2016年2月 さぁ世界を変えに行こう

「先月、ついにやりましたね! 追本さん」

「やったねー。全社平均超えは、Eランク者0人に続く快挙だね」


 あたしが珍しく興奮気味に言ったのに、追本さんはどこか冷静というか、テンション低めだった。


「追本さんの改革がついに実を結んだじゃないですか」

「んー。まぁ、僕はそういう環境を整えただけで。実際頑張ったのはケイロくん、きみ達だからね」

「まぁ……そうかもしれませんが」

「それに、まだまだなんだよね。こないだ本社に接客ランキング会議に行ってきて、マスター・サクラエビ氏にも褒められたんだけど。まだまだ上には上がいるって思うと、こんなところで喜んでばかりもいられない」


 そう言って追本さんはぐっとこぶしを握り締めた。ちなみにマスター・サクラエビこと、桜海老さんは、チェックサービスの接客マスター。もう還暦が近い女性みたいなんだけど、追本さんいわく、この会社が接客の会社として成り立っているのは彼女の存在があるからだそうだ。あたしはまだ会ったことはないけど、マスターと呼ばれる人に、いつか会ってみたい。


「まだまだ、いろいろ挑戦する余地は残ってるからね!」

「確かに、全社平均を少し上回った程度じゃ、社長に宣言した30位圏内には届かないですもんね」

「うぅ……。それを言われるとつらい」


 そう。そもそもはそれが始まり。その公約はいまだに果たしていない。まぁ、ちょっとやそっと頑張った程度で達成できるものでもないけど。30位圏内の現場は、どこも現場平均Sランク。それに対して、うちの現場はまだAランクすら取ったことがない。まだまだ、これからだね!


「それでさ、さらに指導の質を高めるために、メンタリングを取り入れてみようと思ってね」

「メンタリング?」

「そう。先週さ、福島正伸さんっていう人のセミナー聞きに行ったんだけどね。今までろんなリーダーシップ論について勉強してきたけど、これだ! って思ったね」


 本当にこの人は影響されやすいというか……。まぁ、知識に対して貪欲なのは良いことかもしれないけど。


「で、それって何なんです?」

「うん。要するに『何かを教える人』というより『生き方で示す人』のことかな」

「……なんか、要約されすぎててよくわかんないですけど」

「あ、ごめんごめん」


 そう言って追本さんは、うーんと腕組みをしながら天井の方を見つめた。そして、考えがまとまったのか、ポンッと手を打ち、また語り始めた。


「もっとわかりやすく言えば、『何も教えない人』だね」

「それって、どうなんですか……」


 あれだけ考えてたはずなのに、余計わかりにくくなったような気がする。


「つまり、学校の先生って、ひたすら教えるわけじゃん? 先生の知識、というより教科書の内容を」

「そうですね。それが仕事ですから」

「で、メンタリングをする人、メンターは何も教えない。教えないっていうのは少し語弊があるんだけど、うーん。行き方を、背中を見せるってことかな」

「それってつまり、追本さんがやってることですよね」


 あたしがそう言うと、追本さんはピタッと動きを止めてこちらを凝視した。


「うー! そう言ってもらえるのが一番嬉しい!」


 なんか、目をうるうるさせてるけど……。いや、これはお世辞でもなんでもなくて。追本さんはいろんな知識を集めてみんなに伝えようとしてるみたいだけど、それ自体はあまり効果がないというか。そりゃそうよね。みんな興味ないんだもん。リーダーになる方法とか、自分の死んだ時のこと考えるとか。だけど、そうやって頑張ってる姿は、みんなちゃんと見てると思う。少なくとも、あたしは……。


「僕はさ、正直、接客三銃士のような能力はないんだよね。上木野さんみたいに毎回完璧な接客で100点取れるわけじゃない。咲代さんみたいにお客さんやスタッフへ欠かさず気配りができて、いつも笑顔でいれるわけじゃない。下山さんみたいにいつもリラックスして自然体な接客ができるわけじゃない。だけどさ……」


 そこまで言うと、追本さんは眉間のあたりをごしごしこすり始めた。


「常に学び続ける姿勢だけは、誰にも負けてないつもり」

「それはみんな認めてると思いますよ」

「本当は、アニメとかゲームの世界の主人公みたいに、世界を救うヒーローになりたかったんだよね」

「は、はい」


 突然何をカミングアウトしてくるんだろう、この人は……。


「でもさ、実際にはこれをしなかったら世界は滅びますってこと、ないじゃん?」

「いや、あったらあったで困りますけど……」

「それは……確かに。でも、みんな心のどこかでは、憧れがあると思うんだ。救世主ってやつに」


 あたしも戦隊モノ好きだから、それは否定できない。もしも絶対悪というものがあるのなら、それと戦うヒーローの姿は、やっぱりかっこいいと思ってしまう。それはそうなんだけど……。


「でもそれって、接客とどう関係があるんです?」

「そこなんだよね!」


 そう言ってカッと目を見開く追本さん。


「僕は思ったんだ。みんな子供の頃はそういう救世主に憧れを持っていたけど、現実にはそういうシチュエーションがなくて落胆してしまう。そうして無気力な大人になってしまうんじゃないかって」


 そりゃまぁ、現実にはアニメとかのようなテンション高い大人って、あんまりいないけど……。


「でもさ、こんな世界だけど……いや、こんな世界だからこそ! 僕らアルバイトが世界を救うことができるんじゃないかって、気づいたんだ!」

「え……どういう――」

「ちょっとで良いんだよ! 僕ら一人一人が意識を高めて、ちょっとでも良い接客をするだけで、世界は少しずつ変わっていくってことさ」

「はぁ……接客で……ですか」


 なーんか、今一つイメージが湧かない。


「バタフライ効果って、知ってる?」

「なんですっけ? どっかでチョウチョが羽ばたいたら、その影響で竜巻が起きる……みたいなやつですっけ?」

「そうそう! それ! つまりは、そういうことさ」


 うーん。要するに、あたし達がちょっとでも良い接客をしたら、どっかの国でなにかが起こる、とか? まさか、ねぇ……。


「世界を変えるにはまず国を変えなきゃ。国を変えるには地域を変えなきゃ。地域を変えるには毎日行くお店での印象を変えなきゃ。お店の印象を変えるには……」

「接客を変える、ですか」

「イエス! さすがケイロくん」


 本当にそこまで影響力があるのか、疑問だけど……。


「お店に来たお客さんがさ、良い接客を受けて家に帰った時とそうでない時とでは、家族に接する態度も少なからず変わると思うんだ。それが積もり積もって、社会に及ぼす影響は計り知れないものがあると、僕は思うんだよね」

「それは確かにあるかも……」


 実際うちでも、お父さんの機嫌一つで家の中の空気が違っていた。あたしも少なからず、それに影響受けてたと思う。もし、毎日お父さんの機嫌が良かったら……。


「ちょっと想像してみて。お店のスタッフがどこもかしこもすっごい良い接客で、テンション高かったら、どう?」

「あんまり暑苦しいのはイヤですけど……。でも、なんか良いですね」

「でしょ? それに僕らが、まずなれば良いんだよ」

「なるほど……」


 なんとなく、追本さんの言わんとすることがわかってきた気がする。そうなると、夢の国とかに逃避しなくても済むって。そういうことよね。


「これは、特殊な能力や技能がなくてもできることなんだ。世界を変えようって意識さえあれば、僕だってきっとできる! この世界には、モブキャラなんて、一人もいない」


 そう言って、興奮気味に立ち上がる追本さん。


「さぁここから! 世界を変えに行こうじゃないか!」


 あれ? いつもなら、この人なに言ってんだろうって思うとこなんだけど。なんか今日は違う。妙に説得力がある。追本さんでも……、あたしでも、もしかして世界を変えられる? 本当にそんな気さえしてきた。




【2016年2月接客ランキング結果】

67.81/Bランク

126位/197位(全社)


【結果考察】

 先月に比べて少し下がっちゃったけど、今月もEランク取得者0人! すごいすごい! そして下山さん100点、咲代さん90点のSランク。さすが接客三銃士! とはいえ、ギリギリDランクの人が結構いたから今回は点数が下がってるみたいね。どうやら最低ランクの克服はできてきてるようだから、次の課題は低ランクの底上げかな? なんか、やっとまともな取り組みができそう。スタート地点に来るまで、本当に時間がかかったと思う。一度崩れたものを立て直すのは本当に大変なんだなって、身をもって実感できた。


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