第23話 契約の代償
「ありがとう、約束守ってくれて」
「君こそ。こんなメッセージを送ってくるなんて頭でもイカれたのかと思ったけど、律儀に来たんだね」
男が自分のスマホを突き出して見せる。そこには「九時半に中央公園前で話がしたい。他の人のメッセージは返さないで」という旨の愛実のメッセージがあった。
一段と寒さが増し、空気ですら肌を突きさすような夜。二人の契約者と二人の悪魔が向かい合う。
「それにしても、どうして僕が分かったんだ、十和田さん」
聞きなれた男の声。認めたくはないが認めざるをえない。クラスメートの頼香を殺したのは――
「皆協力してくれたんだよ、あなたを止めるために。――田淵くん」
田淵資憐。彼女に人畜無害な印象を与え続けていた生徒。それがアンドラスの契約者としてここに立っているのである。
「なるほど。いつもよりメッセージが多いと思ったらそういうことか。もちろん返事はしなかったけどね、君の指示で」
「お願い田淵くん、こんなことは止めて。分かったでしょう、頼香さんがいなくなって悲しむ人がいたの」
「止める? 止めてどうするんだ? 僕はもう止まれない、止まりたくないよ」
「罪を償うんだよ。もう償いきれないけど。殺してしまったみんなに謝ってよ……」
資憐が呆れたようにため息をついた。
「十和田さんなら分かってくれると思ったんだけどなぁ。分かってる? 僕たちはとてつもない力を手に入れたんだよ? この力があれば望むことは何でもできる。選ばれたんだ、僕らは」
「その望みが、こうやって人を殺すことだって言うの?」
「そう。今この国は平和そのものだけど、それはみんなが力を使うことを怖がっているからなんだ。力を使うことによる代償を怖がっているだけ。実際はほんのひと押しで平和なんて、幸せなんてメチャクチャに壊してしまえる。みんなに知って欲しかったんだ、それを」
平時の彼とは違う。愛実は確信していた。目は闇の中でも爛々と輝き、声色は興奮に満ちている。まるで買ってもらったばかりの新しいおもちゃを自慢する子供のように。
「何のために?」
それでも愛実は彼を止めようとした。最悪の事態だけは避けなければならない。資憐もまた、顔も知らない誰かの大切な人なのだ。その思いが愛実の心を支配し、突き動かしていた。
すると、資憐は視線を落とし、少しだけ落ち着かせて語りだした。
「……尊敬する兄貴がいたんだよ。親父が早くに死んじまってさ、俺が家を守るって必死だった。勉強を頑張って医学部に言ったんだ。……それがさ、何もしてないのにさ、通り魔に殺されちまった。……なあ、教えてくれよ、今幸せに生きてる連中と死んじまった兄貴、何が違う? どうしてアイツらはぬくぬくと生きている? 教えてくれ……教えろよ! お前もそうやって無意味に生きてるんなら、食い殺されたって文句は言えねえだろ!」
資憐は一枚の紙を空に掲げた。するとその傍らに黒翼魔アンドラスが降り立った。
「そんなこと知らなかった……田淵くんがそんな辛い思いでいたことも。だったら、寄り添うこともできたのに! 悲しい思いをしてるのは君一人じゃない、そんな人たちと心を寄せ合うことだってできたのに、どうして君が憎む人と同じことをしてるの!」
「そうそう。君の呼び出しに応じたのは僕にも考えがあってね。人を食わせるだけじゃあまり強くならないんだよ。だったら悪魔を食わせればもっと強くなるんじゃないかなってね。だから君の悪魔を置いて行けば命は助けてあげてもいいよ。君の賢明な判断に期待する」
資憐は話にも取り合おうとしない。代わりにアンドラスに武器を構えさせた。途端にアンドラスの、捕食者の視線が愛実を射抜く。
「もう限界だ、愛実! アンドラスを倒して契約を終わらせるしかない!」
ベルが姿を現し、愛実に訴えかける。
「ごめん、ベル。頼むよ!」
「ああ、分かった! 体を貸せ、何もかもぶっ壊してやる!」
ベルが量子化し、愛実に憑依した。現れた大鎌を振り上げる。
資憐は諦めたように、冷たく吐き捨てた。
「アンドラス、殺せ」
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