第3話 女性の名はケニー

「あ、ああ大丈夫です。ありがとうございます……」

「よかったー、無事みたいね」

 そう言いながらキクが隣に並んだ。

「立てますか?」

 未だ腰を下ろしたままでいる女性に問いかけ、手を差し出す。

 女性はキクの手を借りて立ち上がった。その動きを見ても彼女に怪我はないようで、キクは女性を助け起こしながら安心したように目を細める。

「あの、ありがとうございます。おかげで助かりました」

 時間が経って落ち着いたのか、先ほどよりもしっかりとした声音で女性は礼を述べる。

「私はケニーと言います。この近くの村に住んでいる者です」

 茶色をした髪と瞳の女性、ケニーは笑顔を浮かべて名乗った。それにつられるように、キクも自然と頬を緩める。

「あ、私はキクです。それで、そっちのデカいのがアグレイです」

「アグレイさんですか。助けてくれて、ありがとうございます」

「ああ」

 まだ周囲への注意を怠らないアグレイは、左右を見渡しながらおざなりな声を返すだけだった。そのにべもない返答に気後れしたが、さらにケニーは言葉を続けた。

「お強いんですね、二人とも。〈喰禍〉をあんなに簡単に倒す人を初めて見ました」

 ようやく周辺が安全だと納得して警戒を解いたアグレイは、ケニーを横目にして淡白に言う。

「別に。あいつらが弱かっただけだ。奴らがもう少し強けりゃ、あんたはもう死んでるさ。自分で身を守ることもできないなら、尚更だ」

「……」

 痛いところを突かれたケニーが声もなく押し黙ると、慌てたキクが両手を振り回してケニーを慰めにかかる。

「わー!違うんです!!こいつ見ての通り無愛想で馬鹿なんですよっ!ほら、そんな顔してるでしょ!?」

「俺がどんな顔してるってんだ!ええ!?」

 ケニーに対しては冷めた態度を守っていたアグレイの感情が、一瞬で沸点に達した。アグレイは歯を剥き出してキクに詰め寄る。

 アグレイからしてみれば、自衛の手段を持たない女性が一人でうろつくような場所ではないのだ。この危険な地域で〈喰禍〉に襲われたとしても、自業自得でしかないし、わざわざ死に向かうような人間を助けるなんて、愚の骨頂だ。

 見殺しにはできないから助けただけで、このケニーとかいう命知らずで迷惑な女と仲良くする意志なんか、アグレイには皆無であった。

「だから、あんたは冷たいって言ってんのよ! 弱い人は守ってあげなきゃいけないって、何度言ったら分かるっつーの!?」

「テメーで危ない場所に来てる女を守れってのか!?こっちこそ命が幾つあっても足りないだろうが!」

「うぅ、すいません……。私が軽率だったんです。ですので、喧嘩は止めてください……」

 ケニーは怒鳴り合う二人を仲裁しようと割って入るが、勢いに飲まれて言葉はしりすぼみになってしまう。

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