第29話 炎の輪廻
城南町体育館は、近くに城址があることもあり、比較的開けた広い土地がある。
ヴァネッサとアルゴは、その広場の中で睨み合っていた。言葉はない。ただ緊迫と殺気が、二人を昂揚させていた。
ヴァネッサが胸のペンダントの封印を解放した。同時にアルゴが腕に止まらせていた鷲を飛び立たせる。凍り付くような夜に、二対の爆炎が吹き上がる。
そして契約者二人は視線をぶつかり合わせたまま、広場の隅へと移動していった。
炎の渦が立ち上り、炎魔ベリアルがその姿を現す。鷲が大気を炎に変換し、翼が巨大化する。不死鳥フェニックスが真の姿を現した。
小手調べとばかりにフェニックスが炎風を繰り出す。ベリアルはそれに応戦し、炎の壁を築いた。二対の炎が爆発し、あたりを熱風が吹き上げる。生えていた草木や備え付けてあった杭が数本吹き飛んだ。
炎の中をベリアルが走り出し、跳躍。長身のベリアルの寸ほどもあるフェニックスの華奢な首目がけて拳を叩きつける。
視界が晴れ、ベリアルの姿を認識したフェニックスは、しかし防ぐことはできなかった。全力の鉄拳が首を粉砕し、地面に勢いよく落下する。
「どうした、不死身なんだろう。歯ごたえがないぞ」
ベリアルはフェニックスを嘲った
「ク。クハハハハハ……! 口ほどにもないな、ベリアル!」
フェニックスの首が瞬時に再生する。ベリアルは再び粉砕しようと拳を振り上げたが、彼の直感が危険を警告し、すぐさまその場を退いた。
その直後、彼らが戦っていた広場のあちこちが爆ぜた。ベリアルは直撃は免れたものの、爆風に巻き込まれ負傷していた。
――なんだ、今のは。
ベリアルは様子をさぐるため、フェニックスから距離をとって飛び退いた。しかし、その着地点でまたもや爆発が起き、ベリアルは紙屑のように吹き飛ばされた。
「が――は――ッ!」
「クハハ、どうした、その程度か!」
「舐めてくれるなッ!」
ベリアルは吼え、右の拳を地面に打ち付けた。炎の壁が一瞬立ち上がり、炎が晴れた頃にはベリアルの分身が八体生成されていた。
「炎を利用した虚像か。いいぞ、もっと儂を楽しませよ!」
「はああッ!」
分身は不規則に、バラバラのタイミングでフェニックスに攻撃をかける。
――肉体が不滅ならば、心を折るまで!
一方、ファルシオンの契約者同士も組み合い、交戦を始めていた。
ヴァネッサはマーシャルアーツと呼ばれる、本来演武として使用される格闘流儀を暗殺に特化させた自己流の格闘を得意としていた。腕で大振りの裏拳を放つと見せかけて爪先で相手の脛を狙い、貫手で関節や頸動脈を貫こうとしていた。アルゴの得意分野は軍用格闘技。伝統に全くこだわりを持たない彼は外部から護身術を持ち込んでいた。それがヴァネッサをはじめ、ファルシや教会の伝統を重んじる者たちに白い目で見られる原因となっていたのだが、彼は全く気にすることはなかった。
二人の戦闘形式は真逆であり、お互いがお互いの技、長所を潰す最悪の展開を続けていた。とうとうしびれを切らしたヴァネッサは懐から拳銃を取り出す。
拳銃は至近距離の戦闘では、火薬で金属の弾丸を打ち出すという本来の役割は望めない。しかし金属製の質量をそのまま打撃武器として用いるのは可能である。
ヴァネッサはその重量武器をアルゴの頭めがけて振り下ろした。しかし、銃を握ったヴァネッサの手首がアルゴの肘で阻まれ、銃は届くことはなかった。アルゴが両腕を薙ぎ払い、ヴァネッサと距離をとる。そして彼も拳銃を取り出すとすかさずヴァネッサの頭部目がけて発砲した。ヴァネッサは頭を逸らすのみでそれを回避してみせた。アルゴの発砲の隙を突き、ヴァネッサもアルゴの首筋に狙いを定める。しかし、引き金を引く直前にヴァネッサの拳銃はアルゴの腕で逸らされ、明後日の方向を撃ち抜いた。アルゴはヴァネッサに銃口を再び向けたが、ヴァネッサが自分の拳銃を打ち合わせ、軌道を逸らす。
二人の戦いは、自らの銃の軌道を確保しながら相手の銃の軌道を潰すという泥沼の戦いに変貌していた。どれほど修行や鍛錬を積んでも、彼らは一般人であることに変わりはない。拳銃の一発は二人にとって必殺の一撃なのだ。
フェニックスとベリアルの交戦は、相変わらずベリアルが劣位のままで続いていた。
ベリアルの幻影が一つ、また一つ、爆風に巻き込まれ潰えてゆく。
ベリアルは膝を突きフェニックスを睨みつける。フェニックスの嘲笑うような笑みが彼の脳にじりじりと響いた。
「さて、そろそろ頃合いか。楽しませてもらったぞ、ベリアル」
フェニックスが一段と激しい炎をまとう。ベリアルは観念したかのように目を瞑った。
突如、けたたましいサイレンの音が二人を襲った、高く鳴り響くサイレン。鳥の姿をとるフェニックスは聴力が発達しており、この音によるダメージは一層大きい。地に這いずり、苦しみ悶える。
「貴様、何を……?」
そう言って体育館を見ると、何度もしのぎを削った炎の影響で体育館の窓ガラスが溶け、耐火に優れた建物が黒く焦げ始めていた。そのため、体育館内にあった火災報知機が作動したのだ。
ベリアルはフェニックスが動けないのを見ると、アルゴと戦っているヴァネッサに声を掛けた。
「ヴァネッサ、潮時だ、退くぞ!」
ヴァネッサはアルゴから距離を取ると小さく頷き、その場を去った。ベリアルがその後を追う。
残されたアルゴは服の袖をまくり、輪のような紋章を露出させた。そして、フェニックスに声を掛けた。
「命司天使フェニックス、わが元へ」
倒れていたフェニックスは鳥の形を失い崩れ、そしてまるで時間が逆流するかのようにアルゴの腕に鷲の姿で止まった。
「ずらかるぞ」
「あ、ああ、そうだな」
アルゴが去った直後、消防車がかけつけた。火災報知機は、火災を感知するとすぐに消防に通報が行く仕組みになっていたのだ。消防車を降りた隊員は開口一番、
「何がどうなった」
開いた口がふさがらなかった。
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