第15話 交戦

 「強えな、反逆の天使の名は飾りじゃねえってことか」

「お褒めに頂き光栄。褒美には貴様の命を頂こう」

ベルはベリアル相手にすっかり防戦一方となっていた。純粋な力比べでも劣る上に、ベリアルは発火能力を駆使し、ベルの攻撃を乱していく。振り上げられた大鎌が、拳から噴き出す炎によって形作られた攻防一体の盾によって遮られる。その炎を突き破り、灼熱の拳が放たれる。ベルは身をよじり、直撃を回避することしかできなかった。勢いを殺しきることはできず、バランスを崩し転倒する。


 「そろそろ本気を出したらどうだ、ベルゼブブ。お前の力はその程度ではあるまい」

「悪かったな、これで全力だ」

ベリアルは追撃の代わりに倒れたままのベルを見下ろし、罵倒を投げかける。

「全力? は、人を喰らっておいてそれか」

ベルは心外な言葉に眉をひそめ、背の高い炎魔に言い返した。

「おい待て、アタシは人を食ったりしてねえぞ」

しかしベリアルは取り付く島もないといった態度で、ベルの弁明を切って捨てた。

「は、暴食の化身がほざくか。まあ興ざめではあるが、これ以上食い散らかされてはこちらとしても不都合だ。とどめと行かせてもらおう」

「クソ、話くらい聴けっつうの……!」


 ふと、ベルは視界の隅に黒い影を捉える。こちらに接近してくるようだ。それに伴って輪郭が見え始めた。影は黒い瘴気をまとい、手には長物を持つ。それを振りかざして――

「おい、後ろだ! 死にたくなければ避けろ!」

ベルの声に、ベリアルは判断より先に行動を優先させることにした。後ろにいたヴァネッサを抱えて横に反れる。次の瞬間、一条の斬撃が走り、コンクリート製の道路を深く切り裂いた。


 「てめえ、何のつもりだ」

回避に成功していたベルがこれ以上ない殺気を、謎の襲撃者に向ける。襲撃者は何も応じることなく、背中の二対の黒翼を広げ、ベルとアンドラス目がけて急降下をした。

「話が通じないケダモノか、余計タチが悪い! 業腹だが力を貸せ、狩りと洒落込むとしよう」

 ベリアルがベルの傍に並び立ち、迎撃の構えをとる。

「精々殺されるなよ、てめえには借りをたっぷり返さねえとな」


 わき目もふらず突撃してきた影に対し、ベリアルは炎の壁を展開し、ベルと両脇に移動した。影は火炎に怖気づくことなく、壁を突き破った。

「はあああっ!」

「であああっ!」

 道路の真ん中に着地した影に、ベルとベリアルが挟み撃ちの攻撃をかけた。影は一切の防御行動も回避行動もとることはなく――

「――何ッ!?」

 ベリアルに対し得物を突き出した。完全に不意を突かれたベリアルは拳を直撃させることができなかった。そして、影の得物はベリアルの右手を滑っていた。切断には至らなかったものの重症であろう。


 ベルの大鎌は影を捉え、背中を切り裂き、翼を一つ切り落とすことに成功していた。ベルもまた、影の不可解な行動に呆気にとられていた。そのせいで一瞬、出遅れることになる。

 影はベリアルからベルへと、標的を変えた。首だけを逆方向に動かし、武器を勢いよく振るう。それを受け止めた大鎌への衝撃が、それを持つ手にも伝う。ベルは危うくそれを取り落としかけた。ベルは改めて、自分の使っている体が愛実の、貧弱な人間のものであることを思い出した。


 「やってくれるじゃねえか」

ベルが口元を歪ませた。影の持つ武器、ハルバードを大鎌に絡ませる。影が武器を引き抜こうとするも、刃が擦れる音がするだけである。それを見ると、影は力を入れ、力尽くでハルバードを奪い返そうとした。その瞬間、ベルは勢いよく大鎌の「柄」を引き抜いた。柄は仕込み剣になっていたのだ。

 「これでも――喰らいやがれ!」

ベルの不意を突いた一撃は影に吸い込まれ、体を一直線に切り裂いた。黒い体液が迸る。攻撃は効果的だったようで、影は数歩よろめき、残っている翼を羽ばたかせ、逃亡を図った。

「逃がすか!」

 ベルは追撃を仕掛けようとしたが、影が武器を薙ぎ払ったのを見て身を引いた。直後、斬撃がベルの足元を抉った。そのわずかな時間で影は空高く飛び去っていた。


 「はあ……」

追撃を諦めたベルはその場にへたり込み、憑依を解除した。ベルの姿が分裂し、愛実が現れる。戦いの間、陰に隠れていた沙羅が愛実を抱き起した。

「ねえ、何があったの……?」

息も絶え絶えに、愛実はベルに問いかけた。

「なんだ、憑りついてる間は眠ったままなのか」

「そうみたい……疲労は残るみたいだけどね」

 愛実は電柱に手をかけて立ち上がった。沙羅が愛実を支える。

 ヴァネッサは右手を抑えて塀に寄り掛かっていた。鮮血が手の甲を伝っている。愛実はついさっきまで対立していたことも忘れ、ヴァネッサの元に駆け寄った。沙羅とベル、ベリアルはその様子に呆気に取られていた。


「大丈夫!? 待ってて、今血を止めるから」

 ヴァネッサはそのままの姿勢で首を横に振ってみせる。

「優しいのですね、ですが大丈夫です。止血くらいは自分でできますから」

 そう言うと、ポケットから包みを取り出し、その中の包帯を手首に当てがった。手際よく処置をこなす様を、愛実は見とれたように眺めていた。


 「ありがとうございます、お陰様で助かりました、愛実さんも、ベルゼ……失礼しました、ベルさんも。それと、誤解をしていたようで、申し訳ありませんでした」

ヴァネッサは立ち上がり、愛実とベルに頭を下げた。

 「礼ならダメグミに言え。アタシは得体の知れない奴を先に始末しておきたかっただけだ。逃がしたけどな」

ベルは照れ臭そうにそっぽを向く。

「いえ、私は……その、ベルが言ってた契約者って、ヴァネッサさんのことだったんだね。良かった、悪い人じゃなくて」

 愛実は安堵したように頬を緩ませた。

「人気のないところで襲ってくる奴が悪い人じゃない訳ねえだろ……」

 ベルが一人、毒づいた。

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