第5話 シオカラその3
「トルソォ~!トルソはどこいったぁっ!!!」
船長は殆ど怒号のように叫んだ。重力変動で山が逆さまだったり、湖が空中に浮いていたり、地面が螺旋状になっている以外はのどかな平原だったし、人もめったに通らない港だったので、役場の誰に聞いても見てない知らない存じないだった。忽然と姿を消した最年少のクルーを探してヌェリドキアスの女船長は船員全員に尋ねた。
「だから眼を離すなってあれ程いったろう!何やってたんだお前ら!」
「ふざけんなよ船長、真っ先に眼を離してたのはアンタじゃねぇか!」
レックスが反論する。
ぐぬぬという顔になった、と思うといきなり真顔になる。
「あ゙っ!港の崖に落ちたのかもしれない゙っ!」
というとすぐさま役所を飛び出そうとした。人の話を全く聞いていない、相当あせっているなと船員達は顔を見合わせた。
「落ち着け、デバイスで連絡すればいいだろう。」
ジェゾがそういうと、皆それもそうだといってトルソに呼びかけてみた。返事はなかった。船長は落ち着きのない顔でイライラと貧乏揺すりをしている。今度は「デバイスで位置を確認すればいいだろう。」とジェゾがいった。皆もそうだそうだといって試み始めた。位置確認の操作方法が複雑だったのでそこはアテナが手早くやった。全員のデバイスにトルソの位置が表示された。何のことはないこの先の崖近くにある丘だった。
「ホラ見ろ、冷静になれば子供の居場所なんてすぐ……。」
ジェゾがデバイスから顔をあげると船長の姿は既になかった。ガランガランと鈴が鳴り今時古風な手動扉がゆらゆらと開閉を繰り返していた。
一同は「ハァ」とため息をついてのそのそと船長の後についていった。
心配した職員が一緒になって案内してくれた。一同が端末の位置に向かうと、果たしてそこにはトルソのリュックがあった。デバイスの類も一式リュックにぶら下がっており、いつも機械を弄繰り回すのが大好きなトルソのリュックは、メンバーの中で一番ゴツく多機能なものだった。そのリュックの鼻先には底なしの崖が広がっており、重力変動の所為で今もそこかしこで時折岩が砕けたり物質が崩壊する音が聞こえてくる。
「おい、そういえば船長はどこだ?」
ジェゾが言い出し、皆一様に不思議がった、自分たちより真っ先にとんでいった船長がここにいないのは確かに変だ。
「落ちちまったんじゃねぇのか?」
レックスがそういうと職員はそれはないと否定した。
「この崖はいまだ重力変動で落ちたもんが端から“上に落ちる”んですわ。もし落ちでもしたら、そのぉ……相当酷い有様になってそこらじゅうになんかしら散らばってる筈です……」
職員は詳細を濁して伝えたがつまり一度崩壊した重力の中にはいった肉体はねじ切れて粉々になり、“上に落ちて”そこらに散らばるという事だろう。確かに危険な崖に近づかないよう背丈ほどのフェンスが聳え立っている。金網で作られたものなので子供でも乗り越えようと思えば乗り越えられるかもしれないが、ないよりマシだろう。一同は今そのフェンスの内側に入り崖を除いている。
「ここに落ちたら一環の終わりですわ。地獄に一番近いとこですけぇ。」
くわばら、くわばら、そう職員がいった瞬間、彼の足元からズボっと手が生えてきた。
「ンギャー!!!!」
職員は甲高い悲鳴を上げてレックスの腰に抱きついた。レックスがそれをうっとうしそうに離すと、出てきた手はそのまま頭、胴体、腰、足とどんどん地面から昇ってきて、最後に黒いコートについた土を払った。顔に土ぼこりがついて酷い事になっている。
「いたか?」ジェゾがたずねると、「い゙な゙い゙…。」
焦燥と憤怒、心配、様々な感情が入り混じり地の底から這い出たかのような声が帰ってきた。まぁ地の底から這い出てきたのだが。
「あ…あんたこの崖さ入ったのけぇ?」
職員は目を丸くして聞いた、信じられない事だ。この中に入るという事は空間そのものの湾曲した世界に潜るということなのだから。そんな事をしたらたとえ如何なる硬度をたもつ物質でも、空間がグニャグニャなのでそれに応じてひん曲がってしまう。しかし目の前の女性は土ぼこりと鼻水で顔が酷い事になっている以外は全くの無傷だった。どこがどうなったのか湾曲空間はこの女性を滅茶苦茶に引き裂く事はせずそのまま地面に埋めるだけで済ませてくれたらしい。職員は奇跡に感謝した。胸をなでおろし、「神様からの贈り物だ、もう二度とこんな危ないところ入ってはなんねぇ!」と注意した。
しかしアテナとレックスが平然と、提言した。
「もう一度降りてよく探してみたらどうかしら?」
「そうだぜキャプテン、暗くてよく見えねぇだろ?もっかい潜ってこいよ。」
「あんたら自分の船長殺す気ですかっ!?」
職員は目を丸くしていった。
ジェゾは「腑に落ちん、」と前に出て崖とリュックを交互に見る。
「なぁ、もう一度、何か思いだせんか?こんな短い距離で、子供がちょろちょろはぐれるなんて、トルソは何か言っていなかったか?」
するとアテナが「あ、そういえば。」といった。「なにぃ!?」船長がすごい勢いと形相でアテナに注目した。「あ、いや、あのこ、この赤いタンクに妙に興味津々だったなって思っただけよ。」船長の勢いに言い訳するような調子になってしまったアテナはふて腐れた顔になった。そこで皆がタンクに注目するとレックスが口を開いた。
「なんじゃこりゃ?ヌェリドキアスの重力制御装置にそっくりじゃねぇか?」
「あの子もそんな感じの事いってたわ。」
アテナが付け足した。
船長はまじまじとその機械を見た。たしかにどこからどうみてもヌェリドキアスの重力制御装置だ。トルソが彼女の船にあわせて作ってくれた、宇宙で一つのヌェリドキアスモデルだった。
「あんのじいさん、撤去したのにまたこんなもん置いて!」
職員がそう呟いた。それを聞いてジェゾが尋ねた。
「この装置を作った人物をご存知なのですが?」
「ええ、この先の山に住んでいる海洋人のじいさんですわ。昔は宇宙船の修復や整備を行う工場の親方だったんですがね、数年前の事故で家族も仕事場も亡くして、それからはずぅ~っとわけのわからんもんばかりつくって、この前もこの装置を無断でコロニー中に設置しとったんで、回収するよう注意したばかりなんですわ。気がふれたんじゃないかって噂になっとるんです。」
なんでも起動した装置の所為で地震が起きて警察沙汰になったらしい。
「昔は頑固でも職人肌のまっつぐな人だったんですがねぇ…やっぱり何もかも失うと人はああなっちまうのかねぇ…。」
職員は気の毒そうな顔をしてその爺さんの事を話した。
「うーん、手がかりはそこしかないかなぁ? どうする船長?」
レックスが振り返ると船長はもういなかった。
「はっや。」
ヌェリドキアスいちの俊足を誇るレックスですら呟きながら腕を組んだ。アテナも犬の鼻からスーっと息を吹き、仕方がないという顔で風の吹きすさぶ方向を見た。
数分前、トルソはイカノシンの自宅にいた。炬燵に入り、お茶とせんべえを進められ恐る恐る手に取っていた。
「お前たちの世代だとミックスフレバーキャンディだのミックスフレバーソルトだのなんでも沢山の味があるお菓子がええんじゃろうが、生憎ここにゃ餡子とか、煎餅とか、茶しかない」
「はぁ……」
トルソは曖昧な返事をした。いきなりつれてこれて殺されるかと思ったら、和室に上げられお饅頭を貰った。ちょっと待っておれといわれてまだ抜けきらぬ恐怖の中逃げ出そうか考えていたらイカノシンは消毒液を持ってきてトルソの擦りむけた傷に吹きかけた。崖に落ちかけたとき少し擦りむいたのだ。「こんなもんでいいじゃろ。さぁ本題じゃ!」とイカノシンはまた奥に入り、何かが崩れてドカドカと音をたて、「クソっ!」とはき捨てるように言うと老人はまた戻ってきた。手には巻物状の3D映写機が握られていた。イカノシンはいきなりそれを炬燵にひろげると先程のタンクの重力波形パターンや、組み立て構造等の詳細なデータが広がった。トルソはそれを見ると、自分の現状も忘れて立体データ表に夢中になった。
「どうじゃ! どこが悪い!? おぬしわかるか?」
イカノシンは姿勢を正して教えをこうようにクラゲのような子供を見つめた。
「どこが……って、何に使うためにこの重力装置を作ったの?」
「そりゃコロニーの重力変動を直すためにきまっとるじゃろがい!」
まだ何も知らないのに無茶みたいに怒る老人だな、とトルソは思った。恐る恐る自分の意見を言う。
「それじゃあこの重力変動を起こした怪獣の波形パターンを組み込まないと……」
それを聞くとイカノシンが額をペンと叩いて痛快といった顔になった。
「やはりそうか! それで上手くいくんじゃなっ!?」
「僕は船の重力制御装置に使ってるだけで、コロニーぐらい大きくなると想像もつかないけど……。」
「船にぃ?」
「兎も角、これじゃあ出力が足りないと思うよ。何個も量産して、重力変動が起きている場所をホチキスで止めるみたいに一つずつ設置しないと。」
「そこまでわかるのか! お主やるのぉ! わしはそれに気付くのに数ヶ月もかかったぞ!」
そういわれてトルソは急に恥ずかしくなった「いやぁ……」とか「エヘヘ」とか言っている間にイカノシンが立ち上がってぐるぐると歩き始めた。トルソもその行動の意味がわかっていた。何か考え事をするときやアイデアがでそうな時、トルソも歩いてグルグルとその場を回る、なんだか椅子に座ってじっとしているよりずっと考えの“流れ”がよくなる気がするのだ。トルソは自分と同じ癖を持つこの老人に急に親近感を覚え始めた。
「それに設置するだけじゃだめだと思う。全部いっぺんに反転させないと、一部だけ重力が食い違ったらそこにある物体が横や真上に落ちちゃうよ。それもすっごい勢いで、多分」
イカノシンは信頼できる者に向けるまなざしで指をさした、その指は興奮で震えている。
「そう! その通りじゃ!」
「お主ならどうする!?」
イカノシンは胡坐を組んでトルソに対面した、乗り出さんばかりだった。
「あの空間連結装置は起動時間にコンマ1秒のズレも起こさないように動力に直結させたものなんでしょう?」
「くぁ~~~っ! お主どれだけ素晴らしいんじゃ、神童かっ!!」
トルソもかぁ~っと熱くなってきた。
こんなに褒められて嬉しいのはいつ以来だったかわからない、船長だってレックスだって整備や創作の腕を褒めてはくれるが、目の前にいるのは自分と同業の人間だ。 トルソにとって彼は同じ立場で自分を認めてくれる存在だった。
そんな人物は初めてだった。
「う、うん、あのね、僕も最初はそれでいいと思ったんだ。でも、重力変動にも濃度があるでしょ? 濃いところと薄いところ、両方に同じ調整をかけちゃうと力が不均衡なんだ」
「うんうん! その通りじゃ! ワシもそこに頭を悩ませておる。」
イカノシンは頭を激しく上下させた。
「濃度の濃いところはすぐに制御をかけて、濃度の薄いところは時間差で制御をかければいいと思うんだ。重力がひっくりかえるタイミングさえ合えばいいから。多分タイマーか何かで十分だよ、一度安定しちゃえば後の補強作業はずっと簡単だし」
「タイマー!? あっそうか! そんな楽な手が……しかしどうする? 重力変動の反転時間なぞ計算できるのか?」
「僕の船では計算しているよ。宇宙怪獣と戦う事もあるからね。自動で波形パターンを測定して艦の重力が影響を受けないよう設計した保護機能があるんだ。防御用に造った装置だけど応用すれば使えるんじゃないかな」
イカノシンはくらくらするような顔でトルソを見た。
「お主、その年でそんなものを作ったのか……」
「うっうん」
はぁ~っとイカノシンは顔をほてらせた。
「宇宙は広いのぉ~……」
なんだかトルソはこの老人がそんなに悪い人間ではないような気がしてきた。
「おぬしが装置を試運転させる前に来てくれればもっと楽だったんだが」
ん?
悪い人間ではないような気がしてきた矢先にとんでもない事を聞いてしまった気がする。あの装置の状態は完璧とは程遠い。起動させたらどうなるかも、想像に難くない。
「もしかして、あの状態で動かしたの? 全部?」
「当たり前じゃ! あれでいけると思ったんじゃからな!」
絶句した。どうなったのか、湾曲した重力は制御装置の圧力でもみくちゃにされて弾けとんだ事だろう。このじいさんの所為で大地震が起きたんじゃないだろうか?トルソは恐る恐る聞いてみた。
「何が起きたの?」
「お、う、うむ、途中でこりゃまずいと思って止めたからの、ま……それなりに……」
「それなりって?」
「あの逆さまになった山があるじゃろ? あそこから何個か岩が弾け飛んで街の鼻先に建物ぐらいの岩がころがったんじゃ。だがそれも重力崩壊現象の一環だと思われたようじゃ、いや、まぁ実際タイミングが重なっただけでわしの装置の所為じゃないかもしれんしの。」
最後のは完全に言い訳だった。
「死人とか出てないよね?」
「なっ! 何をいうか、それは……勿論。」
(それは…って。)
トルソは海洋人の爺さんのしどろもどろな様子から相当きわどい事になったのを察知した。
「なんでそんな焦るの? おじいさんのやろうとしている事はすごい事だよ? 皆に理解してもらおうよ。そしたら皆手伝ってくれるよ」
「いや、理解してもらう必要はない」
そういうとイカノシンは「よっこらせ」といって立ち上がった。「どうしたの?」とトルソが言うとイカノシンは振り返りもせず外に出ながら答えた。「装置の改良じゃ、お主のお陰で改善点も見えてきたしの。」そういうとしばらくして家の隣にあるガレージから工場特有の鉄の響く音やエンジンの駆動音が聞こえてきた。トルソは炬燵でどうしたものかと思案していた。箪笥の上の写真を見ると、イカノシンを中央に大勢の作業服を着た人々が立ち並び、後ろには工場らしき施設があった。この老人は工場長だったのだろうか、トルソは外に出ると家裏を覗いてみた。エンジンと土ぼこりの臭いが漂う庭のガレージに、腰の曲がったイカノシンが先程の装置をいじっている姿があった。それは長く工作に携わった人間の背中だった。
「火花が眼に入ると危ないぞ。」
イカノシンは振り向かずそういった。トルソは自前のゴーグルをつけてイカノシンに近づいた。
「おじいさんはどうして一人で作ってるの? 写真みたよ? あの中から手伝ってくれる人はいないの?」
イカノシンは振り返らず答えた。
「わしの工場は丁度宇宙怪獣の飛来地点での、皆殺されちまったわい」
トルソはそこで口をつぐんだ、このコロニーに数十年前起きた事、そしてその後のこの景色、不用意に聞いてはいけない事だった。ちょっと考えれば分りそうな事なのに、愚鈍な自分を苦く感じた。今日はあと何回「どうして僕ってこうなんだろう?」と思えばいいんだろう。そう思うと急に体を動かしたくなってきた。
「あのさ、あのさ、おじいさん、僕もそれ、手伝っちゃダメかな?」
「何?」
「いや、だって一人で大変でしょ? 手伝ってくれる人もいないし、重力崩壊の濃度とか、僕なら分るよ! おじいさんの助手になれないかな?」
「それは有難いが、断る。」
「えっなんで!?」
「これはの、わしと奴の戦いなんじゃ。」
「奴?」
「わしをこんなめにあわせたあの憎たらしい奴じゃよ。」
トルソは宇宙怪獣の事かと思って合点した。
「それなら、尚更手伝わせてよ。僕ね、宇宙怪獣の事でこのコロニーに来たんだ。仕事だよ?」
「ワシのやっとる仕事とお前たちのやっとる仕事は違う。」
「なんで? 同じ事でしょ? 協力しようよ。」
イカノシンは一人黙々と作業をしながら黙っていた。トルソも黙って返事を待った。イカノシンはこのままこの子供が立ち去る様子もないし、そもそも連れてきたのは自分なので、話を続ける事にした。
「お前たちの仕事は、金を稼ぐための仕事じゃろ?」
「うん」
「それは、それでいい、じゃがわしの今やっている事は違う。誰に頼まれたわけでもない、老い先短いじじいだから出来る事じゃ、生活など捨てても成し遂げたい仕事じゃ。我侭といってもいい」
トルソはもじもじと老人を見た。
「僕の船長は、お金も沢山稼ぐけど、すんごい損するような事もするよ? 危ない事だって一杯するし、皆怒ってるのに気にしないし、きっと船長はすごく我侭だと思うんだけど。だから、僕の仕事って、多分、お爺さんのいう仕事の事なんだろうけど」
イカノシンは乾いた笑いをした。
「ハハ、お主の船長もなかなか骨太な人間のようじゃな。フハハハ……ゴホッゴホッ!」
血を吐いた。最近安定してきたから油断していた。吐いた血が回転する機械の駆動部分にかかって慌ててエンジンを切った。早く拭かないと不味い、子供に見られているからといって隠している場合でもなかった。もう金がないのだ、壊れたら機材を買う余裕等ない。
「おじいさん血が……」
「ハァ……老い先短いといったろう。悪いが気分が良くない、帰りなさい」
「でも……」
「はぁ、わかったわかった! 突然つれてきたのは悪かった。じゃがお前もわしの機械を勝手にいじろうとしたろう? おあいこにしてくれんかね?」
「そうじゃなくて、おじいさん……血……」
ショックなのかトルソは同じ言葉を繰り返した。それがイカノシンの余裕のなさを怒りにかえた。
「そうじゃよ! 血じゃよ! 何がおかしいんじゃ! おぬしにも流れてるじゃろ? ん? いきとるからの! じゃがわしゃ後数ヶ月でくたばるんじゃ! 焦って何が悪い!」
老人は吼えた。停止させたエンジンのせいで雑音もない、庭には静寂が訪れた。トルソは怯えた表情になってただただ老人の顔を見つめる事しか出来なかった。
イカノシンは深呼吸していった。
「わしゃ死ぬんじゃ!」
トルソは黙っていた。
「わしは、死ぬし、怒っている。やり場のない怒りじゃった。コイツを作るまでは。」
イカノシンはゴンっと装置を叩いた。
トルソは何も言わないでゴーグルをはずした。
「我侭じゃが、これはわしにとって戦いなんじゃ、小僧。誰にもわしの仕事には関わって欲しくない! ワシの戦いに横からちゃちゃなど入れられたくない!」
トルソは泣きそうな顔になった。
大人気ない事をしていると老人は分っていた。自分の死を悟ったとき見つけてしまったあの悦びは、誰にも邪魔されず成し遂げたかった。こんな子供を泣かせてまでやりたい事なのか、周りに迷惑をかけてまでやりたいことなのか、わからない。だが、立ち止まったらこの熱が冷めてしまう予感があった。そして自分の命はこの熱とともにあると確信していた。イカノシンにとって今この目的を手放す事は恐怖の根源に触れるようなものだ。
「すまんのボウズ。」
そういうとイカノシンはドリルを掲げてついた血を拭こうとした。その時である。
ズドン!
……と音がして家の庭に煙が立ち上った。
風がぐるぐると吹き荒れその中心に女が立っていた。その形相は怒りで塗りつくされており、額には血管が浮き出ていた。
「このクソジジイ! その武器を捨てて大人しくしろっ!」
船長は今にも飛び掛らん勢いだった。イカノシンは突然飛来してきた女から守ろうと背中にトルソをまわそうとした。船長はそれを見ると「この野朗っ!」といって飛び掛り、イカノシンが振り回したドリルのレーザー噴射口を手づかみした、そこからは宇宙船の装甲さえ切削させるエネルギー刃が出ていたのだが船長はびくともしなかった。
「なんじゃこいつはっ!」
イカノシンは驚愕の声を出すと同時に空中にふっとんだ。船長が片手でガレージの外に放り投げたのだ。船長はそのドリルに血がついているのを見て激昂した。状況が悪かった。獅子のように揺らめく金髪が光を放ち始める。「てめぇ……」といってそのままずんずんと呻く老人に突き進み、ぐいと胸倉を掴んで高々と老人を吊り上げる。
するとヌェリドキアスのクルーたちも遅れてやってきた。
ジェゾが他に老人の仲間がいないかぐるぐるとあたりを見回し、レックスがその俊足でトルソの後方に回って保護した。アテナが両端のデバイスで周囲の索敵を開始している。
「皆!?」
トルソはびっくりして叫んだ。
「おう! もう大丈夫だからな! トルソ!」
「まったく、ちゃんと後ろについてきなさいっていったでしょ? トルソ!」
レックスとアテナが交互に言った。
「ぶっ殺してやる」
船長がそういうともう眼が「ぶっ殺す」時の目になっていた。トルソも何度が見た怖い船長の目だった。こうなった船長が「ぶっころ」さなかた時は数える程しかない。
「ヤダァ!!!! やめてぇ~~~~~~~~っ! やめて! やめて! 船長っ!」
トルソは泣きそうな声で叫んだ。周囲の全員予想外の反応に吃驚した。
「あ゙んっ!!?」
「そのおじいさんは悪い人じゃないよ! 離してあげてっ!」
「何言ってんだよ、悪い人じゃなきゃそのドリルの血はなんだっ!?」
船長がいった。
「おじいさんの血だよ! 病気なんだ! すごくわるい病気なんだ!」
全員が固まった。
「ゴホッ! ゴホッ!」
イカノシンは再び吐血した。その血が船長の顔にかかった。船長はゆっくりと老人を下ろすと、見下ろした。腕が折れている。やってしまった。船長は心の中で呟いた。
「おいおい嘘だろ!? どうすんだよ!?」
「これは、流石に不味い事だぞ……」
レックスとジェゾが船長に言った。レックスは完全に焦り、ジェゾも息苦しそうに唸った。トルソが見るとアテナは今にも舌打しそうな不機嫌な顔だった。流石の船長も青ざめた様子で直立していた。
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