第9話 悲劇の序曲

「わあ、強いんですね、お二人も」

「なに。この程度、僕の実力からすれば序の口に過ぎませんよ」

「ええ。わたくしにとってもですわ」

「すごく頼りになります」

 ケニーがそう言ってから、一行は再び歩を進めた。

 一帯が林のようになり、針葉樹の細い葉に灰が膜のように覆い被さっていて、ときどきその灰が音を立てて地上に落ちていた。

「この区域が、最初に侵蝕が観測された場所です。もっとも侵蝕の進んでいる場所じゃないかしら」

 ケニーが不安げに首飾りを手に握り締めている。

「さっきから気になっていたんですけど、その首飾りって大切なものなんですか?」

 キクの問いかけにケニーは微笑を向けて見せた。

「はい。これはハーヴィがくれたもので、彼とお揃いなんです」

「へえ、素敵ですね。私もそういうのがほしいなあ」

 キクが目を輝かせているのを横目に、アグレイは人影がないか周辺を見渡していた。

「キク君がああ言っているよ、アグレイ君」

「何でそこで俺が出てくるんだよ」

「だって君とキク君と言えば、破れ鍋に綴じ蓋の間柄……」

 ユーヴが言葉を終えるのを待たずに、アグレイの手刀を撃ち込まれて彼は口を閉ざした。

「まあ、アグレイ。女の子なら憧れるのも当然ですわ。わたくしも実家では色んな宝石類を集めておりましたもの」

「リューと比べてもな……」

 アグレイがうんざりした口調で吐き出すと、その目元が急に鋭さを帯びた。

「お喋りは終わりだな。ユーヴ」

 アグレイに呼ばれたユーヴがその視線の先を追うと、数体の岩魔が木の陰から進み出てくるところだった。

「はは、アグレイ君。あれならばお喋りの片手間に相手をできる……。いや、あれは?」

 ユーヴが戸惑ったのは、岩魔と一緒に現れた数十人の人影を目にしたからである。

 その人々の姿は異様なものだった。ぼろきれのような衣服を着用し、その体表は蒼白い。何より、頭部には顔と呼べるものが存在せず、目も鼻も口も無いのっぺらぼうだった。

 それら異形の姿をアグレイ達は知っている。〈完蝕かんしょく〉と呼ばれる存在だった。

〈完蝕〉とは、侵蝕によって肉体と精神に異常を来した人間のことだ。〈完蝕〉されたものは〈喰禍〉と同様に人間に対して攻撃を加える敵となってしまう。〈完蝕〉されてしまった人間を元に戻す方法は無く、ただ葬り去るしか安息を与えることはできない。

「もしかして、あれが自警団の人達?」

「遅かったってことか」

 前方からアグレイ達を包囲するように広がりつつ、元自警団の〈完蝕〉達は手に斧や鈍器を持って次々と出現する。その数は四十人に届こうかという勢いだ。

 村人の成れの果てに息を呑んでいたケニーが、小さく悲鳴を漏らした。その身体がよろめいたので、隣にいたキクが慌ててその背を支える。

「ケニーさん?」

 キクの呼びかけもケニーの耳には聞こえていないようだった。ただ、震える唇がある人物の名を紡いでいた。

「ハーヴィ……」

 アグレイ達は、ケニーの瞳が釘付けになっている地点に目を向ける。

 そこには一体の〈完蝕〉がいた。ケニーとお揃いの首飾りを首元に垂らして。

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