背番号44
ふるかうんと
斎藤さんと角田さんと美尋さん
斎藤孝明
岡山ホークス所属の外野手
年齢38才
高卒
ドラフト6位入団今年20年目
通算成績
打率.268
HR 411
タイトル・受賞歴なし
年俸4800万ー推定ー
「どないした斎藤? 選手名鑑見ながら黄昏て」
「あぁ、角田さん、お疲れっス」
ベンチの脇に腰掛けて、大きな体をこじんまりとさせながら小型の本を眺めている斎藤の肩を、角田が笑いながら叩いた。
角田光弘
外野手登録だが主な出場は指名打者
年齢40才
不惑にして岡山ホークスの4番を務める強打者
「角田さんも元気っスね。若手の自主トレに混じりにくるなんて」
「まぁな、ワシ去年のシーズン後半、肩脱臼して全然働いてないさかいな。今年はキャンプ序盤から猛アピールせんとあかんし、その準備や準備」
「シーズンオフの新聞にかかれまくりましたもんね『角田引退決意』って」
「まったくや。ワシャ一度も引退なんて言ったことはないのにのぉ……ほんま、ブンヤの飛ばし記事にも困ったもんや」
斎藤の前で入念に屈伸運動を繰り返しながら、角田は斎藤へ笑いかけた。
「で、何を黄昏れてんのや?」
「あぁ……まぁ、大したことじゃないんですよ。俺も気がついたら20年選手になったんだなぁって」
「アホか。そんなこと言うたら、ワシは22年選手やないか」
角田はそう言うと、斎藤の肩を叩きながら豪快に笑った。
「まぁ、あれや。お前とワシがこの球団の最強おっさんコンビやしな。今年はそれでバンバン売り出していこうやないか」
そう言うと、角田はグランドへと足を踏み入れた。
ここは岡山グレープ球場第二グランド。
岡山ホークスの2軍の本拠地である。
球場内では、すでに若手が数人ランニングを行っていた。
「さて、ワシも元気にひとっ走りしてくるわい」
そう言うと、角田はグランドの中へ駆け出していった。
「っと、忘れるところやった。おい、斎藤」
「はい、なんスか?」
「お前もな、そろそろ身を固めたらどうや? お前その年まで独り身って、おかしいやろ? それとも何か? お前そっちの気でもあるんか?」
「あ、いえ……いたって普通っすけど」
「ならなおさらや。ええ子がおらんのなら紹介したるさかい、いつでも相談せい」
「……はぁ」
角田は、斎藤に軽く手を上げると元気にグランドへ走り出していった。
(結婚ねぇ……)
斎藤は、手に持っていた野球名鑑を横に置くと、ゆっくりと立ち上がった。
小柄でずんぐりむっくりとした体型の角田とは違い、斎藤は身長もありかなりの筋肉質な体格をしていた。
「家の事には困ってないしなぁ……」
斎藤は、そう言うと体を左右にひねりながらグランドへ足を踏み入れていく。
「とにかく、ま、ボチボチいきますか……」
この日の斎藤はみっちり2時間ランニングを行った後、角田の遠投に付き合って1時間。
残りの2時間はティーバッティングに費やしていった。
「おう斎藤。ワシはここで失礼するで」
「あ、お疲れっス」
ベンチから声をかけてきた角谷に挨拶をした後、斎藤は最後にランニングを1時間おこない、この日の練習を切り上げた。
人気球団であれば番記者が何人かやってきていそうなものなのだが、パッションリーグの万年下位球団である人気がいまいちな岡山ホークスには、そんな熱心な番記者はいなかった。
すでに若手も自主練習を終えたらしく、グランド内には誰も残っていなかった。
斎藤は一人黙々とティーバッティングで使用した道具を片付けていく。
「さて、こんなもんかね……」
球場内を見回した斎藤は、ふぅと大きなため息をついた。
すると
「兄貴、お疲れ様」
スタンドの方から女性の声が聞こえてきた。
斎藤が振り返ると、そこにはショートカットの女性が岡山ホークスのスタジアムジャンパーを着て立っていた。
「迎えに来てやったよ」
「美尋か、すまんな」
スタンドの女性に軽く手を振ると、斎藤は
「すぐ出る」
それだけ言うと、ベンチの中へと姿を消していった。
ベンチ裏の廊下を抜け、球場の守衛に軽く挨拶をした斎藤は関係者専用駐車場へと向かった。
「あ~にき」
そこには、笑顔の美尋が立っていた。
斎藤美尋
29才
斎藤の父親の再婚相手の連れ子であり、斎藤の義理の妹にあたる。
新進気鋭のイラストレーターである。
斎藤の父親も、美尋の母親もともに交通事故で数年前に亡くなっており、2人は一緒に暮らしていた。
「別にいいんだぞ、毎日送り迎えしてくれなくても。JRの駅も近いしさ」
「何言ってるのさ、兄貴。岡山ホークスの斎藤がJR通勤なんて洒落にならないでしょ? これくらいさせてよね」
美尋は、そう言いながら車のドアを開けていく。
美尋の車はワゴン車で、後部座席は半分がフラットにしてあり、毛布が置かれている。
斎藤が横になりたいときに、いつでも横になれるよう配慮してあるのである。
斎藤は、座席の方へと座り、シートベルトをはめていく。
斎藤が乗り込んだのを確認してから、美尋はドアを閉め、運転席へと回っていく。
「兄貴、今日はどうする? 家で食べる? どっかで食べてく?」
「そうだな……今日は家で食べるか。ちょっと筋トレもしたいしな」
「おっけー。じゃ、途中ヘローズで買い物していくね」
「ん、わかった」
斎藤はそう言うと、一度はめていたシートベルトを外し、フラットになっているシートへ移動すると、そのまま横になった。
美尋が車を発進させ程なくすると、後部座席からは斎藤の寝息が聞こえ始めていた。
「兄貴……なんのかんの言いながらもお疲れみたいだね……今日は元気の出る物を作ってあげないと」
美尋は、肩越しに斎藤の様子を確認すると、力強く頷いた。
途中、24時間スーパーのヘローズで買い物を済ませた美尋は、そのまま自宅へと車を走らせた。
グレープ球場第二グランドから北へしばらく走ったところに、斎藤兄妹が暮らしている自宅があった。
一戸建てのこの家は、斎藤の父が建てた家である。
父母が亡くなった後、これをそのまま引き継いだ斎藤は、ここで妹の美尋と2人で暮らしていたのである。
閑静な住宅街の奥まった位置にある自宅のガレージに車を入れると、美尋は車内からリモコン操作してシャッターを閉めていった。
「兄貴ついたよ」
「んあ?……」
美尋の言葉で目を覚ました斎藤は、車内で大きく伸びをしていく。
「すまん、寝てた……買い物の手伝い出来なかったな」
「良いって良いって。兄貴にそんなことさせられないからさ、気にしなくていいって」
美尋は、そういうと助手席に置いていた山のような買い物を抱えていく。
すると、それを斎藤はひょいっと受け取った。
「せめてこれくらいはさせてくれ」
「しょうがないなぁ、じゃ、頼むね」
2人は一緒に家の中へと入っていった。
1階は20畳ちかいリビングがあり、そこには2人が食事をするためのテーブルと、斎藤のトレーニング用の機材が山のように置かれていた。
リビングに併設されているキッチンで美尋が料理を始めると、斎藤はおもむろにトレーニング機器の方へ歩みよっていった。
大型のトレーニング機器がいくつも並んでいるその一角で、斎藤はおもむろにトレーニングを開始した。
台座に下半身を固定し、脚力だけで重りのついている板を押し上げていく。
「兄貴、今年は調子はどう?」
「ん? まぁ、ボチボチかな……」
「去年はさ、ホームラン28本でパリーグ3位だったじゃん? 今年くらいとれたりしちゃわないかな? タイトル」
「無茶言うな。俺ぁ今年38だぞ?去年の28本だって角田さんがいなくなったもんだから無理して頑張ってやっとたどりついた数字だったんだ。無理です、無理」
「そっかなぁ? 兄貴ならいけそうな気がするんだけどなぁ」
「そんなことより、お前の仕事の方はどうなんだ?」
「アタシ? アタシはまぁ、それなりかな……でもまぁ、兄貴が食費いれてくれてるしさ。アタシ、無理して働く必要なくない?」
「それよりも、お前、いい人いないのか? お前こそ、そろそろ結婚を考えてもいい頃合いだろ?」
「アタシはそういうの結構で~す。もうすでに兄貴の嫁さんみたいなもんだしね」
「おいおい、そんな事を言ってると行き遅れちまうぞ、マジで」
「その時は、兄貴が責任取ってアタシのことをもらってよ」
「あのなぁ……なんでそうなる?」
「え?だって、法律上問題ないでしょ?アタシと兄貴は兄弟だけど血はつながってないんだしさ」
「ば~か。妹のお前をそんな目で見れるわけないだろ」
「ケチだなぁ、兄貴はいつも」
美尋は、楽しそうに笑いながら料理を続けていった。
斎藤も、トレーニングを続けながら美尋の話に応じていく。
ほどなくして、美尋の料理が出来上がりそうになると、斎藤は風呂へと移動し軽くシャワーを浴びた。
斎藤がシャワーから戻ると、食事の準備が出来上がったところだった。
「兄貴お待たせ」
「ん」
美尋に即されて、斎藤もイスに腰掛けた。
「……こうして毎日一緒にご飯を食べられるのも、3月までなんだねぇ」
「ホームゲームの時は帰ってくるじゃないか」
「兄貴はさ、一応チームの年長者なんだから、もう少し後輩達を連れて飲みにいったりとかした方がいいと思うんだけど?」
「……俺はそういうのは苦手」
そう言うと、斎藤は美尋から手渡された缶ビールを開けていく。
「うん、知ってる」
美尋も、ビールを開けると、
「じゃ、ま。今日もお疲れ様ってことで」
「ん」
2人は、缶ビールを軽く合わせると、一気に飲み干していった。
「で、兄貴。明日は何時に行くの?」
「そうだな……とりあえず昼飯を食ってからかな」
「了解。じゃ、朝ご飯とお昼ご飯を準備しとくね」
「……」
「兄貴、どうかした?」
「……いや……嫁に行けといっておきながら……こき使ってて悪いなと思ってな」
「そう思うんなら、早くもらってよ。美尋的にはオールオッケーだからさ」
「孝明的にはオールアウトなんだが……」
「もう、ケチぃなぁ、兄貴は。ささ、もう一本飲んで飲んで」
「まぁ、飲むけど……酔いつぶそうとしても、俺がザルなの、知ってるだろ?」
「まぁ、いいじゃん。ひょっとしたらってこともあるかもだしぃ」
そんな会話を交わしながら、斎藤家の夕食はいつものように進んでいった。
翌日
予定通り、昼過ぎにグレープ球場第二グランドに姿を見せた斎藤。
「じゃ、夕方にまた迎えにくるね」
「ん」
今日も車で送ってくれた美尋に軽く右手を上げると、斎藤はグランドへ向かって歩いて行った。
「……さて、今日もボチボチがんばりますか」
キャンプインまでもう少し。
そんなある日の午後だった。
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