2016年1月 ゆずれない想い
「ケイロくん、このあと初詣行かない?」
「え? 良いですけど」
今日は今年最後の出勤。追本さんが顔を合わせるなりそう言ってきたんだけど。この人は思いついたことを本当に突然言い出すのだ。普通は断るんだろうけど、あたしの場合は朝まで暇だし……。
「明日朝一で広島に帰るんで、いったん帰りますね」
「オッケー!」
「あと誰が来るんです?」
「カッキーくんだね」
カッキーこと、垣出さんとあたしと追本さん。県外組の三人だ。ここのバイトの人達はほとんど地元の人間なので、大みそかの夜に集まることができるメンバーは必然的にこうなる。
「それじゃ、また後で!」
「了解です」
いつもより少しだけ早い閉店時間を迎えたビーバーハウスを後にして、あたしはいったん家に帰った。追本さん達はそのままご飯を食べに行って、後で合流する手はずになった。
* * *
「明けましておめでとうございます」
合流した時にはすでに時計の針は0時を越えていた。
「数時間振りだけど、あけおめー!」
「あれ、追本さんどうしたんですか? その帽子」
「さっきご飯一緒に行った
「え? それって逆じゃないですか……」
「……そうだね」
そう言って追本さんは、すでに我が物にしてかぶっているハットを目深にかぶりなおした。若狭さんは追本さんと同じぐらいに入った大学生で、追本さんとすごく仲が良い(?)っていうのか……。彼は一回り上の追本さんを『チヒル!』って呼捨てにしてるし、会う度に腹を殴ってる。初めて見た時はイジメかと思ったけど、これが男の子の友情ってやつみたい。その証拠に、こんな素敵な帽子をプレゼントしてるんだから。
「それじゃ、行こっか」
「そうですね」
あたし達は追本さんに連れられて川越にある喜多院というところに向かった。あたしが準備に手間取って遅くなったせいか、ほとんど人がいなくて、すんなり参拝できた。
「追本さん、なにお願いしたんですか?」
「もちろん! 『今年こそはSランク取れますように』って」
「神頼みですか」
「まぁね。カッキーくんは何お願いした?」
「まぁ……いろいろと」
カッキーさんはバイトでもプライベートでも口数が少ない。そのせいもあってか、あまり友達と外に遊びに行くようなタイプじゃなかったらしい。なので、こうやって初詣に参拝に来るのも人生初なんだって。確かに、初めの頃は他人に対して壁みたいなのがあったように思うけど、最近はだいぶ打ち解けてきたんじゃないかな。こうやって、追本さんの突然の誘いにも来てるぐらいだし。
結局寒い中、始発が出る時間まで三人でうろうろして、成田空港に向かうあたしを見送ってもらって別れた。
* * * * *
「やぁ、ケイロくん! 初詣振り!」
実家から埼玉に戻り、大学も少し落ち着いてバイトに来てみると、正月モードはもうすっかり消えていた。久々の出勤だったけど、いつも通りこなして休憩に入ると、追本さんが久々に見せるホクホク顔で迎えてくれた。
「どうしたんですか? なにか良いことでも?」
「んふふー。わかる? わかる?」
新年早々うざいな、やっぱり。でもここは食いついてあげないと、ね。
「すぐわかりますよ。で、なにがあったんです?」
「ついにやったよ! 僕、Sランク取っちゃった」
「マジすか!」
「うん。ほら見て!」
そう言って接客ランキング表を見せてくる追本さん。確かにSランク……って! しかも97点!? うそでしょ……。ずっとDランククラスの追本さんが、いきなり?!
「しかもよく見て。表情減点がなければ、100点満点だったんだよね」
「ほ、ほんとだ……」
接客ランキングの得点は加点評価のポイントだけでなく、減点評価もある。加点評価だけを見れば、確かに100点だった。
「……とはいえ、実は
「あれ……。そうですね」
レジに入ってる時ではなく、
「初詣のお願いが届きましたね」
「まったくだね。運が良かった」
そんなニッコリ追本さんとは対照的に、一緒の休憩だった泰江高さんは暗い……というか、青ざめた表情をしていた。彼女はいかにも繊細って感じのかわいい系の女性。声もか細くて血の気が少なそう。男って、ああいう女性を守ってあげたいって思うんだろうなぁ。あたしもなれるものなら、そうなりたかった……。あたしは追本さんの前ではクールにしてるけど、本当は熱血タイプ女子なんだよね。まぁクールにしてるっていうか、彼のボケのせいで、クールにならざるを得ないだけなんだけど。どっちにしろ、彼女のような儚さとは無縁であることに変わりない。
「泰江高嬢、元気がありませんな」
そう言って追本さんが紳士を気取って声をかける。
「大丈夫です。最近ちょっと運動不足なせいか、疲れやすくて……」
追本さんに対して優しく答える泰江高さん。そうよね、運動とかしなさそうだもん。
「それはいけませんな、お嬢。心技体、すべてのバランスが取れてこそ、良い人生が歩めるというものですぞ」
「は、はぁ……」
ってか、誰だよおっさん!? そんなしゃべり方だったっけ?! 泰江高さん、めっちゃ困ってるじゃん!
「あ、そうだ」
と、何かを思い出したようにちらりと腕時計に目をやると、
「ちょっくら今から、走ろう!」
と、突然言いだす追本さん。……は?
「今から……ですか?」
「そう! 運動不足には走るのが一番! さぁ立ち上がって! 善は急げ、だよ」
「そうですね……。走ってみます」
え? ちょ……。泰江高さんも、そんな追本さんの変なノリに付き合わなくても良いのに……。なんて単じゅ……いや、いい人なんだ!
「さぁ、あの夕陽に向かって、走り出そう!」
「はい!」
いや、今まだお昼の十四時なんですけど! ってか、ほんとに誰だよさっきから! なにその熱血キャラ? あーあ。本当に行っちゃった。倒れたりしないか、心配……。
* * *
「どう? 泰江高さん! たまには良いっしょ!?」
「はい! なんかクラクラしますけど、スッキリしました」
五分くらいして戻ってきた二人は、息を切らしながら帰ってきた。な、なんなんだ……この二人は……。泰江高さんも、クラクラしてるのにスッキリって、意味わかんないよ? 追本さんに毒されちゃダメだよ!
「でもなんか、くよくよしてるのが、ばからしく思えてきました。ありがとうございます、追本さん」
「うんうん。青春に悩みはつきものさ。そんな時は、走るがいい。心が疲れた時は、身体も疲れさすんだ。覚えておくといい」
「はい!」
そう言って目をキラキラさせながら元気よく返事をする泰江高さん。あれれ……。なんか本当にスッキリしちゃってる。頬も紅潮して顔色良くなってる。素直な泰江高さんだから、本当に効果あったのかな。
「それじゃ、その調子で! 素敵な笑顔、お客様に届けてあげて」
そう言って親指をグッと突き上げると、
「はい! 行ってきます!」
と、気持ちよく返事をして休憩室から出ていく泰江高さん。あたしはその二人のやりとりに、ただただ呆然とするしかなかった。
「なんだったんですか、さっきの青春劇は」
「ふっふっふう。たまには、良いんじゃない? 僕も若い頃、悩んだ時はよく河川敷を走ったもんさ」
「確かに走るのは良いと思うんですけど……。なにもバイト中に走らなくても……」
「いんや。泰江高さんには、プライベートで悩みがあるっていうことは前から知ってたんだけど。デリケートな問題だから、男の僕は相談に乗ってあげれない」
なんだろ、デリケートな問題って。
「だから前から筋トレした方が良いですよってアドバイスしてたんだけど、家に帰るとそれどころじゃない。だから、やるなら今しかないって思ったんだよね」
「そういうもんですか」
「口だけじゃなくてさ、なんか実際助けになりたいじゃん」
「その気持ちはわかりますけど」
あんまりバイトで、プライベートなことに触れて欲しくない人もいるわけで。これ、素直な泰江高さんだったから良かったけど、他の人にやったらパワハラで訴えられるんじゃ……。
「僕はさ、バイトが人生の一部みたいになってるから、そこで出逢う人は家族みたいな感じがするんだよね」
「これまでいろいろバイトやってきてるんですもんね」
「そう。アルバイトだろうがなんだろうが、人生での一つの出逢い。今回接客ランキングで97点取れたことももちろん嬉しいけど、それ以上に、僕に関わった人みんなに幸せになって欲しいっていうのが、僕のプリンシパルさ」
「え? バレエ団のトップダンサーになるのが今度の夢ですか?」
「……あ、ごめん。
いつもならプリンを縛るんですか? とか言っちゃうとこだったけど。たまたまこないだ授業で先生が白州次郎のこと話してて知ってたんだよね。プリンシプル。信条とか、原理原則とか、確かそういった意味だったはず。今回はあたしの方が一枚上手だったみたいね。ふふっ!
「ともかく! 可能な限り、みんなの人生に関わりたいね」
人の人生に関わる、かぁ……。あたしは、好きな人だけ関わっていければそれで満足だけど。
「それと……」
追本さんはふうーっと大きく息を吐き出して、真剣な顔つきになった。
「泰江高さんに、彼氏がいなければ、なお良かったのになぁ……。僕も早く、結婚したい」
……。はいはい。もー最後の最後で、全部台無し。やっぱり情けない。そんな弱音を吐いてる間は、良い人見つかりませんよ……まったく。
でも今回は、追本さんの熱源を垣間見た気がした。
【2016年1月接客ランキング結果】
73.35/Bランク
89位/195位(全社)
【結果考察】
今月も先月に引き続きEランク取得者0人! しかも、初めての70点台! しかもしかも、初めて全社平均を上回ったみたい! すごい! すごいよ! こんなの、ここの現場の接客ランキングじゃないみたい……。追本さん達がやってきた指導が確実に実を結んできてる。しかも、ずっとEランクだった泰江高さんが、追本さんと青春ランニングをした一週間後、75点のAランクを取ってた! まさか……まさかね。この調子でいけば、次は全体平均Aランクも夢じゃなくなってきた。あたしも気合い入れなくっちゃ!
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