贖罪

その羽根は何処に向かうやら、烏の落し物は風に運ばれるがまま。やがて、その羽根は一人の男の手に乗った。遥か彼方、空の果ての夜明けを横目にその男は地上を見下ろした。成程、この夜明けを合図としてこの街の人々の一日が始まるという訳だ。男は天を仰ぎ続ける敵対者に問うた。無声の返答を聞き、彼は手の平の上の羽根を力強く握った。冒涜、つまりそういう事である。だが最早手遅れだった。売春婦に溢れるこの街には奇怪な怨念が集う。産まれなかった赤子達の怨念が。憎悪に大小は関係無い。この敵対者はこの街が作り出してしまった"罪"そのもの。彼は問う。やはり返答は無い。彼は再び問う。だが返答は無い。彼はまた、問う。だが、何度問うてもその"罪"は言葉を返さなかった。彼は凶器を取り出した。返答は無い。その凶器は銀と少量のスギライトで作られた杭だ。武器としては脆い、然し罪にまでその威力は及ぶ。彼は杭を罪に突き立てた。返答はあった。罪は奇怪に呻いたかと思えばこの世に誕生出来なかった事への未練を口走り始めた。それを無視し、重ねるかの如く男は詠唱した。返答は無い。日光が強く差し込んだと同時に、その冒涜は砂煙と化して消えた。消え行く罪を、冒涜を横目に彼は朝日に背を向けてその場を去った。彼は独り言ちた、この世に生まれる事、それその物が贖罪なのだと。その言葉は風に乗り、砂煙と共に世界の彼方へと消えた。

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