第21話 町はずれの教会、その境界

 「最近の騒ぎはご存知ですか?」

 ヴァネッサはまっすぐ、実雪の心に向き合うように問いかける。一方、実雪は三人と目を合わせず、目を伏せたままで応える。

「はい……」

「なぜ何も行動を起こさないのですか? 今も無実の人々が犠牲に……」

 ヴァネッサは追及をやめ、口をつぐんだ。実雪の脚が義足であったことに気付いたのだ。

「すみません。しかし、この身では動いたところで迷惑をかけることになります。今も自分の無力さを呪っています」


 「そちらの事情を知らず、申し訳ありません。一つだけ、お答えいただいてもよろしいでしょうか」

ヴァネッサは口調を和らげた。

「私に分かることならなんでも」

「最近、護符をお渡しになったことはありますか? 悪魔祓いの」

「はい、何人かこちらにいらっしゃいました」

「特徴などは覚えていますか?」

「ええ、ここに人がいらっしゃることは珍しかったから……でも、何のために?」

「護符を悪用して悪魔と契約した者がいるようです。私たちはそれを追っています」

「……分かりました。できる限り協力させていただきます」

 そういうと実雪は虚空を見つめ、記憶を辿りはじめた。


 「……高齢の女性、学生のような風貌の少年、太り気味の青年の男性……以上ですね? ありがとうございます」

 ヴァネッサは実雪の提供した情報をメモし、頭を下げた。

「はい。……すみません、私のせいで、罪なき人々が犠牲に、そしてあなた方にこんなことを」

「自分を責めるより、亡くなった方々が安らかに眠れるように祈りを捧げてあげてください。それがあなたにしかできないことのはずです」

 愛実も頭を下げ、三人が実雪の前を立ち去ろうとした時だった。

「……待ってください」

 実雪が三人に声をかけた。

「私からも一つ、お願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」



 数分後、愛実とヴァネッサはバスに揺られていた。平日の昼間ということで乗客は少なかった。ぬるい日差しがバスを照らす。

 バスに乗り込んでから二人はずっと無言を貫いている。二人ともそこまで明るい性格ではない上に、今朝の悲劇とそれを防げなかった無力感で参ってしまっていたのだ。

 「愛実さん」

 沈黙に耐えかねたか、ヴァネッサが口を開いた。

「なに?」

「あなたはどうして戦っているのですか? 失礼ですが、あなたは戦いが好きなようには見えない。もしよければ教えてください」


 愛実は曖昧な笑みを浮かべながら、答えた。

「どうして……ね。私さ、この前悪魔に殺されちゃって。今はベルと契約してるから少しだけ生きてられるらしいんだけど。ベルが元の姿になれば、私も生き返るかもしれないっていうんだけどね」

「そんなことが……それでは、あなたは命を取り戻すために?」

「それもあるんだけど。私はこの命を使って人を守ろうと思ったんだ。誰もが誰かの大切な人なんだよね。頼香さんは特別親しい友達じゃなかったけど、死んじゃって悲しむ人がいっぱいいた。大切な人を奪うような人は許せない。だから戦おうと思ったんだ」


「あなたも誰かの大切な人です。それを知っているなら戦って身を危険に晒すことはしないはずです」

「そうだね。でも、私は人が死ぬところをただ見ているだけなんて死んでも嫌なんだ。沙羅や浅葱さん、それにベルには迷惑をかけてると思う。けど、それが私のやりたいことだから」

 愛実は遠くを見るような目で告げた。


 「そう、だったのですか……」

ヴァネッサが返答に困窮したそのとき、バスの車内放送が会話を中断させた。ヴァネッサこの時ほど無機質な機械音声にありがたみを感じたことはなかった。

「ここで降ります。付き合っていただき、ありがとうございました。それではまた。」

「うん、お大事にね」

 言葉を交わしてヴァネッサはバスを降りた。愛実とベルを乗せたバスが遠くに過ぎ去ったのを目で追って、ヴァネッサは歩き去った。

「ヴァネッサ、ここで降りて良かったのか?」

 ペンダントの中から咎める声がする。

「ええ」

 ヴァネッサはそれに冷ややかな返事をした。

「ところで、日本には戸籍という制度があるそうですね」

 懐からファルシオンの捜査委任状を取り出す。

「貴様、まさか」

「どのみち同盟はアンドラスを討つまでです。いずれ敵になるかもしれない者の情報は集めて損はないでしょう。それに、彼女には純粋に興味があります」

 そう言って、ヴァネッサは「城南市役所前」の停留所を後にした。


 「お前が戦うっていうなら、それでいいんだけどよ」

ベルと二人きりになった車内で、話を聴いていたベルが口火を切った。

「なんでそんなに守ろうとするんだ? 戦おうとするんだ? アタシには分からない。どうして自分より他人を優先できるんだ?」

「うーん……」

 愛実は顎に指をあててしばらく考えたが、

「わからない!」

 清清しい回答を出した。


 「お前なあ……」

ベルはすっかり呆れてしまったらしい。頭を抱える。

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