四年目
2016年4月 追本、葛藤と決意
「どういうことなんですか? 追本さん!」
出勤するなり、なかば怒声のような声が響いていた。どうやら毎月恒例の、追本さんと接客三銃士によるミーティングが行われていたようなんだけど……。ちょうど十三時であたしが出勤したぐらいで、追本さんが例の件を発表したみたいだった。
「いや……ほんとはね、三月の接客祭りで初のAランクを取って、堂々と辞めたかったんですけど……。達成こそできませんでしたが、この先はもう僕がいなくても大丈夫かな、と判断しまして」
「ダメです!」
「ダメ……って。えぇーー?!」
さっきから勢いよく否定し続けてるのは下山さんだった。普段は物静かなイメージで、追本さんよりも少し年下なんだけど大人の女性って感じだと思っていたんだけど……。すごい。有無も言わさぬ否定っぷりを発揮していた。
「追本さんいなくなったら、誰が目標立てるんですか?!」
「いや……、もう三銃士だけでもいけますよ。ここまでくれば」
「無理です!」
「無理……って。えぇーー?!」
ほんとすごいな、下山さん。反論の余地をまったく与えるスキがない。
「追本さん。私達は追本さんが立てた計画に協力して接客指導することはできますけど、追本さんみたいに目標立てて、接客祭りみたいなイベントを計画するのは無理なんですよ」
興奮気味の下山さんを援護するように、上木野さんが優しくそう言う。
「そんなことはないですよ。今まで一緒にやってきたじゃないですか」
「そう思うじゃないですか? でもね、さっきのミーティングで話したような分析と対策、私達だけじゃとても思いつきません。追本さんじゃないと」
「うーん。そうかなぁ……」
「そうですよ」
うん。うまい! さすが、上木野さんは追本さんを持ち上げる術を心得てる!
「だから追本さん、先月末は気の抜けたような顔してたのね」
続けて、追本さんの母親と同い年だという咲代さんがそう言った。
「それもあるんですが……。実はプライベートでちょっといろいろあって……」
「言い訳無用。いいですか、追本さん。プライベートで何があろうとも、職場に来たら笑顔で仕事をする。それがプロでしょ? 家族が死のうが恋人と別れようが、お客さんは知ったこっちゃないんだから」
「それは……確かに」
「それができないうちは、辞めるなんて言っちゃダメですよ」
き、厳しい……。追本さん、完全に縮こまっちゃってる。ってか、咲代さん本当にお母さんみたい。いや、咲代さんだけじゃなくて。上木野さんも下山さんもそうなんだけど、仕事のミーティングというより、ダメな息子の説得をする家族会議だよね、この雰囲気は……。あたしが一人埼玉に出るって言った時の両親の反応と同じ空気。
「まぁ……確かに、やり残したことがまだまだあることは事実ですけど……」
「ですよね? 追本さん、ダメですよ! 辞めるなんて言っちゃ」
最後に下山さんがそう言ったあと、ずっと端の方で違う仕事をしていたリーダーの草野さんがガタッとイスの向きを変えると、追本さんを優しく見つめた。
「追本くん、良かったじゃない。こんなに引き留めてくれる人がいっぱいいて」
「はぁ……まぁ……」
「なかなかないよ。仕事辞めるって言った時に、こんなに引き留められることなんて。ありがたいと思わないと」
「それは……確かに」
草野さんがそう言うと同時に接客三銃士の三人もうんうんと大きくうなづく。
「それにさ、こないだ言った通り、うちのサブリーダー陣も今大変なんだよね。モモちゃんは鬱気味だし、大木戸さんは更年期だって言ってるし……。シーさんや多枝元さんだって、私だって……いろいろ大変なんだよ?」
「それは……わかりますが……僕だって……」
「ともかく、追本くんが残ってくれれば、みんなが助かるんだよ。考え直しなよ」
「…………」
追本さんには悪いけど、あたしも草野さんの意見に大賛成。むしろ、ここで辞められたら、怒りすら覚える。ここまでやっといて、あとちょっとだっていうところで! こんな中途半端な終わり方、本当にイヤ。
「……わかりました。もう少し、頑張ってみます」
追本さんがそう言った瞬間、みんなが明るくなった。今までの緊迫した空気が一気に吹き飛んだ。
「当然です!」
「さすが追本さん! そうでなくっちゃ」
「この接客チームのリーダーは追本さんなんだから、しっかり頼みますよ!」
接客三銃士のお三方、本当に嬉しそう。
「そうと決まったら、早速今年度上半期の目標を煮詰めましょうか。今期こそ、絶対に総合Aランク取りますよ!」
追本さんがそう言うと、待ってましたとばかりに再びミーティングは動きだした。ほんと一時は追本さんの気まぐれ発言のせいでどうなるかと思ったけど、なんだかんだ、より一層結束力が高まったんじゃないかな。あれだよね、戦隊モノでもこういうシーンあるよね。メンバーの誰かが裏切って、でもそれには理由があって。それでも、仲間のためにまたチームに戻ってきて。再び迎え入れるチームの方も裏切ったことに関しては微塵も責めないどころか、むしろ戻ってきたことに感謝すらしてるってやつ。本当の仲間って、きっとこういうもんなんだろうな。――あれ……なんか、胸のあたりがぎゅっとする。なにこれ……。アルバイトなんだよ? 確かにいろいろ頑張ってはいるけど、ただのアルバイトなんだよ? なのに……なんでこんなに胸が熱くなるんだろう。
* * *
「お疲れー」
「あ、追本さん、お疲れ様です」
ビーバーハウスの営業時間も終わり、追本さんも業務を終えて事務所に戻ってきた。
「続けるんですね」
「……知ってたのね」
「はい」
追本さんは少しだけバツの悪そうな顔をして、ポリポリと頭をかいた。
「いやー、かっこ悪いよねぇ。辞めるって啖呵切ったのを引っ込めるなんて」
「そうですか? 中途半端で逃げ出す方がよっぽどかっこ悪いと思いますけど」
「……厳しいなぁ、ケイロくんは……」
「あたしだけじゃなく、みんなそう思ってますよ」
これは本音だし、絶対にそうだと思う。
「みんなに説得されたのは嬉しかったよ。実はさ、辞めるって決めてからいろいろ就活っぽいことしてたんだけど、どこも書類落ちでさ。正直凹んでて……。三十代後半って、どこも正規で雇ってくれないんだなーって実感したんだよね。そんな中みんなに引き留められて、こんな僕でも必要としてくれる場所があるんだって思うと……」
追本さんは溜めていたモノを吐き出すかのようにそう言いきると、目頭を押さえてぐっと上を向いた。
「そうですよ。ここでは、追本さんは必要とされています。やりきらなきゃダメですよ!」
自分でも気づかないうちに、あたしの語気も強くなっていた。
「そう……だね。自分の父親にもさ、中途半端だって言われるくらい、僕は昔から何かをやり遂げたことがなかったんだよね。なんだかんだ理由をつけて、逃げ出してたのかもね」
「ここも最近良くなってきたじゃないですか。もう少しなんですよ」
「だね。やっとわかったよ。達成の目の前には大きな門があるんだって。大きすぎて、壁に見えてくじけそうになるけど、門なんだ。押せば開く。もし一人で無理なら、みんなで押せばいい」
「そうですよ! 追本さんにはみんながついてます! リーダーの草野さん、サブリーダーのみなさん、そして接客三銃士! 一人じゃないんですよ!」
そうだよ。それに、あたしだって……。
「ありがとう、ケイロくん」
追本さんはそう言うと、ゴシゴシと目元をこすってにっこり笑った。
「さぁて。チェックサービスinビーバーハウス埼玉店、最終章を始めるとしますか!」
それでこそ、追本さんだ。これこそが、あたしが描くリーダー像。どんな困難にも負けない、折れない。仲間の力を最後まで信じ抜く。そして、最後には必ず目標達成に導く人。そんな人になるんだよね、追本さん! 現実にもそんな人がいるんだって、また行動で見せてくれるんだよね! アニメや漫画だけじゃなくて、現実でも勇気や希望を与えてくれる人がいるんだってことを、示して欲しい。
あたしはいつの間にか、目の前で気合いを入れる男にそんなことを期待するようになっていた。
【2016年4月接客ランキング結果】
72.44/Bランク
102位/202位(全社)
【結果考察】
今月は先月より少しダウンしてしまったけど、70点オーバーのBランク。ただ、去年の12月からEランク0人が続いていたのがついにストップしてしまったのが残念。一人、取ってしまったんだよねー。それでも、Sランクは6人もいるしCランク以下は5人しかいない。この現場、本当に変わったと思う。接客について話をするスタッフも増えたし、何より、以前ならEランクを取ってもなんの反応も見せない人ばっかりだったのに、今回Eランクを取った人はすごくショックを受けてた。もう絶対取りたくないって、追本さんにどうすれば良いか聞いてた。この意識の変わりよう。やっと海面から顔を出し始めたって感じね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます