第4話 シオカラその2


 ドックから外の公道に続く橋は50mの直線だった。重力変動の影響で一度真っ二つに折れたのであろう、橋の真ん中は補強され、その下には底が見えないほどの裂け目が幅15m程に広がっていた。下を覗いていたトルソに「落ちんなよ。」とレックスが注意した。トルソはとことこと先をいく一同についていった。


 「ねぇアテナ、あれ、ヌェリドキアスの重力制御装置に似てる。」

トルソがそういうとアテナもちらと裂け目を見た。確かに粗末で錆びた赤いタンクが散見出来る。


 「コロニー補強用の部品かなにかじゃない?」

アテナはそのテの事に点で興味が湧かない様子だった。


 「ちょろちょろしてると危ないわよ?」

そういうと先にいってしまった。


 トルソはその赤くさび付いたタンクが気になってじっくりと見ていた。あの制御装置に似たものは一体なんなのだろうか?何のためにあんな裂け目においてあるのだろう。一度重力変動を起こした場所で人工重力を作動させても、狂った重力場を制御することなんてできないのに。まぁ気のせいかもしれない、我等が船ヌェリドキアスは、特殊な事情で通常の重力制御装置は使っていない。今あの船内で稼動している物はトルソの自作だ、それと形が似ているからといってあれが重力装置とは限らない。気にする程の事でもないのかもしれない、それでも何かが引っかかった。どうしてもあのタンクを近くで見たくなって一堂を抜け出して崖を囲むフェンスを乗り越え、縁に置かれたタンクに駆け寄った。


 崖の縁に近づくと、斜面はやや急だった。荷物でバランスが崩れるので丘の上に置くと、すぐさま駆け下り、フェンスをよじのぼってタンクに近寄った。


 タンクは機能していないようだった。動力はきっと内臓された空間連結装置で反応する代物だろう、受信用のハブが表面に突き出ている。しかし近くで見れば見るほどそれはヌェリドキアスの重力制御装置に似ていた。トルソは好奇心にまけ、ちょっぴりカバーを外して中身を見てみようという気になった。一体どうしてこんなところに自分たちの船のものと同じような装置があるのか。


 「そこで何をしとる!このワルガキめ!」


 トルソは後ろの丘から急に叱責をかまされてびくっと怯んだ。やっぱり触っちゃいけないものだったんだ。という罪の意識と分解しようとしたところを見られた焦りで「ヒィ」といいながら勢いよく飛んだ。後ろが崖である事を忘れて。


 「ぬわぁぁ!!」

イカノシンは吃驚して崖から落ちそうになった子供に駆け寄った。病に冒されて融通が利かない身体だったが、自分でもまだこんなに動けるのか、と驚く程はやい身のこなしだった。丘の斜面も手伝って加速もかかった。すぐさまトルソの腕を掴むと、そのまま渾身の力を込めて引っ張った。子供を担ぐのなんて何年ぶりだろう。懐かしい重みがイカノシンの肢体に伝わってくる。


「何をやっとるんだこのバカモノ!悪戯か!?」


 トルソは先程直面した命の危機で言い訳や受け答えを考える余裕がなかった。

 脊髄反射のように「ごめんなしゃい!」と叫んだ。


「やっぱりか!毎回毎回人のやる事をバカにしおって!」

「ごめんなしゃい!」

「ピンポンダッシュももうやめるか!」

「ごめんなしゃい!」

「ワシはいかれて等おらん、この前のは手違いで、今度は上手くいくんじゃ!」

「ごめんなしゃい!」

「どうせ親がワシの事をバカにしとるんじゃろ?だからお前らガキ共まで空っぽの頭でワシの大望を込めた傑作を……」

「け……傑作?」

「お前の親はバカじゃ! ワシのやろうとしとる事を理解できん愚か者よ!」

「あ、あのぉ……。」

「なんじゃ!」

「あの装置、おじいさんが作ったんですか?」

「そうじゃが、それがどうした?」

「あれって……重力制御装置ですか?」


 イカノシンはそこでトルソの顔をまじまじと見た。こんな子供の落書きみたいなクラゲの宇宙人見たことがない。近所のガキにこんな奴がいたら見覚えぐらいあるんじゃないだろうか? それに近所のガキならこの装置のことをガラクタという。重力制御装置なんて言い方はしない。


「お前近所のガキじゃないな?」

「そっそっそうです、さっききたばっかりで」

「さっききたばかりで何故あれが重力制御装置だと解った?」

「ぼ……僕が作った制御装置に似てたから。」


 イカノシンはそれを聞くと目が飛び出るほど驚いた顔になった。


「作ったぁ!? お前のようなガキが!? 重力制御装置を!?」


殆ど怒鳴り声だった。


「ひぃっ! ……はっはいっ!」

「しかもワシが何年も研究して作り上げたこの特別製重力制御装置と似たものを!?

お前これが宇宙怪獣の……どんな性能かわかるのか!?」

「宇宙怪獣の……重力変動制御装置でしょ?」


 イカノシンは絶句した。そして少し考えてから、しっかりトルソの腕を掴むと丘を昇り歩き出した。


「話がある、こい!」


 老人の有無を言わせぬ様子にトルソは恐怖した。


「ひっ! しっ……知らない人についていっちゃいけないって船長が!」

「わしもお前の船長なんか知らん!」


 ひぃ~と言いながらトルソは連れて行かれた。オンボロのフロートバンに詰め込まれた。その際にアテナやジェゾやレックスや船長の名前を叫んだが誰も助けにきてくれなかった。一人で見知らぬ土地をほっつき歩くなと船長にいつも言われていた事を思い出した。大人の目の届くところにいろと注意されたことを思い出した。さっきだってアテナにあんまりちょろちょろしていると危ないわよといわれたばかりだったのに。トルソはどんどん大きくなる動悸と後悔ではちきれそうになっていた。ああ、どうして僕ってこんなにバカなんだろう……。

 トルソのまわりの大人達は一般的な見本ではないかもしれないが、トルソにとっては良い保護者だった。彼らは仕事上経験する子供には伏せたい事柄を船の中で共有する時、“だんまり”を決め込んで対応してきた。トルソもそれを察していたし、それについて言及する事がなんだか悪い子のする事のような気がして、そうした時はいつももじもじとしていた。今トルソはそうした“だんまり”の当事者になってしまうかもしれないのだ。「あの子は本当はどうなったの?」「あの人は本当はどうして連れてかれたの?」「会えなくなったって本当はどういう意味だったの?」聞きたくてたまらなかった本当の事、今トルソはその本当の事をその命をもって体験してしまうかもしれないのだ。そう考えると急に恐ろしくなり体がかぁっと熱くなった、ヒフがチリチリして触手はビリビリとしびれた。トルソは泣き喚いた。老人はそんなトルソに「黙れ!」っと一括した。車の中に響くエンジンと老人の怒号でトルソはこの世の終わりのような顔になってしまった。

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