第22話 決戦

 昼過ぎになって帰宅した愛実を、いつになく興奮した面持ちの沙羅と浅葱が出迎えた。その様子を見ると、調査の結果が出たのだろう。愛実も慌てて靴とコートを片付ける。応接間のソファに腰かけた愛実に、沙羅がテーブルの上にノートを開いて見せる。


 「あくまで噂だから参考にならないかもしれないけど、『最近変わった行動が増えた人』と『事件の時間の前後に現場付近にいた人』はいないかって聞き込みしてみたらね、そこそこ絞り込みができて……愛実のほうは?」

「ヴァネッサさんから話を聞いたんだけど、例の悪魔の契約者って、教会のお札を持ってるみたい。だから協会の司祭さんから、最近お札を渡した人についていろいろ教えてもらったんだ」


 二人は調査の結果を照らし合わせた。すると、一人の人物が候補として浮かび上がった。

「まさか、そんな……」

 愛実は両手で口を覆った。

「……候補に挙がった以上、調べない訳にはいかないよ。それがたとえ愛実のクラスメートでも」

「でも、悪魔の反応はなかったんだよね、ベル?」


 愛実は隣で難しい顔をしているベルを覗き込んだ。

「ああ、そもそも反応って言っても悪魔がどのくらいいるのか、とかいう細かいことは分からない……待てよ、あのベリアルの契約者、今日は学校には来なかったんだよな?」

「……うん」

 突然、ベルが両手で頭を抱えた。

「なんで気づかなかったんだ……! 今日の学校でも悪魔の反応があったんだよ! お前のすぐ近くに! そうか、ベリアルの反応だけかと思ってたんだけど違ったのか! ベリアルが来るより前に、お前が契約するより前に、契約者になってた奴がいる!」


 「決まりだね、愛実」

沙羅がスマートフォンを取り出す。


「沙羅、何を……」

「その人が契約者、もしくは契約者に繋がる糸だってことは分かった。だから親しい人に連絡をとって確認する。最近変わったことなかったか、って」

「でも、証拠も何もないのに」


「証拠をもとに動くのが警察なら、証拠があると信じて動くのが探偵でしょ。……これは探偵がやっちゃいけない領分だと思うけど。大丈夫、ドジは踏まない」

「連絡してどうするの?」


「説得して契約を切らせる。もし逆上したら、ベルとベリアルの二人で仕留めてもらうことになる。ベル、いける?」

「やってやる。あの野郎、今度こそブチのめす」

 ベルが力強く頷いた。


「沙羅、もし戦いになった時は私に考えがある。だから沙羅は説得に集中して」

「分かってる。それじゃあ三人で、いや、浅葱も入れて四人で。悪魔を止めよう」

「え? 浅葱さんも何かしてくれたの?」

「お夕飯の支度。いつもやってくれてるでしょ。それに、あたし達のやることにとやかく言わないって約束してくれた。だからあたし達も早く終わらせよう」




 「そうですか、契約者の目星が」

愛実の電話口で、ヴァネッサが少し暗いトーンで応える。

「うん。今日やらなかったら、また誰かが、って思うとね」

「これは直前まで伏せておこうと思ったのですが、そういうことなら愛実さんにもお知らせしたいと思います。早朝にアンドラスと交戦したとき、私は契約者の左腕を撃ちました。」

「撃った? 撃つって銃で? それ銃刀法とか――」

「今はそんなこと気にしてる場合ではないです。とにかく、左腕を庇うような動きを見せる男がいたら、恐らく彼がそうだと思います」

「ありがとう。終わったら、連絡するね」

「はい、どうかご無事で」




 ヴァネッサはそれを最後に通話を切った。表情には影が差し、瞳は憂いを帯びていた。

「何だ、随分と優しいじゃないか」

 ベリアルが下卑た笑みを浮かべる。

「いえ、特に優しさなどは。……興味本位で調べたことで、ここまで憐憫の情を起こさせるとは意外でした。十和田愛実、なんて哀れな人」

 学生寮の机の上に置かれた、大きな封筒に視線を落とす。その中には愛実の経歴を全て露わにする書類が息を潜めていた。





 時刻は夜九時を回った。愛実は何かが自分を揺さぶっているのを感じ、目を覚ました。夕飯を済ませた後、いつの間にかソファの上で眠ってしまっていたようだ。

 沙羅が今にも泣きだしそうな表情で愛実の顔を覗き込んでいた。

「愛実、いろんな人に聞いてみたんだけど、誰もソイツと連絡取れないって……どうしよう」

「どうしようったって、そんな奴がやってることは一つだろ」

 ベルが沙羅を押しのけ、愛実の腕を引っ張って立ち上がらせる。

「……行くぞ、愛実」

「うん」

 愛実はまだぼんやりする頭をなんとか覚醒させた。二人は部屋を出て玄関に向かう。

「ねえ、あたしも。あたしも連れてって。足手まといにはならないから」

 二人を沙羅が引き留めた。

「ダメだよ、沙羅。待ってて」

「でも、あたし、まだ何もできてない。何も役に立ってない――」

 沙羅は不意に訪れた柔らかい感触に、言葉を綴るのを忘れた。

「何言ってるの。沙羅はずっと頑張ってくれた。これからは私に任せて。大丈夫。絶対帰ってくるから」

 愛実は沙羅を抱きしめていた手を放し、出口へと駆けだした。ドアが開き、冷たい風が入って来た後、ドアが閉まり、部屋はすっかり静まった。


 沙羅は堪えきれなくなり、浅葱のもとに駆け出し、抱きしめた。

「私……止められなかった……! 嫌だよ、死んじゃやだ、愛実……!」

浅葱もまた、唇を噛みながらも言葉には出さず、泣き出した沙羅の頭を撫でたのであった。


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