第16話 同盟
「大司祭のお嬢様か、凄いね…… ヴァネッサは何かお仕事やってるの?」
「大司祭といっても今は形式的なもの、私なんかはさらにその末端ですので、たいしたことは」
「沙羅、ヴァネッサさんは先輩だよ……」
しばらくして、三人にベルゼブブ、ベリアルを加えた五人は沙羅の部屋に集まってケーキに舌鼓を打っていた。ヴァネッサを部屋に呼んだのは沙羅であった。ヴァネッサにお近づきになるための口実なのだろうが、慣れない戦闘での疲労に参っていたヴァネッサは二つ返事で賛成した。見慣れない来客が二日続いたためか、浅葱は一瞬凍り付いたがすぐにいつもの調子に戻り、三人を応接間に促して引っ込んだ。
「でもさ、そのファルシオンの人がどうして悪魔と契約してるの?」
スプーンを軽く舐めながら、沙羅は質問を投げかけた。ヴァネッサは軽く押し黙り、それから押し出すように話し出した。
「先ほど、私はファルシオンの特使と申し上げましたが、実は正式なものではないのです。私は密命を帯びてここまでやってきました」
「密命?」
「はい。ファルシの悪魔は、本来土着の異教の神々だった、ということはご存知でしょうか」
「へ? 何て?」
沙羅は首を傾げた。
「ファルシ教とは違う宗教の神様が悪魔になっちゃった、ってこと」
愛実は沙羅に耳打ちした。
「あ、そういうこと」
沙羅が納得したように頷く。その様子を見て、ヴァネッサが言葉を続ける。
「悪魔は全部で72柱。その中に、先程申し上げた異教の神々であるデーモンと、純粋な魔物であるデビルが混在しているんです。私の使命は、その中のデーモンを守ること。ベルさんも、私と契約しているベリアルもデーモンです」
「守るって、何から?」
途端に、ヴァネッサの表情が険しくなった。
「ファルシオンの正式な特使からです。ベルさんたち悪魔が現れたのは、悪魔が封じられた教典が日本に持ち込まれ、封印が解かれたことが原因です。ファルシオンの多数派は、デーモンもデビルも関係なく、全てを抹殺して有耶無耶にすることを目論んでいます。ファルシの敷いた圧制の生き証人であるデーモンたちを皆殺しにして、です」
愛実と沙羅、そしてベルの背中に寒気が走った。
「ま、抹殺……。ってことは、ヴァネッサは少数派の大司祭の依頼を受けてここに来たってこと?」
「はい。それで、三人にお願いがあります。先ほど襲っておいて酷いことだとは思いますが、私と同盟を結んでほしいのです。連日、人を喰らう悪魔を討つために。ええ、これは相麻探偵事務所への正式な依頼です」
「人を喰らう……それって」
「はい。ここ数日騒ぎになっている連続殺人の犯人、それは契約者ではないかと考えているのです。愛実さんが契約者だと分かって襲ったのは早合点でした。しかし、早いうちに手を打たなければ騒ぎは大きくなり、ファルシオンの悪魔祓いが派遣されることになります。そうすれば私の存在が露見してしまう」
「愛実」
沙羅は、手を組んで黙っていた愛実に声を掛けた。愛実は顔を上げた。
「うん、一緒に戦うなら協力させてほしい」
ヴァネッサが顔を綻ばせ、手を差し出した。
「待ってください」
愛実がその手を取ろうとした瞬間、浅葱が姿を現し、制止した。
「ヴァネッサさん、貴方は愛実さんを危険に晒そうとしていませんか」
「同じ目的を持つなら協力しようというだけです。そもそも、悪魔との契約そのものが危険なのですが、なぜ彼女は契約したのですか?」
「それは……」
浅葱は言いよどんだ。沙羅が千笑の家に出かけたとき、憔悴の余り何もできなかったことを回想したのであろう。
「ヴァネッサ、浅葱を困らせるのは許さないよ」
代わりに沙羅が強い口調でヴァネッサを制止した。ヴァネッサはこれ以上の争いは無意味とばかりに追及を取りやめた。
「いいでしょう。この同盟は愛実さんとベルさんの意思に委ねます」
愛実は少し逡巡する様子を見せたが、意を決したようにヴァネッサに向きなおった。
「よろしく、ヴァネッサさん。一緒に悪い悪魔を倒そう」
今度は愛実からヴァネッサに手を差し出した。ヴァネッサがその手を取る。
「ええ。よろしくお願いします」
「では、私はファルシオン特使の権限を使って警察の資料を閲覧してきます。あなた方は探偵のツテで聞き込みを」
「へえ、ファルシオン特使ってそんなこともできるのね。でも特使ってバレたらまずいんじゃない?」
沙羅が感心したように頷いてみせる。
「ファルシオンは各国の宗教的な事件の警察権を代行できるので。それに、身分証は偽名登録しているので問題ありません」
「分かった。それじゃああたし達は四人で聞き込みをしてみる。向こうに感づかれないようにね」
「よろしくお願いします。悪魔同士が近づくとその存在に気付く、という特性があります。こういうときはむしろ契約者でないお二人が重要になると思います」
重要、と言われ沙羅が生唾を飲み込んだ。
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