第13話 炎の転校生
その朝、愛実は酷い寒さを覚え、目を覚ました。ベッドから転げ落ちていたのだ。ふと、視線に気づき天井のほうを向く。真上からベルが覗き込んでいたのだ。
「おはよう、いつからそうしてたの?」
寝ぼけまなこをこすり、あくびをした。あくびは人や動物にうつるというが、悪魔にもうつるようで、ベルもあくびをしてから答えた。
「お前がそこに落ちてからずっと」
「そう……一人分のベッドを二人ってのはなかなか難しかったね……今日沙羅んとこから予備の布団借りてこようか……」
「そんなのどうだっていいからさ、飯にしようぜ、飯。人間の体って不便だな、眠くなるわ腹は減るわ」
「うん、じゃあ待ってて……」
「沙羅の所で食うのか?」
「そうだけど?」
さも当然といった風に返した愛実に、ベルは何か思うところがあるようで何か言いかけたが、止めた。愛実はすでに寝間着を脱ぎ捨て、制服に着替えはじめていた。
沙羅の部屋の台所に立った愛実は戸棚を物色して、ホットケーキミックスを取り出した。作業にかかる愛実を、ベルがしげしげと眺めていた。
「……別にテレビとかつけていいんだよ?」
「いや、今はこっちを見てたい。どうやったらその粉が茶色い円盤になるんだ?」
「そっか。でもまだ時間かかるから、二人を起こしてきてくれる? 廊下を突っ切った先だから」
「……悪魔に人を起こさせるか、普通」
ベルが不満そうに口をとがらせた。拗ねる悪魔なんているのだろうか。愛実は少しほほえましい気分になった。
「ごめんごめん、大盛りにしとくから。優しくね」
「はいはい、分かったよ」
しばらくして、沙羅と浅葱が起き出してきた。ベルもその後ろだ。
「さ、寒い……」
「おはようございます、愛実。……ベルさん」
「おはよう、愛実、浅葱さん」
「愛実、今日転校生が来るんだって? 愛実のクラス」
「そうそう、って、なんで知ってるの?」
朝食の席。沙羅の言葉に、愛実は目を丸くした。
「友達からメールで聞いたのよ……別に黙ってなくたってよくない?」
「別に黙ってたわけじゃないよ、特段話すことでもないかなって」
「……そうなの? いいなー、ファルシオン出身のお嬢様だよ? 会ってみたいけどなー。あ、昼休みにでも見に行こうかな」
「アイドルかなんかじゃないんだから」
会話が打ち切られ、三人の注意は自然とテレビのニュースに向けられる。
「……嘘、またここで?」
ニュースは、今朝未明に近くで殺人事件があったことを告げていた。警察は「昨日」の件も含め、連続殺人事件として捜査することを発表したという。
「ねえベル、昨日のアレは……悪魔の仕業なんだよね?」
愛実が横でホットケーキを貪るベルに尋ねた。
「ああ、当然だろ」
「じゃあ、今朝の似たような事件ってことは、似たような悪魔がやったってこと?」
「いや、同じヤツだろうな。こんな派手にやらかす奴が何体もいてたまるか。昨日殺した奴なら、多分これとは関係ない。あいつは死肉を漁りに来たようなもんだろ」
「じゃあ、早く止めなきゃ――」
「ちょーっと待った」
沙羅が二人に割って入った。
「言わなかったっけ、危ないヤマには突っ込むなって」
「そうだけど……でも」
「でも? あたしは愛実が危ない目に遭うのが一番嫌」
「もし悪魔の仕業だとしたら、私だけができることだと思う。千笑ちゃんみたいに悲しい思いをさせる人は増やしたくないよ……!」
沙羅は言葉に詰まる。
「アタシはダメグミに賛成。このまま何もしなくても、コイツ死ぬぜ? だったら悪魔追ってたほうがいくらか望みはあんだろ」
ベルは愛実を支持した。
「……守れるの? あなたに愛実が」
「約束はできねえ。ただ命は張ってやる。アタシの一人しかいない契約者だからな」
沙羅とベルの間に張り詰めた空気が漂う。
「ほら、早くいかないと遅れちゃうから」
「……そうだね」
とりあえずこの場はおさまることになった。
二人が玄関まで向かうと、ベルが出口で待っていた。
「え? ベル? どうしたの?」
「どうしたって、お前について行くに決まってんだろ」
「いやーごめんねベルちゃん。うちはペット禁止なんだよ」
「誰がペットだ! ……はあ、この姿になるの好きじゃねえんだけどよ」
そう言った瞬間、ベルが二人の視界からかき消えた。
「え? 手品? 時間ないんだけどあたしたち」
「手品でもなんでもねえよ、ここだここ」
「ん? うわあああっ!?」
沙羅が絶叫して跳びあがった。彼女の肩には拳ほどの大きさのハエが止まっていた。
「なんだよ、ビックリさせないでよ……全然可愛くないマスコットだなコレ」
「可愛くなくて悪かったな。ほれ、ダメグミ、どこに入ればいい?」
「……制服の中は勘弁して」
「お前ら殺すぞマジで」
数分問答をつづけた後、結局愛実のバッグの内ポケットがベルの居場所となったのであった。
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