

 苦笑いしながらケニーが口を開いた。

「まず、この街に起きたことから話し始めねばなりません」

 この街、カルナに侵蝕が起きたのは六年前。それ以来、この街には灰が降り積もるようになってしまった。その灰は降り続けるだけでなく、雪が解けるように消えていくのだ。そのために、灰は一定の高さ以上に積もることはない。

「なるほど。毎日灰が降っているのに、膝の高さまでしか積もらないのはそのせいか」

 ユーヴが紅茶を啜りながら相づちを打った。

 侵蝕と同時に〈喰禍〉も出現するようになった。カルナでは参加者を募って自警団を結成し、〈喰禍〉に戦いを挑んだ。

 だが、訓練したわけではない一般人が集まってもそれは烏合の衆でしかなく、〈喰禍〉と戦って多数の人間が命を落とした。

 その後、カルナの人々は〈喰禍〉への抵抗を諦め、侵蝕に怯えながら生活していた。

「ですが、最近になって〈喰禍〉と戦うことを選び、再び自警団を組んだ人達がいました。その自警団は三日前にこの街を出て、まだ帰ってきていないんです」

 アグレイの目が細められる。

かつてアグレイは故郷のイフリヤという街で警備隊をしていた過去がある。その経験から、〈喰禍〉や界面活性の恐ろしさを熟知しているのだ。自警団の安否についても、楽天的な見方はできない。

「ケニーさんは、その自警団の人達を探しに、あんな危険な場所に行ったんですか」

 キクが問いかける。

「ええ」

 言葉少なに応じ、ケニーは目元に愁眉を刻んだ。

「自警団を組織したのはハーヴィという男性です。……私の恋人です」

 その一言で、アグレイ達にはケニーが危険を冒して街外れを彷徨っていた理由が分かった。

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