デリースポーツの兵藤さん
岡山ホークスはここ10年間で最下位が7度の弱小チームである。
打線の主軸は、ここ20年近く角田と斎藤の2人が担っている。
ここに外人が2人加わり角田と3人でクリーンナップを組み、斎藤はその次の6番を打つことが多かった。
ところが、この外人がくせ者ばかりなのである。
この10年間の間に年間打率2割5部・ホームラン20本をクリアした選手が一人もいないのである。
地元企業である満天屋を中心として組織されているホークスの運営基盤は盤石とはいえず、そのため資金力の乏しいホークスは、毎年いちかばちか的な外人ばかり連れてきているため、その結果も致し方ないといえなくもなかった。
とはいえ、それなりの資金を投入して連れてきているだけに使わないわけにもいかず、その結果4番の角田と6番の斎藤がいくら頑張ってもその間で打線がぶつ切れになってしまうという悪循環が繰り返されていた。
また、ホークスは投手力にも問題を抱えていた。
この10年間の間に、二桁勝利をあげた選手が延べ8人。
そのうちの6回がエース格の猫本修二が1人であげており、先発の駒不足は明らかだった。
だが、補強をしようにも資金力のないホークスはFA戦線でも人気が無い。
FA制度が導入されて以降出て行った選手はいるものの、獲得できた選手は1人もいなかった。
外国人投手を獲得しようとしても、毎年のように野手を2人獲得し続けているフロントは絶対に首を縦にふらなかった。
資金力があり、優勝戦線の常連である九州クラウンライターズは、育成も含めると毎年10人前後の外人選手を抱えており、1軍の外国人選手が少しでも調子が悪くなれば容赦なく2軍の選手と入れ替える措置をとっている。
こういったあたりにも、チーム力の差が顕著といえた。
そのため、チームの補強はドラフトに頼らざるをえなくなっている。
だが、資金力がなく毎年最下位が定位置のホークスに入りたいという選手は滅多になく、指名しても入団を拒否されることが度々あった。
6年前に、8球団競合の末に社会人野球の大物投手、大山卓の指名権を獲得出来たものの、
「ホークスには行きたくありません」
と、指名直後に拒否されるという赤っ恥をかいたこともあった。
そのため、ここ数年のホークスは無難な指名に終始しているため、チームには有望な若手がほとんどおらず、いつしか他チームでお払い箱になったベテラン選手のたまり場になりつつあった。
「……読めば読むほど、悲しくなりますね、これは……」
電車の中で『プロ野球12球団データブック』と書かれている本を開いている長身で細身の女はため息をついた。
兵藤亜美 23才
今年デリースポーツのプロ野球担当に配属された新人記者である。
デリースポーツは、地域によって紙面の構成を変更することで発行部数を伸ばしている。
関東地区では、センターリーグの老舗人気球団東京ガイアーズが常にトップ。
これが同じ日の新聞でも、中京地区になるとセンターリーグで名古屋に本拠地を置く名古屋ドラマティックスが一面になっている。
中四国では、センターリーグの関西きっての人気球団六甲山タイローズが。
そして九州地区ではパッションリーグ一の人気球団九州クラウンライターズが一面トップをかざるのが常なのであった。
そんな中、昨年末に退職者が出た関係で臨時的にデリースポーツに採用された亜美は、退職した前任者が担当していた岡山ホークスの担当をまかされることになったのであった。
(どうせ中四国地区ならセンターリーグの六甲山タイローズか、広島オイスターズの担当がよかったなぁ……)
亜美がそんなことを考えていると、電車がほどなくして停車した。
「瀬庭駅……あ、ここだ、降りなきゃ」
鞄を肩にかけると、亜美は慌てて電車を降りていった。
駅を出て、歩くことおよそ10分。
閑散とした街並みを抜けたところに、岡山ホークスの本拠地、グレープ球場があった。
今はまだキャンプイン前のため、自主トレを行っている選手はグレープ球場の近くに併設されている第二グランドで練習を行っているはずである。
球場の周囲は運動公園として整備されており、テニスを楽しむ若者や、ストリートバスケを行っている者達の姿を散見する事が出来た。
「……しっかし、寒いなぁ……」
亜美は、思わず鼻をすすりながら呟いた。
「よかったら使います?」
「はい?」
不意に声をかけられた亜美が振り返ると、
(で、でか!?)
かなり背が高く、ガッチリした体型の男が立っており、右手で使い捨てカイロを差し出していた。
亜美とて、身長は170はあるのだが、その男は2メートル近い長身だった。
「あ、これ、使おうかなと思って開封したばっかですから……ほぼ未使用なんで安心してください」
「あ……あぁ、じゃあ」
男の迫力に半ば押されるようにして、使い捨てカイロを受け取った亜美。
そんな亜美に軽く片手を上げると、男は足早にその場を立ち去っていった。
「あ、ありがとうございます!」
亜美の声に、男は振り返ることなく片手だけあげて答えていった。
(随分体格のいい人だったけど……ひょっとしてホークスの選手なのかな?)
野球好きが講じてデリースポーツへ入社した亜美なのだが、ご贔屓チームは六甲山タイローズであり、センターリーグのファンであった。
そのため、パッションリーグのこととなると、毎年のように日本シリーズに出場してくる九州クラウンライターズのことしかわからなかったのであった。
とはいえ、デリースポーツに臨時採用され岡山ホークス担当を任された以上、これではまずいと思った亜美は、自腹でホークスの取材にやってきていたのであった。
あまりの寒さに、一度自販機でホットコーヒーを購入してから、亜美はグレープ球場第二グランドへと入って行った。
とりあえず、まずは観客席から様子を見ようと思った亜美。
「……ありゃ?」
観客席からグランドを見回した亜美は、唖然とした。
時間は午後3時
この時期の六甲山タイローズの第二グランドであれば、若手が元気な声をあげながら自主トレに励んでいる頃合いである。
だが
亜美の目の前には、ガラーンとしているグランドの光景が広がっていた。
ネット際に、ティーバッティングを行っていたらしい痕跡は残っているものの、グランドで練習している選手の姿は皆無であった。
(……こりゃ、最下位にもなるわけよねぇ……この時期にこんなに活気がないなんて)
亜美は思わずため息をついた。
すると、そんな亜美の視線の端……ベンチの中から大柄な男が姿を現した。
「あれ……あの人、さっきのカイロの人だ……」
亜美の視線の先で、その男は軽く体を動かし始めた。
アメリカのNBAのダウンジャケットを羽織っているため、背番号や選手名を確認することは出来ない。
もっとも、今は自主トレ期間中のためダウンジャケットの下にユニフォームを着ているかどうかも怪しいのではあるが。
その男は、適度に体をほぐし終えるとおもむろにグランドを走り始めた。
外周に沿ってゆっくりと……とはいえ、大柄なため見た目以上の速度でグランド内を走って行く。
1周
2周
それが、1時間経っても、その男はひたすら走り続けていた。
結構な早さで走っているにもかかわらず、男は一定の速度でずっと走り続けていた。
(見たところベテラン選手みたいだけど……ホークスといえば角田選手なのかしら……)
ひたすら走り続けている男を見つめ続けている亜美。
すでに1時間近く経過しているにもかかわらず、この男以外の選手がグランドに姿を見せる気配はなかった。
(せっかく来たんだし、あの人の話だけでも聞いていくか)
そう思った亜美は、観客席を出ると、球場入り口へと向かった。
守衛に引き留められたものの、デリースポーツの社員証を見せるとあっさりと中へ通してもらえた。
「あの、中で練習しているのは角田選手ですか?」
「いや、今日は角田さんは来てないよ。今なら斎藤さんじゃな」
「斎藤?」
「なんじゃ新聞記者さん、斎藤さんを知らんのか?ホークスが誇るベテランコンビ、角田と斎藤といえば有名じゃが」
「あ……す、すいません不勉強で……」
(何よベテランコンビって……そんなの初耳だわ)
亜美は、苦笑を浮かべながらも守衛に丁寧に挨拶をしてグランドへと向かっていった。
亜美がグランドに姿を現すと、ちょうど斎藤がベンチの前で停止したところだった。
「……ふぅ、今日はここまで……」
斎藤は、額の汗を拭いながら、出しっ放しになっているティーバッティングの機材の方へと歩いて行った。
亜美が見ている前で、斎藤はその機材を黙々と一人でかたづけていく。
(ホントに、斎藤選手以外には練習に来てなかったのね)
その光景を見つめながら、亜美は再度ため息をついた。
(こんなんじゃ……今年のホークスもたかが知れてるわね……あ~あ、なんでこんなチームの担当にされちゃったのかなぁ……)
亜美は、再度ため息をつくと、斎藤に話を聞くのをやめて帰ろうかと考え始めていた。
そんな亜美の前に、片付けを終えた斎藤が歩み寄って来た。
「お姉さん、さっき外にいた人だよね?記者さんだったんだ」
「あ、はい……デリースポーツの兵藤といいます。今年から岡山ホークスの担当をさせていただくことになりました」
「デリースポーツさん? あれ、ひょっとして松笠さん辞めちゃったの?」
「あ、松笠はですね、持病の腰痛が悪化したものですから、昨年末で退職しまして……」
「あ~、そっか。そう言えば松笠さん、この時期いつも辛そうだったもんなぁ」
そう言うと、斎藤は、ベンチの脇に置いてあった自分のバッグへ手を伸ばし、その中から手帳を取りだした。
「今度菓子折でも送っときます。松笠さんには色々お世話になったんで」
そう言いながら、斎藤は手帳にあれこれ記入していく。
「マメなんですね、斎藤さんって」
「マメ……と、いいますか、岡山ホークスの取材にわざわざ足を運んでくれたのって、松笠さんくらいなもんだったしね。そういう貴重な方は大切にしておかないと」
メモを書き終わった斎藤は、視線を亜美へ移した。
「さて、記者さんもわざわざ岡山くんだりまで来てくださったんだしさ。できる限りお話させてもらいますよ……もっとも、面白い話が出来る保証はないんですけどね……自分、不器用ですから……」
「あ、いえ……お話を聞かせてもらえるだけでも嬉しいです……あの、それじゃあ……」
そういうと、亜美は鞄の中から手帳を取り出していった。
(……なんかこの人、いい人だな……)
そんな事を考えている亜美の前で、斎藤は若干凹んでいた。
(……高倉健……伝わらなかったか……場を和ませようと思ったんだけどなぁ……)
斎藤渾身の一言を軽くスルーして手帳の準備をしている亜美。
そんな亜美を見つめながら斎藤はその顔に思わず苦笑を浮かべていた。
ーつづく
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