驚異のレトロパソコン 第2話


 驚異のレトロパソコン 第2話


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 ――2002年10月


「それから、あなた方は、GOSプロセッサを開発された」

「はい」

「当時としては、画期的なCPUだったみたいですね。RISCの概念を先取りしているとか?」

「それは、単にコストの問題で複雑な回路を作れなかったからですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、GOSは、制御用のCPUなので、汎用性は高くなくてもいい。今で言えば組込用のプロセッサに近いですね。実際、組込用途としても採用例があります。我々もそのパテント料で息がつけました。ゲーム機のCPUとして引き合いになったこともありましたね。採用はされませんでしたが……」

「なるほど。では、どうしてGOSプロセッサが必要だったのでしょう?」

「我々は、小さなベンチャー企業でしたから、大手のパソコンと競合しても勝ち目はありません。ですから、拡張性が高く長く使えるパソコンを目指しました」

「その設計思想のためにGOSプロセッサが必要だったわけですね」

「そうです。当時は、次々に新しいパソコンが発売されては消えていく時代でした。性能が高い後発機との競合に晒されることが主な原因ですが、その後発機もあっという間に旧式の性能となってしまいます」

「パソコンは、今でもそうですよね」

「ええ、技術の進歩が早い分野なのです」

「それで、GOSプロセッサと交換可能なCPUボードで長く使えるようにしたというわけでしょうか?」


 佐藤たちが開発したGOSプロセッサとは、シンプルな16ビットCPUだ。最小限の命令セットが組み込まれ、32KBのオペレーティングシステムプログラムROMと32KBのRAMを周辺チップとして使用することで、パソコンの制御を行っている。

 今で言うところのアプリケーションプログラムは、CPUボードに搭載されたCPUが実行する。

 CPUボードには、GOSから管理するためのROMの他、CPUとそのRAM、BASIC ROMなどが搭載されていた。


「はい、結果的には、同一機種に複数のCPUが存在してユーザーの方を混乱させてしまいましたが……」

「マニアには評価が高かったようですが?」

「それが不幸中の幸いでした。PC-16を評価してくれたパソコンマニアの方たちが居なければ、発売の翌年には倒産していたかもしれません」

「PC-16は、グラフィックボードなども交換可能でしたよね。これは今のPCと同じ設計思想です」

「ええ、当時はそのようなことは考えていなかったのですが、拡張ボードを交換すれば何でもできるという万能パソコンを作りたかったのですよ」


 そう、佐藤たちが目指したのは、夢の万能パソコンだった――。


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 ――1982年12月10日(金)


 その日、後に「驚異のレトロパソコン」と呼ばれる「ジェネシス PC-16」が発売した。

 ちなみに12月10日発売といっても、10日に一斉に店に並ぶわけではない。流通の関係で前後に数日のバラつきが起きる。

 ラインナップは以下の通りだ。


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◆ジェネシス PC-16(本体・キーボード) ¥198000-

 ・CPU : GOSプロセッサ(8MHz)

 ・ROM : 32KB

 ・RAM : 32KB

 ・RAMディスク : 64KB

 ・キャラクタROM : 8KB

 ・キャラクタRAM : 6KB

 ・テキストVRAM : 8KB

 ・アドレスバス : 20ビット

 ・データバス : 16ビット

 ・拡張バススロット : 8本


◆Z80・CPUボード ¥29800-

 ・CPU : Z80A(4MHz)

 ・RAM : 64KB

 ・ROM : 8KB(G-OSコマンド)

 ・BASIC ROM : 16KB


◆MC6809・CPUボード ¥39800-

 ・CPU : MC68B09E(2MHz)

 ・RAM : 64KB

 ・ROM : 8KB(G-OSコマンド)

 ・BASIC ROM : 16KB


◆i8086・CPUボード ¥99800-

 ・CPU : i8086-2(8MHz)

 ・RAM : 128KB

 ・ROM : 8KB(G-OSコマンド)

 ・BASIC ROM : 24KB


◆モノクログラフィックボード ¥19800-

 ・表示能力 : 640×400ドット・モノクロ1画面

 ・グラフィックVRAM : 32KB

 ・ROM : 8KB(G-OSコマンド)


◆カラーグラフィックボード ¥49800-

 ・表示能力 : 640×400ドット・カラー1画面(またはモノクロ3画面)

 ・グラフィックVRAM : 96KB

 ・ROM : 16KB(G-OSコマンド)


◆サウンドボード ¥9800-

 ・サウンド能力 : 8オクターブ矩形波3音+ノイズ1音(PSG互換)

 ・内蔵モノラルスピーカー搭載


◆漢字ROMボード ¥49800-

 ・ROM : 256KB(JIS第一・第二水準)

 ・漢字VRAM:8KB


◆パラレルプリンタインタフェースボード ¥9800-


◆RS-232Cシリアルインタフェースボード ¥9800-


◆GPIBインタフェースボード ¥9800-


◆データレコーダ(I/Fボード付き) ¥19800-


◆外付け8インチフロッピーディスクドライブ(I/Fボード付き、2ドライブ) ¥398000-


◆14インチモノクロモニタ ¥49800-


◆15インチカラーモニタ ¥148000-


※ それぞれのインタフェースボードには、G-OSからコントロールするためのファームウェアROMが搭載されている。


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 GOSプロセッサは16ビットCPUだが、アドレスバスは4ビット+16ビットの20ビットに設計されており、PC-16のアドレスバスも20ビットとなっている。

 上位4ビットは、バンクアドレスと呼ばれるもので、バンク0~バンク15に割り当てられた16ビットのアドレスにアクセスが可能だ。


 バンク0は、PC-16のROMとRAMに割り当てられており、バンク1は64KBのRAMディスクが使用していた。

 バンク2は、キャラクタ表示用のCG-ROMやテキストVRAM――VRAM兼エディタの表示用バッファ――、キーボードインタフェースなどの入力インタフェース用にも使われている。

 バンク3~バンク7は、リザーブとしてこの時点では使われていない。

 バンク8~バンク15は、それぞれの拡張スロットに対応していた。


 一見、i8086のセグメントレジスタと同じように見えるが、GOSプロセッサはハードウェアの制御を主として開発されている点でその目的が大きく違う。

 バンク毎のハードウェアに搭載されたGOSプロセッサ用のROMに書き込まれたプログラムにより、それぞれのハードウェアが制御されるのだ。

 PC-16が起動されると、バンク0のROMが読み込まれるが、このROMに搭載されているのは、G-OSと呼ばれる簡易オペレーティングシステムだ。そして、各GOSプロセッサ用のROMには、G-OSの拡張コマンドが書き込まれている。

 例えば、データレコーダのインタフェースボードのROMには、CTLOADというコマンドが書き込まれているが、これはカセットテープからデータを読み込むために使用するコマンドだ。


 PC-16は、本体のみでは、パソコンとして使用することができない。

 最低でもCPUボードとグラフィックボードが必要となる。実用性を考えれば、データレコーダも必要だろう。

 勿論、モニタも用意する必要があるが、こちらは、他社製品を利用することも可能だ。


 CPUボードには、BASIC ROMが搭載されており、G-OSからCPUボード上のBASICを起動するコマンドを実行すれば、BASICが起動される。BASIC ROMに書き込まれたインタプリタプログラムは、CPUボードに搭載されたRAMに読み込まれ、CPUボード上のCPUにより実行される。BASICのコマンドで補助記憶装置から読み込んだり、ユーザーが作成したBASICプログラムもCPUボードに搭載されたRAMに置かれる。

 BASICを実行中にG-OSに戻りたいときには、[ESCキー]の奥にある[割込キー]を押すことでG-OSに復帰することができる。また、もう一度、[割込キー]を押すとBASICに復帰する。


 G-OSには、ラインエディタが標準で搭載されており、それを使ってBASICのプログラムを書くこともできる。

 バンク1には、64KBのRAMディスクが割り当てられており、そこにテキストファイルとして保存しておくことも可能で、CPUボードのBASICを起動してから、LOADコマンドでRAMディスク上のファイルを読み込むことも可能だ。


 CPUボードのBASICは、ソースレベルでの互換性があるので、どのCPUボードでも実行することができる。

 ただし、8ビットCPUのCPUボードと16ビットCPUのCPUボードでは、扱える数値のキャパシティといった点で違いはある。プログラムサイズも16ビットCPUのCPUボードでは、8ビットCPUのCPUボードのRAMに入りきらないものが作成可能なため、互換性があると言っても完全なものではない。

 当然のことながら、PEEK/POKEのような直接メモリを参照したり書き換えたりする命令を使ったプログラムも互換性に支障をきたす。

 ちなみにPEEK/POKE文は、ROMからRAM上に読み込まれたBASICインタプリタのプログラム部分は保護されているためアクセスできない。


 複数のCPUボードを拡張スロットに差して使用することも可能で、それぞれのCPUボードで違うプログラムを実行することができる。切り替えは、[割込キー]で行う。

 一見、マルチタスクのように見えるが、実際には、OSがマルチタスクを考慮したものではないため、カレントとなるCPUボード以外のCPUボードは、処理が一時停止状態となるのだ。

 また、切り替えを考慮していないプログラムを実行していた場合、そのCPUボードへ処理を戻したときに表示がおかしくなることがあった。


 ◇ ◇ ◇


 G-OSの画面は、以下のような感じだ。


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/1/:>dir

<dir>     basic

<text>     text.txt      2KB

<prog>     test.z80      5KB

<bin>     test.pcg      3KB

[/1/] 1 dir 3 file 5,845B free

Ready




――――――――――――――――――――――――――――――――

/1/:>_

[copy ] [move ] [mkdir ] [rename ] [delete ]


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 "/"はディレクトリを示している。最初の"/"は、ルートディレクトりで、その後の数字は、バンクアドレスの番号だ。"/1"ならバンク1でRAMディスクを指している。それ以外にもエイリアスを設定可能なため、"/ramd0"でもRAMディスクにアクセスできた。エイリアスは、G-OSコマンドのROMで宣言される。同じインタフェースボードを複数差した場合やフロッピーディスクドライブなどが複数接続されている場合には、エイリアス名の後に0から始まる数字が付けられ識別される。"/fdd0"や"/fdd1"といった具合だ。


 コマンド行は、ファンクションキー表示行の上にある。

 そこにコマンドを打ち込み[Enterキー]を押すことでコマンドが実行される。

 実行結果は、上部の行に表示される。

 CPUボード上で実行するプログラムを実行した場合には、表示がそちらに受け渡される。


 PC-16では、コマンドとプログラムが明確に別れている。

 コマンドというのは、GOSプロセッサにより実行されるもので、プログラムはCPUボード上で実行されるものを指す。

 また、ユーザーがコマンドを作成することは基本的に出来ない。GOSプロセッサで実行可能なプログラムを作ったとしてもプログラムとは認識されず、バイナリデータとして扱われてしまうのだ。

 GOSプロセッサ上で実行することが可能なプログラムは、各バンクに割り当てられたROM上に書かれたプログラムのみだ。

 例えば、64KBのRAMディスクは、GOSプロセッサからリニアにアクセスしているわけではない。RAMディスクのバンクに搭載されたROMに書き込まれたコマンドをGOSプロセッサが実行することにより、RAMディスクを制御しているのだ。


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 <prog>    test.z80   5KB


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 という行があるが、<prog>はプログラムのことだ。

 CP/MなどのDOSと違って、コマンドは基本的に表示されない。

 "test.z80"という5KBのプログラムは、拡張子からZ80・CPUボード用のプログラムということが判る。

 実行すると、Z80・CPUボードのRAMに読み込まれて実行されるのだ。


 ◇ ◇ ◇


「ジェネシス PC-16」は、キーボードと本体の別れたセパレート型のパソコンだった。色は、白っぽいグレーだ。

 横置きの本体上面のパネルを取り外すと8本の拡張スロットにアクセスできる。

 本体の大きさは、横幅が約40センチメートル、奥行きが約25センチメートル、厚みが約15センチメートルだ。

 厚みが横幅の半分近くあるので、分厚い印象のパソコンだった。これは、拡張バススロットに拡張ボードを垂直に差す構造のためだ。


 本体内部は極めてシンプルで、ケースにメイン基板がビス留めされているだけだった。

 電源は、ACアダプタをメイン基板の端子にコネクタを差すことで供給される。

 外部端子は、背面のACアダプタと前面のキーボード接続端子のみだ。

 電源ボタンとリセットスイッチは、ケース前面パネルの右の下側にあった。

 電源スイッチは、ロッカースイッチタイプだ。


 キーボード端子は、電源スイッチと反対の左の下側にあり、シリアル通信方式のMini-DINコネクタがインタフェースとなっていた。

 キー配置は、一般的なJIS配列だが[割込キー]などが追加されている。

 キーボードの横幅は、約45センチメートルと本体よりも大きかった。

 フルキーとテンキーの間に凸型のカーソル移動キーとその奥に編集関連のキーが配置してある。

 パームレストのスペースもあるため、奥行きは20センチメートルほどあった。

 長時間タイプしても疲れないようにと考えて作ってあるのだ。


 PC-16の電源を入れると、GOSプロセッサがROMからG-OSを読み込み起動する。このとき、バンクアドレスもチェックして接続されているハードウェアを確認する。

 CPUボード上に搭載されているCPUは、起動直後にメモリチェックプログラムが走った後、CPUボード上のRAMがクリアされてから停止する。その後、ユーザーがプログラムを実行するまで、CPUボード上のCPUは停止したままの状態となる。


 キャラクタの表示は、内蔵のテキストVRAMに文字コードを書き込むことで行われる。グラフィックボード内のCRTCによりグラフィック画面と合成され、グラフィック画面とのアトリビュート機能も搭載していた。

 漢字ROMボードには、漢字VRAMが搭載されているため、漢字ROMボードを搭載することで独立したテキスト画面を増やすことができる。

 また、拡張バススロットに複数のグラフィックボードを差していた場合にもテキスト画面は、両方のグラフィックボードから同時に出力される。

 ちなみにグラフィックボードに搭載されているCRTCは、サイクルスチールでVRAMにアクセスする方式だった。


 グラフィックボードは、モノクロとカラーのものが用意されている。

 違いは、CRTCとVRAM容量、G-OS用のROMだ。

 VRAMは、1プレーンが32KBでカラーのグラフィックボードには、RGB3プレーンが搭載され合計96KBとなっている。

 また、本体に6KBのキャラクタRAMが搭載されており、グラフィックの代わりや特殊文字の表示も可能だった。一般的にPCG――プログラマブル・キャラクタ・ジェネレータ――とも呼ばれる機能で8×8ドットのキャラクタを256個登録することができる。ドット単位に8色の色を付けることもできた。当然のことながら、モノクログラフィックボードでは、モノクロ表示となる。


 ◇ ◇ ◇


 拡張性が高く、先進的な「ジェネシス PC-16」だったが、価格の高さが泣きどころだった。

 最小構成とも言える、本体、Z80・CPUボード、モノクログラフィックボード、データレコーダ、モノクロモニタで定価317200円にもなるのだ。モニタ無しでも267400円だ。ゲームを楽しもうとカラーグラフィックボードとサウンドボードを搭載した場合、307200円だ。モニタを付けると455200円にもなる。

 これは、8ビットパソコンとしては高額過ぎた。

 また、16ビットCPUのCPUボードを搭載した場合、モノクログラフィックで337400円、カラーグラフィックでサウンドボードを付けて377200円だ。モニタを付けるとそれぞれ、387200円、525200円となる。


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