第30話 アスモデウス
翌日、愛実と沙羅は城南高校へつながる坂道を歩いていた。昨日学校からの連絡で、連続殺人事件は終了したという警察の報告を受けて、警察の巡回の中で登校が解除されたのである。
登校が解除されたのには、アンドラスの犠牲となった城南高校の生徒、佐田頼香の葬儀が行われるのもその背後の一つであった。葬儀の予定が今日だったのと、警察の連絡があったことを受け、学校は登校解除に踏み切った。そして、アルゴ・ローゼンがこの街で「悪魔憑き」を呼ぶことも。
事件の終了、という言葉に多くの生徒が首を傾げただろう。愛実と沙羅はその言葉の示す意味を知るため、その言葉の異質さ、異様さに打ちのめされることになった。
愛実も沙羅も、そこまで学校が好き、というわけではない。それでも不安な状況の中で顔を見ることすらできなかった学友と顔を合わせることは心の安らぐことであった。彼女らのクラスメートも、同じ心細い気持ちだったようで、涙の再会となった。
また、電話口で連絡をとっていたものの、ヴァネッサと顔を合わせたのもしばらくぶりのことであった。
愛実はヴァネッサを見つけると、声をかけて手を振りながら駆け寄った。
「おはよう、ヴァネッサさん」
もはやクラスメートの怪訝な視線など彼女の眼中になかった。また、ヴァネッサも微笑みを返した。
「おはようございます、愛実さん」
「あ、脚治ったんだ」
「お陰様で」
「良かった!」
「それで、アルゴ・ローゼンの件なのですが」
「え? ヴァネッサさんってアルゴって人と知り合いなの?」
「ええ、少しばかり因縁がありまして。以前申し上げたと思いますが、私は本来いてはいけない、不正な特使。それで、彼が正式な特使というわけです」
「そうなんだ。ヴァネッサさん、彼は議会派の人だって言ってたよね。全ての悪魔をデーモンデビル関係なく潰そうとしてる人たちだって。……それで、そのアルゴさんがどうしたの?」
「昨日彼と戦いました」
「えっ!?」
「――強敵でした。従えるは不死身のフェニックス。我らファルシの教典に描かれる天使の一体です」
「不死身……天使? 天使って、もうこの世にいないはずじゃ」
「その例外が、フェニックスなのです。朽ちることのない肉体を持つ彼は、現世に残ることを選択しました」
「そうか……ありがとう。わざわざ教えてくれて。それで、アルゴがいたってことは」
「確実に行動を起こしている、と見て間違いないでしょう」
「行動を起こしている? どういうこと?」
「彼は会見で三日待つと言いました。ただ、行動を起こさないとは言っていません」
「そんな、屁理屈みたいな……」
「お恥ずかしい話、そういった屁理屈をこねて存続を勝ち取ったのが我らファルシということです。異教の神々に難癖をつけて、悪魔として封印した我々、その系譜を継ぐ議会派の連中ならやりかねない」
「……止めるの?」
「ええ。何としても。ただ、フェニックスを倒すのはほぼ不可能。ならば契約者のアルゴを倒すしかない。」
「倒すって、殺しちゃうってことなんだよね、……ダメだよ、どんなこと」
「ダメでもするのが私たちファルシオンなんです。私の職業、悪魔祓いと言うのはそのために存在するもの。暗殺だろうが何だろうが、どんな汚い手段に手を染めようが成し遂げる。私の背後に続く、栄光を守るために」
「栄光……それって、本当に価値のあるものなの?」
「ええ、命をかけてでもつかみ取る価値がある」
やがてクラスは体育館に呼ばれ、三度目の全校集会が始まった。校長が登壇する。連日警察などと連絡をとっているのか、顔はすっかりやつれてしまっている。
「みなさん、毎日のように異常事態が続き、大変心細い日々を送られているかと思います。ですが、一つ良い知らせがあります。城南町で起きていた連続殺人事件、それは無事終了しました。我々教職員一同、ほっと胸を撫でおろしているところです」
校長は一息置いて話を続ける。今までは些か表情に明るいものが見えたが、途端にその表情に暗い陰が差した。
「しかし、今は混乱の中にあります。ファルシオンからの特使が、日本に悪魔が脱走したと発表し、彼らをここに集めようとしています。この件についても我々は全力で調査を進めています。皆さんにお願いしたいのは、どうか今まで以上に気を付けて生活してほしい、ということです。分かっているとは思いますが、絶対に軽はずみな行動はしないこと。とにかく、調査が終わり次第連絡を回します。それまでは疑わしい場所に行かないこと、これを守ってください」
校長は「疑わしい場所」とだけ言ったが、それが何を指すかは火を見るより明らかであった。話を聞いている教職員や生徒の安全性をほんの少しだけでも高めるためか、またはアルゴと同郷の転校生であるヴァネッサに配慮したか。
「それじゃあ、愛実とヴァネッサは頼香さんのお葬式に?」
「うん」
全校集会が終わり、解散となった。沙羅が愛実のクラスにやってきて、会話をしていた。
「じゃあ、あたしは誰かと帰るね」
「いや、待って」
教室を出ていこうとした沙羅を愛実が止めた。
「何?」
「沙羅もお葬式に来てほしい。辛い思いをさせるかもしれないけど、そっちの方が、私とヴァネッサさんがいるほうが安全だと思う」
沙羅はしばし考えた。そして、愛実たちの提案に乗ることになった。
「うん、そうさせてもらおうかな」
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