記事

 大阪にあるデリースポーツ本社に戻った兵藤亜美は、パソコンを使って記事を作成している真っ最中だった。

『……監督不在の岡山ホークスは斎藤が監督代行を務め、地元企業との練習試合に臨んだ。エラーこそ多かったものの若手主体のホークスは選手が躍動し6-0で完封勝利した。打者では2年目の南王子弟が5打数4安打3打点、投手では南大路兄が被安打2失点0と状態の良さをうかがわせた。また、エラーこそ多かったものの、それに臆することなく若手選手をうまく起用した斎藤監督代行の采配も光った』

「……ん~、まぁこんなもんかなぁ」

 亜美は、パソコンの中の文書を再度読み返すと、それを上司の原稿フォルダーへと放り込んだ。

「デスク、岡山ホークスの取材記事まとめたのでいれときました」

「ん~、ご苦労さん。あとで見とくわ」

 亜美の斜め前方にある、書類が山積みになっている机から亜美の上司が右手をあげて答えた。


 ……もっとも、亜美が提出した原稿がそのまま紙面を飾るかどうかはまだわからない。


 この後、デスクが集まった原稿を集約し、紙面構成を考えていくのだが、その課程で使えそうな記事・使えなさそうな記事を選別していくことになる。

 当然、一面や大記事として扱われるのは人気球団である六甲山タイローズや九州クラウンライターズ、東京ガイアーズ関連の記事が中心になり、他のチームの記事が徐々に小さな記事で扱われていくことになる。

 それが不人気球団の岡山ホークスの記事になると、まったく扱われないことも珍しくなかった。


「……私の記事……まだ一度も採用されたことないのよねぇ……」

 亜美はパソコンの前でため息をついていった。

 

……翌日


「……嘘」

 自宅であるマンションの一室で、配達されていたデリースポーツに目を通していた亜美は思わず目を丸くした。

 昨日、亜美がデスクに報告した岡山ホークスの練習試合の記事が掲載されていたのである。

「うっそ!? なんで!?」

 亜美は慌てて紙面を確認していった。

 その結果、ほどなくしてその理由が明らかになっていった。

 この日は、六甲山タイローズや九州クラウンライターズ、東京ガイアーズといった人気球団に関するニュースがほとんどなかったらしく、1面は六甲山タイローズの今年の有望新人特集が組まれていた。

 亜美が住んでいるのはデリースポーツ本社のある大阪であり、大阪最大の人気球団である六甲山タイローズの記事が1面にくるのは決定事項なのであった。

 亜美の記事は扱いこそ小さいものの、3面の片隅に掲載されていた。


 ちなみに、岡山ホークスの記事が3面より前に掲載されたのは、3年ぶりのことであった。


「やだ……始めて採用された……」

 記事を見つめながら、亜美は体を震わせていた。

「……臨時だけど、記者になれたんだなぁ……って、こうしちゃいられない」

 亜美は、慌てて着替えを始めた。

「とりあえず、近所のコンビニのデリースポーツを買い占めないと……記念、記念」

 鼻歌を歌いながら、亜美は嬉しそうに微笑んでいた。


……同時刻・斎藤の自宅


「兄貴、すごいね」

 デリースポーツを読みながら、斎藤孝明の妹、美尋は嬉しそうに微笑んでいた。

 その向かいの席で朝食を食べながら斎藤は、苦笑していた。

「他に記事がなかっただけの話だって」

「でもさ、『若手選手をうまく起用した斎藤監督代行の采配も光った』って書かれてるし、この記者さん、よくわかってるよね」

「ばぁか。アマチュア相手の練習試合だぞ? 誰がやったって勝てるに決まってる」

 斎藤はそういうと味噌汁をすすっていく。

 そんな斎藤を見つめながら美尋はさらに笑顔を浮かべていく。

「兄貴はネガティブだなぁ、もっと喜びなよ」

「これはネガティブじゃない。ただ現実が見えてるだけだ」

「でもさ、この記事が球団幹部の目にとまってさ、『孝明君、君に監督をお願いしたい』とか言われちゃったりして」

「お前なぁ……いくらウチのチームの監督選びが難航してるからって、こんな記事を鵜呑みにして監督就任を要請してくるような球団幹部がどこにいるって……ん?」

 その時、斎藤の携帯がなった。


 ちなみに、いまだにガラケー派の斎藤である。


「……あれ? 知らない番号だな、これ」

 そう言いながら、斎藤は電話を受けた。

「はい、斎藤です。失礼ですがどちらさんで?……は?……あ、はい……わかりました」

 短いやりとりで通話を終えた斎藤。

「兄貴、誰からだったんだい?」

「……なんか、球団社長からだった」

「へ?」

「至急話したいことがあるんで、今日球団本社まで来てくれって……」

「……マジ?」

 斎藤の言葉に、美尋も目を丸くしていった。

「……兄貴、ひょ、ひょっとしてこれ、監督就任のお願いされるんじゃ!?」

「ばぉか、高卒でたいした成績も残してない俺だぞ? 一応生え抜きだけど、まずないって。キャリアで言えば角田さんの方が長いんだし、普通に考えれば角田さんが監督って話だろ」

「じゃあ、角田監督で、斎藤バッティングコーチとか?ありそうじゃん!」

「ん~……あくまでも角田さんが監督なら無きにしも非ずだけど、角田さんはまだまだバリバリの現役だぞ?……それよりも、トレードの可能性が否定出来ない気がする」

「……あ」

 斎藤の言葉で、浮かれていた美尋が一気にトーンダウンしていく。

 そんな美尋見つめながら、斎藤は

「まぁ、とにかく監督だけはないって。まずは話を聞いてからだな」

「う、うん……そうだね」

 美尋はイスに座ると、斎藤を上目遣いに見上げていく。

「ね、ねぇ兄貴……もし、だよ……もし兄貴がさ……札幌ウインナーズとかにトレードされちゃったりしたらさ……アタシもついていっていい?」

「いや、そこまでしてもらわなくてもだな……」

「いや、したいんだってば!」

「じゃあ、この家はどうすんだ?」

「貸すか売っちゃえばいいじゃん。アタシはほら、イラストレーターだしさ、パソコンとタブレットさえあればどこででもお仕事出来ちゃうし……」

「そうは言ってもだな……」

「とにかく、トレードの時は絶対についていくから! もう決めたから」

「おいおい、だからまだ決まったわけじゃ……」

 朝から、斎藤家には美尋の声が響き続けていったのだった。


……2時間後・岡山ホークス球団事務所


 美尋の運転する車で岡山市内にある岡山ホークス球団事務所に到着した斎藤は、社長室へと通された。

(年俸の話合いの時は応接室だけど……)

 慣れない部屋に通された斎藤は、ソファに腰掛けたまま落ち着かない様子で周囲を見回していた。


 ほどなくして、社長室の中に球団社長である満天屋社長の井原をはじめとする、球団幹部が入って来た。

「やぁ斎藤君、待たせて悪かったね」

 井原は笑顔で斎藤の前に腰掛けていく。

「あ、いえ、大して待っていませんので……」

 そんな井原に、斎藤は軽く頭を下げた。

「さて……今し方球団幹部のみんなとも最終調整をしていたんだけど……斎藤くん、ホークスの監督をしてくれないか?」

「は?」

 井原の言葉に、斎藤は頭が真っ白になるのを感じていた。


ーつづく






 

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