2016年7月 あたしのために

「接客バトルロイヤル??」

「そう! ケイロくん、出場してみない?」


 突然目を輝かせながらそう言って迫ってくる追本さん。久々に見たな……、こんなに活き活きとした人。なんかうざいのを通り越して、もはやうらやましい。


「それで、何なんですか、それ?」

「すごいよー! 全国で勤務するうちチェックサービスのスタッフでも、特に選ばれた戦士達がより良い接客を競い合う大会なんよね!」

「全国……ですか」

「そう! 北は北海道から南は沖縄まで! 参加条件はSランク保持者であること。ケイロくんはもちろんパスしてるし、どうかな? 良い経験になると思うよー」


 出た。追本さんの口癖『良い経験』。でも、確かに――。


「出ます!」

「おお! ケイロくんならきっとそう言ってくれると思ったよ! それじゃ早速乙和見さんにエントリー頼んどくね」

「お願いします」


 そう。今のあたしには『経験』が必要なんだよね。他のすべてを忘れられるくらいの、圧倒的な経験が……。


「さぁ、今から忙しくなるぞー。あれをやって、これもやって……」

「って、なんで追本さんが忙しくなるんですか? 追本さんも出場するんです?」

「いやいや、僕は出ないよ。ほら、引率としてさ、やることがいろいろあるんよねー。うっふふっふ」


 うわ……。なんか企んでる顔だ。気持ちわるっ!


「今月中に特訓やるからね、特訓! 心の準備、しといてよー」

「は、はぁ……。特訓ですか……」


 なに言ってんだろ、この人……。


「全国の猛者共と戦うんだよ!? 特訓は必須でしょ!」

「それは確かにそうですけど、接客で特訓ってなにやるんです?」

「今回の大会は第六回目なんだけどね。過去の大会の傾向からすると、純粋な接客技術プラス、ホスピタリティというか。臨機応変に対処できるかっていうところがどうやら肝になるみたいなんだよね」

「なるほど」


 ホスピタリティ、か。最近特に、追本さんもいかにこれを高めていくか考えてるみたい。というのも、接客ランキングでいつもSランクを取っている人が、クレームをもらったからだ。表面上では『良い接客』というやつができていても、心からそれができていないと、どうやらそれに気づくお客さんもいるらしい。だから、真の接客をするには、ホスピタリティが重要なんだって。でも、いわゆる『思いやり』って、良くするためのマニュアルがあるわけでもないし、漠然とした『心』のことだから、それができていない人達にどう指導するかに苦戦してるみたい。そりゃそうだよね。要するに『良い人になりましょう』って言ってるようなもんだから。それで誰でも良い人になれるんだったら、世の中もっと良い世界になっているわけで。難しい問題よね。


「あらゆるシチュエーションを想定した特訓をするから、覚悟したまえ」

「わかりました」

「違う!」

「??」

「そこは、『はい師匠!』」

「は、はい師匠?」

「よしっ!」


 いや、思わず言っちゃったけど、これは失笑だよ……。完全に自分の世界に入っちゃってるなー、追本さん。でも、そう思いつつも、あたしも嫌いじゃないんだよね。特訓とか修行とか。なんかこう、新しい必殺技とかひらめきそうじゃん? なかなか女の子の友達でこの気持ちわかってくれる人いないけど、追本さんならなんの遠慮もなくぶつけられる。今のあたしの……気分転換にはもってこいだ。


  *  *  *  *  *


 梅雨も明け、照りつける太陽。夏はもうすぐそこって感じ。でもその暑さをさらに加速させる男がバイト先で待っていた。


「おはよう、ケイロくん!」

「おはようございます、追本さん」


 あいさつを交わした後、なにも言わずにニコニコと妙な笑顔を見せる追本さん。これは、なにかあるな……とレジ組に目をやると、あたしのラインに赤文字で『〇特』と書いてあった。これは……あれだよね。


「ふっふふふ。見た? レジ組」

「今見ました。これって、例のアレですか」

「そう。例のアレ」

「本当にやるんですね」

「もちろん! 僕はやるって言ったら、やる男だよ!」


 そう言って力強くガッツポーズを見せる追本さん。やる男、ねぇ……。でも本当にやるとは思わなかった。果たして、バイト中に大会の特訓をやるなんて仕事、他にあるんだろうか……。


「時間になったら研修室に来てね!」

「わかりました」


 特訓の時間は一回目の休憩が終わった後。さて、どんな特訓内容なのか、楽しみにしとこう。


  *  *  *


「ふふふ……。待っていたよ、ケイロくん!」

「いや、とりあえず電気つけましょうよ」

「え……せっかくの雰囲気が」


 雰囲気を壊されておどおどする追本さんを無視して電気をつけるあたし。雰囲気も大事かもしれないけど、こう暗くちゃレジも打てない。


「不意の停電とかでもちゃんとレジ打てるか、とかやりたかったのに……」

「そんなのも想定してたんですね」


 そんな想定いらないって。ってか絶対、接客バトルロイヤルではそういう設定ないって!


「ふう……。まぁ良いか。では始めるとしよう! とりあえず最初は基本的な接客項目の確認から――」


 それから約二時間にわたる特訓が繰り広げられた。追本さんはいろんなお客さんを演じ、それがまたリアルでうざかった。なぜかちょっと耳の遠いおじいちゃんの設定が多いのが謎だったけど……。商品の買い足しとかキャンセルとか、財布忘れとかはよくあるパターン。その他、購入前に食べ始めたりとか、突然逃げ出したりとか、商品にクレームをつけ始めたりとか、やたらお金を落としまくったりとか、異常(?)なパターンもクリアした。


「ふう……。ワシが教えられることは……もうない。このつらく厳しい特訓によくぞ耐えたなケイロくんや……」

「なんでちょっと年食ってるんですか」


 追本さん、おじいちゃんのお客さん役が抜け切れてないのか、疲れたのか知らないけど、なんかどっと老けてる。


「ま、でも実際これ以上のことはないだろうから、落ち着いてやれば優勝間違いなし!!」


 確かに、これ以上のがきたら、正直この会社のセンスを疑ってしまう。


「――なんだけど、ケイロくん。プライベートでなんかあった?」

「な、なんですか、突然」

「いやなんかね。どこか、なにかを吹っ切ろうとしてる感があったんだよね」


 また人の心を読んだな……この人。まぁいいや。追本さんには伝えても問題ないでしょ。


「実は、彼氏と別れました」

「えぇーー?! まじで!?」

「はい」

「なんでまた?」

「ちょっといろいろありまして」

「そっか。それでか……」


 理由まではさすがに言えない。というか、くだらなすぎて言うまでもないんだよね。今まで遠距離は自分に合ってると思ってた。そのおかげもあってか、三年遠距離続いてたんだけど。彼氏の方はどうやらそうじゃなかったみたいで。やっぱり心配というか、嫉妬してたみたいなんだよね。あたしが埼玉こっちで楽しそうにやってることに対して。別にやましいことは何もないし、むしろ彼氏と遊ぶお金を稼ぐためにこうやってバイトしてるわけだし。バイト仲間や大学の友達とはほとんんど付き合い断って。なのに、それなのにあれこれ言われるとさすがにうんざりしちゃって。もういいかなって思って、先月の終わりに一方的に別れを告げた。最初は毎日のように別れないでくれって連絡来てたけど、最近ようやく落ち着いたんだよね。


「はい。まぁ、大会は本気で優勝狙いにいくんで、心配しないでください」

「お、おう」


 追本さんに宣言した言葉は本心だ。今までずっと、彼氏のためにバイト続けてきたようなあたしだったけど。会うためのお金も、滞在費とかも。それは別に自分で望んだことだから、どうということではないんだけど。今回の接客バトルロイヤルは良いチャンス。そう――あたしは、自分のために自分の力を試すことができるんだ。




【2016年7月接客ランキング結果】

75.58/Aランク(初のAランク達成!)

80位/211位(全社)


【結果考察】

 やったー! ついに! ついにやりましたよ! 念願の、店舗平均Aランク達成! 追本さんだけじゃなく、あたしもずっと待ち望んでいた。この日が来るのを! あたしがここに入った頃は、Eランクはとって当たり前。接客基準なんて知ってる人は一人もいない。目標に向かって? そんな言葉、一切なかった。淡々と、ビーバーハウスのレジをこなしている人ばっかりだった。それが今では、Eランクどころか、Dランクを取っただけで落ち込む人がほとんど。Sランク取得者もたくさん出るような現場になった。誰がこんな現場になるって想像できただろう。本当に長かった。そして、来月はまるでこの結果の総まとめかのような接客バトルロイヤルが開催される。全国の猛者共よ! 待ってなさい!

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