練習試合
斎藤のインタビューを行った翌日。
兵藤亜美はこの日も岡山ホークスの本拠地であるグレープ球場の隣にあるグレープ球場第二グランドへ顔を出していた。
(斎藤選手……いい人だったな……夕食までご馳走してくださって……)
昨日食べた焼き肉金川の味を思い出しながら、亜美は口の中に涎が溜まっていくのを感じていた。
そんな亜美の目の前。
グランドの中は、選手がウォーミングアップをしているところだった。
この日、グレープ球場第二グランドでは、若手を主体としたホークスと、地元の社会人野球チームとの親善試合が行われることになっていた。
相手の社会人野球チームは、満天屋ヤンキース。
言わずと知れた岡山ホークスの運営組織のトップを務めている企業のチームである。
ちなみに、現在の岡山ホークスは、監督が不在である。
昨年まで3年間ホークスを率いていた畑淵監督が、年明け早々に辞任を申し出たのである。
現役時代は六甲山タイローズで4番を務め、晩年は九州クラウンライターズへ移籍し、チームの初優勝に貢献した人気選手である。
引退後は評論家をしていた畑淵氏に、岡山ホークスのフロントがダメ元で監督就任を打診したところ、
「結果がよかったので、お受けします」
と、まさかの快諾となったのであった。
だが、この「結果がよかった」の意味を、フロントはしっかりと確認しておくべきだった。
この畑淵氏……奥さんが異常なまでに占いに凝っていたのである。
そのため、この監督就任話に関しても、奥さんの尻にしかれている畑淵氏は奥さんに相談し、
「あなた、占い結果がいいからお受けしなさいな」
と、監督就任にゴーサインを受け、これを承諾していたのである。
こんな感じで就任した畑淵監督は、シーズンに入ってもとんでも采配を連発していった。
星占いで打順や先発を決めていたため、いつも9番を打っている小兵選手をいきなり4番に抜擢してみたり、ショートの選手をキャッチャーで起用してみたりと、支離滅裂な選手起用を連発。
さらに、
「飛行機での移動は凶と出ています」
そう言い出した奥さんの影響で、ナイターを終えた選手が急遽新幹線に移動方法を変更させられた、なんてことも一度や二度ではなかった。
それでも、現役時代に人気があった畑淵だっただけに、観客動員には多少貢献していたのだが、チームは3年連続最下位と成績の方は散々であった。
それでも、昨年末に畑淵と球団は4年目の契約を締結していた。
……だが、年が明けた途端に
「なんか、嫁さんの占いによると星の巡りが悪くなったみたいなんで、やっぱ辞めます」
そう言いだし、一方的に監督を辞任してしまったのである。
当然フロントは必死に慰留しようとしたものの、畑淵氏は辞任を発表すると同時に奥さんと一緒に海外旅行に出かけてしまい、まったく連絡が取れなくなってしまったのである。
(……解説者をしている球界OBや、ホークスのOBに片っ端から声をかけているみたいだけど、誰からもOKの返事をもらえていないみたいなのよね……)
亜美は、ホークスのベンチの真裏にあたる席に座って、グランドを見つめ続けていた。
そんな亜美の視線の先には、斎藤の姿があった。
「……っというわけで……今日の練習試合は斎藤選手が監督代行を務めるのよね」
亜美の視線の先では、斎藤が手に持っている資料を見ながら頭をかいている姿があった。
「……まったく、いくら人材がいないからって、俺に任せるこたぁないでしょうに……」
グランドの斎藤はブツブツいいながら、今日の試合のために集合している選手をまとめてある書類に目を通していた。
「……まぁ、畑淵監督が辞めちゃったもんだから、コーチもほとんど一緒に辞めちゃったしなぁ……あのコーチ達って、畑淵監督のコネで就任した人達ばっかりだったし、まぁ、しょうがないっちゃあしょうがないんだけど……」
斎藤は、頭をかきながらグランド内を歩いて行く。
「あ~、南大路さん」
「はい」
斎藤は、グランドの一角でキャッチボールをしていた選手に声をかけた。
口ひげをはやしているその選手は、斎藤へ向き直った。
南大路孝明
投手
35才
昨年成績 8勝15敗3セーブ 防御率3.81
球速は130キロそこそこながら、多彩な変化球とインサイドワークで勝負するベテラン左腕である。
「昨夜お電話したとおり、すいませんけど今日は先発よろしくお願いします」
申し訳なさそうに頭を下げる斎藤に、孝明はニッコリ微笑んだ。
「えぇ、大丈夫ですよ。さすがにまだ調整段階ですけど、まぁ、なとかなるでしょう」
「恩に切ります」
孝明に向かって両手を合わせる斎藤。
その後斎藤は、グランドのあちこちを駆け回りながら、選手達1人1人に声をかけていった。
程なくして、審判がグランドに姿を現し、それを合図に両チームの選手がホームベース付近に集合していく。
「では、岡山ホークスと満天屋ヤンキースの親善試合を開始します」
審判の声を合図に両チームは帽子を取って挨拶を交わしていった。
先行は岡山ホークス。
レギュラークラスの野手はほとんど参加していないこの試合。
ホークスのメンバーは、一軍経験のない選手がほとんどだった。
簡単に2アウトを取られるも、3番に入っている南大路良介が右中間に痛烈な当たりをはなち、一気に三塁まで到達した。
この南大路良介。
南大路孝明の実の弟である。
大卒で、2年前のドラフト3位でホークス入りした左の外野手。
昨年の成績
1軍成績なし
2軍成績 打率.291 ホームラン9本
気合いと元気が取り柄の良介は、2軍でもそれなりの成績をあげてはいたものの、畑淵監督の占いのせいで、昨年は一度も一軍にあがることはなかった。
良介の3塁打を受け、4番の斎藤がセンター前にヒットを放ちこの回ホークスが先制した。
斎藤はこの1打席で引っ込み、若手選手と入れ替わった。
その裏。
ホークス先発の孝明は、ベテランらしく低めに球を集め、巧みに打たせて取るピッチングを展開していった。
2人をセカンドゴロに切って取った後、3番の打球をショートがエラーし出塁を許すも、続く4番の右打者をアウトコース低めいっぱいのストレートで見逃しの三振に切って取り、無失点で切り抜けた。
その後……
ホークスは、ヒットで出たランナーを手堅く送っては、ヒットでつないで着実に加点していく。
一方の満天屋ヤンキースは、孝明の前にエラーによる出塁こそあるものの、要所要所を押さえられ、得点することが出来ずにいた。
7回までで行われたこの試合は、結局6対0でホークスがプロの貫禄を見せた格好になった。
「……さて、せっかくだし、ちょっと選手の話でも聞いておこうかな……顔つなぎもしておかないとだし」
亜美は観客席を立つと、グランドの方へと移動していった。
亜美がグランドに入ると、斎藤が選手を集めて話をしているところだった。
「良介、ナイスバッティン」
「あざっす!」
今日3番で5打数4安打3打点だった良介の肩を斎藤が叩いた。
そんな斎藤に良介は嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「でもな、4回のエラー、あれはいただけない。いくら自主トレ期間とはいえ、プロならあれくらいしっかり取らないと……」
斎藤は、良介を前にして、身振り手振りを交えながら熱心に指導していった。
良介は、そんな斎藤の言葉を熱心に聞き続けていた。
その後、今日参加した選手一人一人に、今日のプレーの良かったところ、悪かったところを具体的に示しながら話をしていく斎藤。
選手達の一部には、そんな斎藤の指導を前にして
(早く終わらねぇかなぁ……)
見るからにやる気なさそうな表情を浮かべ、上の空になっている者もいた。
だが、良介を中心にして、斎藤の言葉に熱心に耳を傾ける選手達の姿も少なくなかった。
(斎藤選手……色々大変だねぇ)
その光景を見つめながら、亜美は思わず苦笑を浮かべていたのだった。
ーつづく
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