2016年6月 応援と二つの属性

「応援……ですか?」

「そうなんよねー。初めてここ以外のよその現場見ることができて新鮮だったわー」

「あ、そういうことですか」


 てっきり甲子園の応援かなにかかと思ってしまったが、違うみたい。よく聞いてみると、違う店舗に入っているチェックサービスの応援らしい。そもそも、ここの現場では応援者はまったく来ないので知らなかったのだが、他の現場では応援者が入ることは珍しいことではないらしい。むしろ、応援が来て当たり前というか。うちチェックサービスは契約上、絶対に稼働に穴をあけられないので、どうしてもシフトが埋まらない時なんかは、社員もレジ入ることはよくある話らしい。社長だって、レジに入るみたいだし……。

 それを考えると、このビーバーハウスの現場は、社員どころかリーダーの草野さんですらレジに入ってないから、それだけ人が充実してるってことなんだよね。契約台数の規模が大きいことや、時給とか勤務地とかいろいろ条件が整っているからなんだろうけど、それでもすごいことみたい。


「特に、乙和見さんと一緒にレジ入れたのは良かったね」

「え!? あの人もレジ打つんですか」

「普通にやってたよ。しかも金銭授受めちゃくちゃ速い」

「なんか、それは想像できます。……笑顔は?」

「……。それは、お察しの通り」


 まぁ……なんというか。ここの担当社員の乙和見さんは、とても笑顔をウリにしている会社の社員とは思えない無表情っぷりで。あたしは、あの人が笑っているところを一度も見たことがない。それでも、もしかしたらレジに入ったら人が変わったようにすごい良い笑顔を出すのかな、とか……。まぁ、思ってもなかったけど。どうやら、そのまんまらしい。


「でもなんで突然応援なんて行くことになったんです?」

「まぁ、かけもちでやってた居酒屋も先月いっぱいで辞めたし、ここビーバーハウスの稼働も僕なしで全然いけるようになったし。もっとチェックサービスの他の現場で学んでいこうと考えたわけさ」

「もしかして、またここを辞める……とか言い出すんじゃないでしょうね?」

「ははは! それはもうないよ。今度は、逃げたりしないさ」


 そう言うと、ぐっと親指を立てる追本さん。それなら良いんだけど……。自分なしでもいける、とか言うもんだから、また辞めること考えてるのかとよぎってしまった。


「そうそう、また別の現場で応援頼まれてるんだけど、他に行ける人いないかって乙和見さんから言われてるんだよね。ケイロくん、どう?」


 追本さんはにやにやしながらそう言ってあたしの方を見た。


「おもしろそうですね。行ってみます!」

「よっしゃ! さすがケイロくん! そしたら乙和見さんに伝えとくよ」

「はい。よろしくお願いします!」


 ここビーバーハウスのレジに飽きてきた……というわけではないのだが、あたしはここしか知らない。自分の経験値を増やすためにも、これは良いチャンスと思ってそう即答した。それに、他の現場で自分の力がどこまで通用するのか、試してみたいしね。


  *  *  *  *  *


「東京タワーが見えるんすねー」


 応援当日、駅まで迎えに来てくれた乙和見さんに向かってそう言いながら歩く追本さん。その二人にあたしもついて歩いていた。そういえば、彼氏がこっちに遊びに来た時も結局東京タワーには来なかった。スカイツリーはもちろん一緒に見に行ったけど。


「ところで、今から行く現場はどういう店なんです?」

「食品スーパーだよ」

「スキャンはよくある固定のやつですか?」

「そう」


 追本さんの質問に淡々と答える乙和見さん。ってか、今からその情報? 遅くない?


「食品レジかぁ……。ケイロくん、ホームセンターのビーバーハウスと違って、商品丁寧に扱わないといけないから、慣れるまで大変かもね」

「ですね」


 そんなことはもちろんわかってますって。実は、レジのバイトするようになって他の店のレジが気になるようになって。よく行くスーパーのレジ打ちを観察してたんだよね。なので、初めてとはいえ予習はバッチリ! 追本さんには負けないからね!


  *  *  *


「――以上です。じゃあ実際にレジ入ってみましょうか」


 今回応援に来た『スーパー不死鳥』の担当社員さんは若い女性の方だった。教え方も優しくわかりやすくて、笑顔も素敵な人だった。うちの担当社員とはおおちが……ゲフンゲフン。ただ、思ったより厄介だった。というのも、食品レジだから野菜とか果物はタッチパネルでの登録、というのは予想できていたんだけど、問題は支払い方法の多さ。ビーバーハウスでは現金とクレジットカード、あとは滅多に来ないデビット払いだけだったんだけど。ここではそれに加えて、Suicaとかの交通系ICカード、あとIDってやつも使えるみたい。しかもレジ本体と別になってて、その都度金額とかを打ちこまないといけないからちょっと面倒だった。


「ケイロくん」

「はい?」


 研修を終えて売場に向かう途中、追本さんが真剣な顔であたしを呼んだ。


「キャベツとレタスの違い、わかる?」

「いや、それぐらいわかりますよ!」 

「そうか。なら、大丈夫だ!」


 そう言ってぐっと親指を立てる追本さん。なに? バカにしてんのかな……。まぁ見てなさいって! あたしの適応力の高さ、見せてやるんだから!


  *  *  *


「つ、疲れましたね……」

「だねー」


 研修を除くと、実質四時間ぐらいの勤務だったんだけど、疲れたー!


「それにしても……ぷぷ」

「なんですか?」


 突然追本さんが口元をおさえながら必死に笑いをこらえていた。


「ケイロくんの『ポイントカードはお持ちですか?』には笑わせてもらったよ」

「だ、だってしょうがないじゃないですか! ついいつもの癖で……」

「いやぁ、思い出しただけで……ぷぷ」


 ……殴ったろか、コイツ……。でも普段の習慣というか、いかに無意識にやっていたかということを実感させられた。落ち着いている時は新しく覚えた接客用語とか会釈とかできてた(と思う)んだけど、ちょっと忙しくなってきて心に余裕がなくなった途端、いつもビーバーハウスでやってる言動になってしまっていた。動作はお辞儀になってしまうし、接客用語も、スーパー不死鳥にはポイントカードなんてないのに聞いてしまうし……(お客さんもポカーンとしてた)。


「まだまだ未熟なんだと、改めて感じましたよ」

「一つのことに長けたスペシャリストって割と短期間でなれたりするんだよね。でもジェネラリストになろうと思ったら、それこそいろんなことにチャレンジしないといけないし、時間もかかるから」

「なるほど。追本さんはどっちを目指してるんですか?」

「そうだねぇ……」


 追本さんはそう言うと、腕を組みながらうーんとうなり始めた。


「スペシャルなジェネラリストかな」

「なんですか、それ」

「どの分野でも、ある程度通用する人間になりたいなーって」

「欲張りですね……」

「僕の才能である『学習欲』と『達成欲』がそう望んでるんだから、仕方ないじゃない?」


 そう言って静かに笑う追本さん。


「一つのことに熟達したいっていう欲求はあるけど、僕の短所である『中途半端』って、やっぱりジェネラリスト向けだと思うんだよねぇ」

「それは確かに、そうですね」

「ケイロくんは、自分ではどっちだと思ってるの?」

「あたしですか?」


 うーん。一つのことに集中するか、いろいろ手を出すか、よね。今回の応援でわかったけど、あたしはどっちかというと――、


「スペシャリスト、ですかね」

「なーるほどね」


 そう。結構周りからは器用でなんでもこなせるタイプだと思われてるんだけど、実際はそうじゃない。こうと決めたらそこに向かってひた走りたいし、中途半端は絶対イヤ。だから、追本さんのようにふらふらはできないと思う。そうなんだよね。中途半端に続けるくらいなら、いっそのこと……。

 あたしはこの日、この一ヵ月間ずっと迷い続けてきたことに、答えを出すことに決めた。




【2016年6月接客ランキング結果】

74.54/Bランク

91位/206位(全社)


【結果考察】

 今月も先月よりすこーしだけアップ! 最高点をまた更新したのは良いんだけど……もどかしい! あと0.46点なんだよ!? Aランク達成まであと少しなのに……。すっごい焦らされてる感じがするけど、これが結果だから仕方ない。今回はEランクが一人出てしまったけど、上木野さんが100点を二回取ったのが大きかったと思う。――え? あたし? そう! ふふふ……。あたしも当たりました! なんと96点のSランク! 自己最高点、更新! もう次は100点取るしかないよね。コツは掴んできたから、もうSランクから落ちることはないと思う。ただし、自分のモチベーションがこのまま続いてくれれば、の話だけど……ね。

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