第5話 『侵蝕』
この世界が、
人類は侵蝕に対する有効策を講じることのできぬまま、ただ自らの居住区を明け渡すことを甘受するしかない生活を強いられていた。侵蝕が発生して以来、人類の生存は脅かされつつあり、その存亡すら危ぶまれるものとなっている。
世界は、緩やかに破滅への道を歩んでいた。
侵蝕はその規模によって九段階に区分されるが、その度合いに関わらず共通するのは、空間の不安定化が侵蝕の前兆だとされていることだ。
この世界と侵蝕側の世界との境界が希薄になることで空間に揺らぎが生じる現象がそれであり、後に
界面活性は、小規模なものでは人間の掌ほどの大きさしかないものや、逆に大きなものになると、地域の気候すら変動させてしまうほどの広範囲に渡る場合もあった。
界面活性にとりこまれた空間は、向こうの世界の影響を強く受け、自然の法則や原理を捻じ曲げられることもある。それにより、生態系の崩壊や異常気象が引き起こされる事態も頻発した。それほど侵蝕が重度の地帯は、人間の住める環境ではなくなってしまう。
それ故、その意思に反しながらも、人類は居住地を狭めていくしかなかった。
人類に深刻な損害を与えるのは、界面活性だけではない。
界面活性を通路として侵蝕世界から時折その姿を顕現させる異形の存在、喰禍による攻撃は苛烈を極め、着実に人間社会を衰退させてきた。
喰禍が侵蝕世界の住人であろうという見解は、人類全般が一致させる総意であり、侵蝕が確認された初期の頃は、交渉による解決を望む声もあった。
だが、その主張は間もなく霧消することとなる。あらゆる手段で意思疎通を図る人類に対し、喰禍はその必要はないと言わんばかりの攻勢を加え続けてきたのだった。
和平の試みが失敗したことで、平和的解決の可能性は皆無であり、喰禍は人類と相容れざる敵である、という共通認識が膾炙していった。それ以降、人類は武力を頼みとして喰禍を追放する方針を執っている。
しかし、人類対喰禍の戦争といったものは事実上勃発していない。
それというのも、人間同士が指揮権を巡る問題や、利害関係で組織系統をまとめることができずにいたところを大規模な侵蝕が幾重にも地上を寸断、人類相互の通信が遮断されてしまったからだった。分断された人類は、地域単位の散発的な反撃に終始し、敗走するか全滅するだけだった。
戦況は人類側が一方的な劣勢の立場にあった。個体数では喰禍を圧倒的に上回るものの、戦闘能力という点で人間は喰禍に比して遥かに脆弱と言わざるを得ない。喰禍に占領された土地の大半は、膨大な人間の死体の上に築かれたのだ。
大規模な侵蝕が続発したのは初期だけで、侵蝕が定着した場所が増えると、そこを足がかりとして侵蝕は着実に広がり面積を拡大していった。以来三十年、徐々にではあるが世界は侵蝕に飲みこまれつつある。
界面活性と喰禍。これらに世界が蝕まれ破壊されていくことを、いつからか人は〈侵蝕〉と呼ぶようになっていた。
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