2016年8月 接客バトルロイヤル開幕!
「あ、きたきた! ケイロくーん! こっちこっち」
会場に着いたあたしを追本さんと下山さんが迎えてくれる。追本さんは引率で来る、というのは知っていたが、下山さんも応援しに来てくれるとは思わなかった。
「おはようございます」
「おはよう。今日は頑張ってね」
「はい。見ててください。優勝はあたしがいただきますから」
あたしは笑顔で下山さんに応える。そう、今日は接客バトルロイヤルの開催日。今日の日のために特訓までしたし、二人とも応援のために朝早くこんな遠くまで来てくれたんだもの。頑張らなくっちゃね!
「出雲さん、こっちで受付」
「あ、はい」
いつの間にか現れた社員の乙和見さんに誘導されて受付を済ます。相変わらず淡々としてるなー。それにしても、今回の大会の会場。都内某所のホールなんだけど、結構大きめ。なに? そんなに人来るの? でも事前情報だと、社内の人間しか入れないんだよね。あたしの現場の下山さんみたいに、他の出場者のスタッフさんもそれぞれ現場から応援しに来てくれるってことかな。それにしては広すぎる気がするけど……。
「それじゃ、頑張ってね! 真ん前で叫ぶから」
「いや、本気でそれやめてくださいよ」
あたしは追本さんにそう釘を刺して控室に向かう。追本さん、本当にやりそうだから、今回ばかりはほんとに勘弁していただきたい。
* * *
控室に入ると、すでに他の出場者の皆さんは準備を整えていた。あたしも入るなり、赤いエプロンと三角巾を渡された。この三角巾はスーパー勤務の人達は見慣れたものらしい。みんな黙々と頭に巻き始める。あたしはホームセンター勤務で普段はエプロンだけなので(応援に行ったスーパー不死鳥も三角巾なしだった)、みんながつけているのを見ながら見よう見まねで三角巾を装着した。うん。違和感ない……はず!
それにしても、さすが全国から集まった選ばれし戦士達だけあって、その表情は穏やかで良い人オーラがどの人からも出てる。とはいえ、笑顔なんだけど、緊張してるってのも伝わってくる。この感じ、なんだか少し懐かしい。実は一度だけ、女優オーディションに行ったことがあるんだけど、その時の雰囲気にすごく似てる。そうだよね。これから文字通り、同じステージに立つんだもんね。
今回のこの大会、優勝者っていうのはなくて、もちろん順位なんかもないらしい。冷静に考えてみればそりゃそうだよね。接客に一位も二位もないもん。ただ、優秀賞みたいなのがあって、学生の部からは二人選ばれるみたい。今回は過去最多の出場者で、一般の部と学生の部で別れてるんだけど、学生の部は十人。つまり五分の一の確率で受賞できるってわけね! これで受賞しなきゃ、追本さんにも顔が立たない。あれだけ特訓してくれたんだから。
今から戦うことになるこの控室にいる人達は、今日初めて会う面識のない人達なわけだけど。共通点はあって、同じチェックサービスで同じ接客基準でレジを打っているのよね。当然それ以外は住んでる場所も扱う商品も違う。でも同じ基準で毎月点数を付けられている仲間。そう考えると、不思議な出会いなんだな、とふと思った。こういう場を与えてくれた会社と、声をかけてくれた追本さんに感謝しなきゃね。この結果次第で、あたしは――。
「それでは出場者の皆さん、ステージに上がる準備をお願いします」
司会者のお姉さんが扉を開け、そう全員に声をかけてきた。うん。今は自分ができることをやるだけ。さぁ、行こう!
* * *
「今回で第六回目となる、接客バトルロイヤル! なんと、今回は過去最多の二十五名の戦士達が素晴らしい接客を披露してくれます! 一般の部から十五名、学生の部からは十名、全国より集結した戦士達よ、日頃の接客の成果を、このステージで存分に発揮してください!」
司会者のお姉さんが熱のこもった挨拶をすると、会場からわっと拍手が起こった。結構お客さん(?)入ってる!
「――と、その前に、各現場から送られてきた、応援動画をご覧ください」
!!? ん?! 応援動画?? き、聞いてないけど……そんなの。
次々にステージの大画面に再生される動画。各現場のスタッフ達が出場者を応援してる。今あたし達出場者は、ステージ脇で待機するよう言われて待っている状態だ。周りを見渡すと、みんなあたしと同じように困惑の表情を浮かべている。……やられた! これきっと、みんな同じようにサプライズで用意されてたんだ! これのことか、追本さんが忙しくなるとか言ってたのは……。半分嬉しく半分悔しい気持ちでそんなことを思っているうちに、ついにあたしの現場の動画が回ってきた。
『いずもけいろくん! 接客界のニュータイプ! 熱き魂ほとばしれ! コスモを燃やせ! ビーバーハウス埼玉店』
うわー。いつも一緒に働いてる面々が、次々とコマ送りで流れていく。一文字ずつ書いた用紙と一緒に撮った写真を繋ぎ合わせた動画だ。なんだよニュータイプって! なんだよコスモって! これ絶対追本さんが考えたやつだな……。ってか、こういうちょっとふざけた感じの、あの現場の人達やりそうにないのに、よく協力してくれたなぁ……。
他の現場の応援動画に比べるとなんか地味だし、言ってることも意味わかんないけど。一気に冷静になれたし、同時に熱くなってきた。仕事の合間にこんなの、あたしのために作ってくれるなんて。たった四十秒ぐらいの動画だったけど、みんなの応援は受け取ったよ!
「それではお待たせいたしました! 出場者の皆さんの入場です!」
いよいよだ。エントリーナンバーと所属現場と名前を読み上げられ、次々とステージに上がっていく。
「エントリーナンバー9、ビーバーハウス埼玉店、
きた!! 颯爽とステージに上がり、お辞儀を――あれ? 会釈だっけ? まぁいいや、どっちもやろっ! とっさにお辞儀と会釈の両方を続けてをやると、客席から聞き覚えのある笑い声が。くっ! 追本さんだ! そこ、笑うとこ?!
「以上、全国より集まった二十五名による接客バトルロイヤルを開幕いたします! 皆様、今一度大きな拍手をお願いします!」
会場内に割れんばかりの拍手が起こる。みんな同じコスチュームでピシっとした姿勢で並んでいる姿はなんだか圧巻だ。出場者の誰もが緊張こそしているものの、口角を上げ、自信に満ちた表情をしている。さすが、今回の大会に選ばれた接客のプロ達だ。――それでも、あたしは全然負ける気はしないけど!
* * *
あたしの出番は九番目。これは正直ラッキーだった。どんな感じで試されるのか、八パターンも見ることができたわけだから。
仮想お客様のタイプは大きく分けて六種類。①成人女性②成人男性③子供(女)④子供(男)⑤シニア(女性)⑥シニア(男性)――このどれかのタイプのお客さんの接客を二人分、試される。お客さん役はどうやらプロの劇団員がやっているらしく、かなりリアルに演じていて、同じタイプでも店員への要求が違っていた。それでも、そのほとんどが追本さんと特訓した内容に近かった。というより、だいぶ易しく見えた。
「それでは審査を続けます。ビーバーハウス埼玉店、出雲経路さんです!」
「はいっ!」
いよいよあたしの番! 大きく返事をしてステージに向かう。
「一言お願いいたします」
きた! 実演を始める前に、一言コメントをみんな言わされていたんだけど。ちょうどあたしの前の人が美笛社長と出身校が一緒だったらしく、それが結構ウケていた。これは負けられない。そこで閃いたあたしのコメントは――。
「ビーバーハウス埼玉店から来ました、出雲経路です。自分は広島出身で美笛社長とは出身校が違うんですけど、頑張りたいと思います!」
場内に拍手と同時にわっと笑い声が起こる。よし! つかみはオーケー! なんかすでにやりきった感があるけど……ううん。ここからが本番なのよね! 口角を上げ、ステージに設置されたレジの元へ向かうとカゴの位置やレジ周りの様子をチェックする。うん。スーパー不死鳥に応援行ってて良かった。いわゆる据え置き型のスキャナー。大きなパネルに商品のバーコードをスキャンさせるタイプ。ビーバーハウスのハンドスキャンタイプしか知らなかったら、間違いなくハンデになってた。一通りチェックが終わると、
「大丈夫です」
と、ヘッドマイク越しに言った。
「それでは、お願いいたします!」
いよいよ、実演開始!
「いらっしゃいませー」
いつもやっているように、待機時の声かけ。これは実際現場でできてない人が多いんだけど、あたしは違う。自分が接客をしていない時は、声を出してお店を活気づける。
まず現れたのはパターン②の成人男性タイプ。うんうん。小手調べってわけね。前までの人のを見ている限り、一番イージーなタイプ。
「いらっしゃいませ、よろしければこちらどうぞ」
わざとらしくうろうろしていたのですぐにレジ誘導する。
「いらっしゃいませ、お預かりいたします! 350円、150円――」
会釈でお迎えしたあと、カゴの中の商品をどんどん登録していく。
「1438円の、お買い上げでございます! こちら袋ご利用になりますかぁ?」
「あ、大丈夫です」
「こちらでよろしいですか? すみません、ご協力ありがとうございます」
ふふふ! あたしは見逃さなかった。袋いるかどうかを聞くマニュアルなんてないけど、バッチリそのお客さん役がマイバッグを持っていることに気がついた。案の定、袋は必要なかったね。これはポイント高いと思う! そこからはいつも通り金銭授受をして、
「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
笑顔でお見送り。うん。ここまではパーフェクト! さて、お次のお客さんは……おっと、来た来た。杖を突きながらゆっくりと、パターン⑤のシニア女性が近づいてくる。正直言うと、パターン③④の子供タイプだとかなり勝率は上がったんだけど。まぁでも、相手が誰だろうとこれまでの特訓の成果を、見せてあげるわ!
「いらっしゃいませー」
「あーこんにちはぁ」
「こんにちは!」
早速スタッフに絡んでくるこの感じ、実にリアルに演じている!
「こないだねぇ」
「はい」
「お宅で買ったトマトがねぇ、おいしくってぇ」
「はい、そうなんですよ。おいしいですよねトマト」
近寄って行って、おばあちゃん(役)の言葉をもらさないようにする。
「トマトがねぇ」
「そうなんですよ、最近トマトがおいしくて評判なんで」
「良かったわよぉ」
「ありがとうございます」
ちょっとくい気味に応えてしまったけど、おばあちゃん(役)がポンッと肩を叩いてくる。
「今日は店長さんがお休みみたいだけどぉ」
「そうなんですはい、今日はちょっと、はい」
「よろしく伝えといてぇ」
「ありがとうございます、承ります」
うん。雇われ派遣チェッカーといっても、お客さんにはそれはわからない。あくまで、お店のスタッフとしての立ち回りをやる。
「それでね、今日もね、トマトを買いに来たのよぉ」
「トマトですか? こちらに、はい!」
「こないだね、400円くらいしたのよねぇ。今日はおいくらですかねぇ」
「こちらですね、お値段ですよね? 少々お待ちください」
商品棚からトマトを見つけだしたあたしは、値段を調べるためにレジに走る。そして、価格確認をボタンを押してトマトをスキャンしてみる。
「こちら、200円のお買い上げでございますね」
「あら! 安いわねぇ。100円?」
「はい、今日は夏の感謝祭でお安くなっておりますので」
再びおばあちゃん(役)に近寄り、商品棚に取り付けてあった『夏の感謝祭』と書いてあるポップを指し示しながらそう説明する。……実際にそれで安いのかどうかはわからないけど、使えるもんは全部使う。
「どうなさいますか?」
「安いわねぇ。今日もいただいていこうかしら」
「こちらでよろしいですか? お買い上げありがとうございます! 他にお買い求めなかったですか?」
「トマトだけで良いわ」
「かしこまりました! こちらお買い上げで、ありがとうございます。いらっしゃいませ」
トマトをレジまで持って行き、改めてお辞儀をしてお迎えの挨拶動作をする。
「店長さんがねぇ、なんかすごくおいしいのがあるっていうからね」
「そうなんです。トマト推してるんですよね、うちの店長」
ここでわっと笑い声が起きた。よし! 狙い通り! おばあちゃん(役)の一言一言に対して間髪入れずにテンポよく応えてるからね! 我ながらおもしろいって思ってやったことが観客(?)にちゃんと伝わってる!
「今後もよろしくお願いいたします。200円のお買い上げでございます」
「はい? はい? ごめんなさい」
「200円のお買い上げでございます」
「100円?」
「すいません、200円、200円ですね」
この聞こえてない感じもリアルに演じてるなぁ……。なので、しっかりとVサインをおばあちゃん(役)に作ってみせて『200円』を連呼する。
「あぁ、200円ね。聞こえない」
「すいません、ちっちゃい声で、すみません。袋はご利用になりますか? 袋はー……。お客様、袋の方は?」
「はいはい、なんですか?」
「袋の方はご利用になりますか? ビニール袋……」
「袋! 持ってるわよぉ」
「何から何まですみません、ありがとうございます」
「はい! これで」
「すみません、ご協力ありがとうございます。ではこちらにお入れいたしますね」
「……で、ごめんなさい。100円でしたっけ?」
「200円ですね、200円! 200円でございますね」
何回も同じことを聞いてくるおばあちゃん(役)に対して、笑顔でこちらもしつこくVサインをしながら200円を連呼する。会場からは、この若干コントのようなやりとりでさらに笑いが起きる。良いんじゃない? この感じ!
「ではこちら、失礼いたしますね」
「もうこまかいのばっかり貯まっちゃってダメだわぁ」
袋にトマトを入れてあげると、おばあちゃん(役)は財布の中の小銭をジャラジャラと出し始める。これも、あるある。やたら小銭ばっかり出してくるお客さん。もちろん、特訓の時にクリアしている!
「大丈夫ですよ、ゆっくりで大丈夫です」
口角を上げて、焦らず出しきるのを待つ。
「これで足りるかしら?」
「まだちょっと足りないですね。にぃ……しぃ……今61円なんで、あと149円……」
「あら、もうこれで最後だわ」
「でしたら、小銭だけだとちょっと足らない感じですねぇ……」
「足りない? あ、そう。これで良いですかぁ」
結局小銭が足らず、千円札を出してくる。これも実際によくあるシチュエーションだ。
「それではお札でよろしいですか? すみません、ありがとうございます。こちらではお返しいたしますね。……入れちゃってよろしいですか?」
あたしはそう言いながら開けっ放しになっていたおばあちゃん(役)の小銭入れに出されていた小銭をすべて入れてあげる。
「ありがとうございます、すみませんねぇ」
「それでは1000円、お預かりいたします」
落ち着いて金額を打ちこみ、ドロワを開ける。普段自動釣銭機なんだけど、今回のレジは手釣銭のレジ。これも特訓済み。しっかりとお釣を手にとり、
「お先に800円、お返しいたします」
「はいどぉも~。ありがとうねぇ~」
「こちらがレシートでございます。お確かめくださいませ」
「ご親切にどうもぉ~。ありがとうございました」
「とんでもないです、すいません」
っと! トマトの入った袋を手渡そうとすると、こっちも見ずに帰り始めるおばあちゃん(役)! これもよくあるやつ! お金だけ払って満足して商品を忘れていく人!
「お客様! こちら商品です、お客様ぁ!」
すぐに袋を持って追いかける。声をかけるだけでは聞こえてないようなので、おばあちゃん(役)の前に立ちはだかりながら、
「お客様、こちら商品の方を……」
「やだもう~! 買ったもの忘れちゃダメよねぇ~」
そう言いながらあたしの方をパンパン叩いてくる。
「よくあるんで大丈夫ですよ」
あたしは笑顔(というか半笑い)でそう応える。
「ありがとうねぇ~」
「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
最後バタバタしながらも、ちゃんとお辞儀でお見送り。うん、バッチリ! レジに戻り、出しっぱなしだった千円札をドロワにしまって、司会進行役の人の方を向く。
「ありがとうございました! どうぞステージ中央にお願いいたします!」
終わった! あたしは口角を上げたまま、ステージ中央に向かう。
「素敵な接客をしてくれました、出雲さんにもう一度大きな拍手をお願いいたします!」
あたしは拍手に包まれながら一礼をし、そのままステージ袖に向かった。やった。やりきった。特に緊張することもなく、いつも通りのあたしの接客ができたと思う。他の人の実演と比べても、遜色ない。いやむしろ、最後のおばあちゃん(役)とのやりとりは会場の反応から察するに、かなりいけてたと思う! さぁ、あとは結果を待つばかり――。
* * *
「いやー、おしかったねぇ」
「おしかったも何も、なくないですか?」
「そう? 僕的には僅差の判定だったと思うんだけどねぇ」
そう言ってビールを飲みながらカラカラと笑う追本さん。
結論から言うと、ダメだった。優秀賞には選ばれず、参加賞のようなトロフィーと賞状をもらっただけ。大会閉幕後の今、別室に移って懇親会という名の盛大な立食パーティーが行われている。大勢の幹部役員と思われる人達も、この場ではすべてを忘れて大騒ぎしている。皆さん、普段どれほどのストレスを抱えているのか、察し……。
「それにしても」
「はい?」
ぐいっとビールを飲み干して、テーブルに置いてあった瓶ビールを手酌しながら追本さんがにっと表情を緩めた。
「最後のケイロくんの言葉、感動したよ」
「あぁ、あれですか」
あたしは追本さんの視線を少しだけ外しながら返事をした。
「あれだけは、どうしても言いたかったんで」
本当は、優秀賞を取って言いたかったんだけどね。最後の一言コメント――。
『これちょっと、言って良いのかわからないんですけども。半年前まで、うちはEランクDランクの現場でした。だけど、現場リーダーの追本さんが頑張って、今では私がここに出れるくらいの、みんなでAランクが取れるような現場になりました。その現場での、みんなの頑張りがこのトロフィーだと思うんで、胸張って帰ってまた次に繋げたいと思います。ありがとうございました』
これを、このことを本当に伝えたかった。当たり前のように高いランクの中でやってきたわけじゃない。どん底を知って、そこから這い上がってこのステージに立つことができたんだってこと、もっとたくさんの人に伝えたかった。どんな状況であっても、変わろうとする意志さえあれば、変われるんだってこと、伝えたかった。
「まぁそれよりも……」
追本さんは思い出し笑いしながら、
「トロフィーをマイクと間違えるネタの方がインパクトあったけどね」
と言った。うん。あれはネタ。事前に仕込んでいた、ネタなんだよ、うん。
「あ、あそこにいるのはマスター・サクラエビ氏! ケイロくん、挨拶にいこうか」
え? ようやく、お会いすることができる!? チェックサービスにおける接客の母、マスター・サクラエビこと、桜海老さん! 社員の乙和見さんと下山さんも一緒に、四人で彼女の元へと向かう。
「あ、追本くん!」
「お疲れ様です、桜海老さん」
追本さんはハットを脱いで、桜海老さんに軽く礼をする。
「出雲さんね? なかなか楽しませてもらったわ。一番目立ってたわよ」
「あ、ありがとうございます!」
桜海老さんはそう言って握手をしてくる。やっぱり? なかなか他とは違う接客ができたと思うのよね。少しだけ、優秀賞取れなかったことまだ納得いってない。それにしても、近くで見るとすごいオーラ。これが、元祖接客マスター! 彼女はふっと追本さんの方に向き直すと、
「約束通り、ここまで来たわね。埼玉ビーバーハウス、いつもチェックしてるんだから」
と力強く言った。
「ありがとうございます」
「次はSランクね、期待してるわよ! 追本くん」
「はい! 必ず、やってみせます」
追本さんも、桜海老さんの熱意に応えるように力強く返事をした。
その後、桜海老さんと一緒に写真を撮らせてもらい、元の席へと戻り宴の続きを楽しんだ。なんだか、今日一日、夢の中の出来事のようだった。舞台の上で接客の実演をして、社長にも会えたし、桜海老さんにも会えた。自分が普段はホームセンターでレジをしているなんて、ウソみたいな感じ。明日からは、また現実に戻るんだ。でも、その前にやらなくちゃいけないことがある。
* * *
「さぁて、それじゃ埼玉へ帰ろうかね」
「あ、ちょっとあたしは別方向なんで。今日は一日、ありがとうございました」
「あら、ケイロくん、どっか行くの?」
「はい。ちょっと今から――」
パーティーも終わり、乙和見さんとも別れて、埼玉組の追本さんと下山さんが駅に向かおうとしたんだけど、あたしはそう言って駅ではなくバスターミナルの方角へと向かった。あたしは今から夜行バスで広島へと向かう。本当は、今日優秀賞を取れたらそのまま埼玉へ帰ろうと思ってた。でも、取れなかった場合は――。
夜行バスに乗り込んだあたしは、安堵にも似た不思議な気持ちと共に、眠りについた。
【2016年8月接客ランキング結果】
70.39/Bランク
117位/211位(全社)
【結果考察】
先月せっかくAランクになったのに、またBランクに転落。ギリギリ70点台をキープできたから良かったけど……。セールがあったのと暑くかったのと、言い訳にしかならないけど、今回はSランク取得者が少なくてDランク取得者が多かった印象ね。そんな中でもブレずに100点取る上木野さん、本当にすごい……。あたしも今月当たってれば、100点間違いなしのモチベーションでやってたのになー。なかなかそううまくはいかないみたい。さぁ、気合い入れ直して、来月はまたAランクを取り戻さなきゃね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます