第39話 向き合えない

 「うわああっ!」

グシオンの攻撃に吹き飛ばされたベルは、ダメージに耐えきれなかったのか、憑依が解除された。

地面に倒れる二人に、グシオンが歩み寄った。

「なんという悲劇! 素晴らしい、私の心をここまで震わせるとは!」

「てめぇ、アタシらの記憶を覗きやがったか! 何がそんなにおかしいんだよ!」

 ベルが吼え、ふらつきながらもグシオンと対峙する。

「何を仰います、悲劇も喜劇と同じように尊いモノ。この時代はぬるい平和につかった人々が多いご様子。なれば、悲劇というエンターテインメントに人々は酔いしれ、潜在マゾヒスト的欲求が満たされるのだ! そして、その最期は私が飾るとしよう!」


 グシオンが四つ足になり、跳びかかった。

 その攻撃は、不意に仕掛けられたタックルにより妨害された。

 無様に転がったグシオンは顔を真っ赤にして激昂した。

「誰だ! 私の描いた最高のフィナーレに水を差す不埒者は!」


 「最高のフィナーレ? バッドエンドが? 誰も幸せにならない結末なんてグッシャグッシャに丸めてゴミ箱にダンクすればいいの!」


 何年も親しんだ、しかし今ここにはいてはいけない少女の声がして、愛実は後ろを向いた。

「……沙羅!?」

「そーです、最近シリアスばっかりで探偵事務所の和みキャラの味が出せてない沙羅ちゃんです」

 相麻沙羅が立っていた。傍らにはアスモデウスがべったりとくっついている。


「沙羅、どうして……まさか」

沙羅は愛実を手で制し、頭を勢いよく下げた。

「今のうちに謝っておくよ、ごめん! すみません! 申し訳ありません! 後でお説教はなんでも聴きます!」

 沙羅は姿勢を起こし、左の掌に刻まれた契約印を掲げてみせた。

「あたしってバカだけどさ、いや、バカだから、かな。友達が大変な目にあってるのにじっとしてられるほど、おりこうさんじゃないっていうか! アスモ!」

「ええ、サラのご命令とあらば」

 アスモデウスが妖艶な笑みを浮かべ、鎖をその身に纏った。


「……アスモ?」

 愛実が首を傾げた。


「新手か?」

「光栄に思うといいですわ。私の鎖に絞められて逝くことを」

 アスモデウスの周りに、まるで蛇のように鎖があつまってゆく。その一本一本が、彼女の意識とつながっているように、アスモデウスはそれを自在に操ってみせた。


 アスモデウスは鎖を行使し、グシオンを絡めとろうとした。俊敏な動きを見せるグシオンは襲い来る鎖を躱し続ける。

 しびれを切らしたアスモデウスは鎖の一本を千切って手に持ち、鞭の要領でグシオン目がけて叩きつけた。


 状況が不利と判断したグシオンは逃走を図った。アスモデウスはそれをからめとろうとしたが失敗に終わった。グシオンは家屋の屋根に乗って高く超えていく。


「……ふう、申し訳ございませんサラ、逃がしてしまいました……」

「今、一仕事終えたって感じのため息が」

「ああ、あなたの接吻の一つでもあればあのケダモノを八つ裂きにして差し上げるのですが……」

「いや、それは無理」


漫才じみたやりとりに興じる二人を愛実とベルが眺めていた。愛実の視線に沙羅が気付いた。

「あ、愛実……これは、その……うん。この娘が知らせてくれたんだ。愛実とベルちゃんが危ないって。それで、契約なんだけど……この娘がそばにいることを許すってだけで大丈夫だって。供物の質が低いとかなんとかで、力は格段に落ちるらしいんだけど」

「本当? ……でもさ、浅葱さんにはどう説明するの? 拾ったペットと同じようにはいかないと思うけど」

「うん……まずは真面目に紹介するよ」

「まずはって、終始ちゃんと紹介しなきゃダメでしょ」


 四人が家に戻ってアスモデウスを浅葱に紹介した。すると、浅葱は

「……そうですか」

という淡白な反応を見せ、中断していた本に取り掛かった。


 愛実とベルは部屋に戻った。なんとなく、二人は目が合わせられない。二人は部屋の対角線側に座り込んだ。

「……なあ、愛実」

口火を切ったのはベル。

「……何」

「……アスモデウスいるじゃん」

「いるね」

「ガチだと思う?」

「ガチ、って?」

「いや、沙羅に本気で惚れてんのかなって。あのエロ女」

「なんか本気みたいだけどね。人違いみたいだけど」

「人違いか」

「そうそう」


「愛実、いや、なんか大変だったんだな」

「ベルだって、あんなことになって」

「いや、アタシは最初はあんなこと抜かしてたけど、今となっちゃ後悔はないかな。愛実はさ、もう大丈夫なのか?」

「だいじょうぶだって。私がどうしようもない自己中女だってことはバレたけど」

「その自己中で人が助けられたんなら、それでいいだろ」

「……いいのかな」

 距離を探るような会話が続く。

「そうそう、ベルがこの前行ってた本当の沙羅がどうのこうのって言ってたの、思い出したよ」

「あ?」

「本当の自分が何をしたいか、そんなことも分からないで他の人をわかろうとするなんて、無謀にもほどがあったなって」

「そりゃそうだ。でもよ、自分のやりたいことなんてちょくちょく変わるもんじゃねえか? アタシはほら、バアル・ゼブルになった時は皆を守るんだーって息巻いてたけど、今は美味いものが食いたい。何千年後になってやりたいことが変わったやつがいるんだし、決めなくていいって。それに、また一つ増えた。お前を何が何でも生き返らせて見せる、ってな」

「えー? なんかベルらしくないなー」

「てめえ、アタシだってあんなの見せられたら少しはかわいそうだ、とか思うわ!」

「そうだね、夜寝るときは真っ暗にしないでおくからねー」

「調子に乗りやがって……」


 なんだかんだ軽く口論をしながら付き合っていくのがベルとの関係なのであろう、と愛実は思うことにした。ベルと話すのに集中し、過去の記憶とは向きあおうとはしなかった。

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