2015年12月 問題と目に見えないモノ

「いやー、セール忙しかった?」

「普通に忙しかったですね」


 あたしは十二月に入ってからのセール、毎日出勤していた。それに比べて、目の前の三十路男はセールの間連休を取っていた。で、終わった頃にのこのこと出勤してきたってわけ。


「連休なんて、珍しいですね」

「友達の結婚式で、広島帰っとったんよ。久々の連休じゃったわー」


 なんか、微妙に広島なまりに戻ってる……。


「なんか変わったことあった?」

「いえ、特に……あ。そういえば草野さんが探してましたよ」

「ほんと? んじゃ、行ってこよう」


 緊急、という感じではなさそうだったが、草野さんが頭を抱えていた。たぶん……あの件かな。


  *  *  *


「うーん」

「なんでした? 草野さんの呼出しって」

郷道さとみちさんの、件だね」


 やっぱり。実は、追本さんが休んでる間、郷道さんという人がクレームをもらって問題になっていた。この人は主婦なんだけど、子供はまだいなくて見た感じも若ぶりな感じ。それで……なんというか、普通では考えられないミスをよくする人。ミスというか、人をイラッとする態度を無意識でやってるというか。まぁ追本さんも人を(ってかあたしを!?)イラッとさせるけど、彼女の場合はお客さんに対してもその態度を取ってしまうからクレームになってしまう。以前も結構大きなクレームをもらっていて、リーダーだけじゃなくてあたし達学生バイトでもそのことを知ってるくらい。面談しても注意しても空返事で、リーダーの草野さんがとうとう誓約書を書かせる事態になったらしい。口約束じゃ同じことするからって。それで、最後に同じことをやったら辞めます、みたいなことを書いたらしい。たぶん本人は自信があったのか、プライドが高いせいなのかわからないけど、自分からそう書いたみたい。なのに! それがあるにも関わらず、まったく同じミスをしてしまった郷道さん。その彼女をどうするか、という相談だったんだと思う。


「先月もさー。やっとBランクが取れて喜んでた矢先にまたEランク取っちゃったし。セールで忙しくて気も抜けてたんだろうなぁ」

「それで、どうするんですか? 郷道さん、クビですか?」

「いや、本人は辞めるつもりないらしい。誓約書のことは結構前のことだから、草野さんも持ち出さなかったみたいだけど……」


 そう言って、追本さんはうーんと腕を組んだ。


「とりあえず、僕が面談してみることになったよ。まぁ、本人とよく話して、どういう考えなのか聞いてみるさ」

「なんか、これ以上聞いても無駄なような気はしますけど……」

「そうでもないさ。今まではミスばっかりに目がいってて、郷道さんの言い分を聞いてなかったように思うから。今度は、しっかりと引き出してみるよ」


 そういうもんなのかな。郷道さん、言うことだけは立派なんだよね。それなりにいい年齢だし、間違ったことは言ってないんだけど。行動が伴ってないというか、口だけというか……。


「あ! 追本さん! ここにいた! ちょっと大変よ!」


 そう言って突然雪崩れのように入ってきたのはサブリーダーの大木戸さんだった。


「なんかあったんですか?」

「新人の城崎きざき君よ! またミスしちゃって!」

「また城崎かー。今度は何やらかしたんですか?」


 城崎というのは最近入ったばっかりの、あたしと同い年の大学生の男の子。こちらもまた個性的で、一言で言うなら『変』。追本さんの変態とは少し違って、言動がたまにおかしいし、空気をまったく読めないタイプ。あたしは極力関わりたくない。


「捨てちゃいけないレシート捨てるし、値引きもできてないし。しかも注意しても反抗的だし! 追本さんが研修やり始めてから、ミスする子増えたんじゃない!?」


 蒸気をあげながらまくし立てる大木戸さん。


「確かに、研修のやり方は変えましたけど、そんなには影響ないはずですよ」

「そう? 前はレジに出るまで三日ぐらいみっちり教えてたけど、追本さんはすぐレジ出しちゃうじゃない! 不安がってる人もいるんだよ!」

「でも、実際出てみないと、わからないこともわからないですし……」

「そうやって適当なことやるから、城崎君みたいな子が出てくるのよ! ちょっと草野さんと相談するから!」

「はぁ……」


 吐き出すだけ吐き出した大木戸さんは、どこかに走り去っていった。言いたい放題言われてたなー。

 あたしの時の研修は、まだ追本さんが研修のやり方変える前だったから、今のやり方よく知らない。けど、前のやり方は研修で時間かけたにはいいけど、実際にレジに入った時にはほとんど忘れてた。メモしたノート見ながら、なんとかしのいだけど。あんなに時間かけた意味あるのって、思ってた。それにこの場合、研修のやり方うんぬんより、城崎個人の問題なんじゃ……。


「すごい剣幕でしたね、大木戸さん」

「まぁね。実は前々から他のサブリーダー陣からは、僕のやり方に対してよく思われてないのは知ってたんだけどね」

「そうなんですか?」

「うん。ほら、最近研修とかミーティングとかで、僕あんまり売場出てなかったでしょ? なんで追本はのかって思われてるみたい」

「仕事……してますよね」

「まぁ、解釈の仕方の問題だよね。みんな、ビーバーハウスのスタッフとしての業務が仕事だと思ってるから。レジ打ったり、袋詰めサッカーしたりっていう。でも僕はをしてるわけ。接客向上のための指導とかマニュアル作りとか。それがなかなか理解してもらえない」


 追本さんはそう言うと、ふうーっと大きく息を吐いた。


「実際に目に見えることだけが仕事だって、みんな思ってるってことですよね」

「その通り。お店の雰囲気の改善とか、数字に表れにくい部分はやっぱり評価されない。普通の人は、目に見えないものを信じないもんさね。幽霊とかUFOとかもそうじゃん?」


 そう言ってカラカラ笑う追本さん。あたしは追本さんと休憩がかぶるから、彼がどういうことをやっているか聞かされている。だから、決して仕事をしてないとは思わない。数字だって、接客ランキングもちょっとずつだけど目に見えて上がってるわけだし。それでも、いまだにあくせく動いてるってことが仕事だっていう認識が強く残っているんだろう。


「それでも、やるけどね! 誰になんと言われようとも!」

「さすがです。ドMの追本さんじゃないと、やり遂げられないですよ」

「あれ……? それって、褒められてるの……?」

「もちろん」


 褒めてるよね? うん。褒めてる褒めてる。問題はまだまだ山積みだけど、その方が燃える変態だということが、最近わかってきたし。大丈夫でしょ。年末のバタバタしてる時に、郷道さんと城崎の指導問題。まだまだ取り組むべき仕事があるっていうことは、誰の目にも明らか。これはチャンスじゃない?! 頑張ってくださいよ、追本さん!

 さーて、今年もあと少し。あたしももう一踏ん張りしなきゃね。




【2015年12月接客ランキング結果】

68.42/Cランク

113位/194位(全社)


【結果考察】

 ついに! ついに! やりましたよー! この現場始まって以来の快挙! ふふふ……。もうわかるよね? そう! Eランク取得者0人!! 追本さんじゃなくても、これは嬉しい! やっとだよ? ここまで来るのに何年かかってるんだか……。とはいえ、これでやっとスタートラインって感じ。今までマイナスだったわけだから。新しく入ってきた人達もSランク取れるようになってるし、接客三銃士の指導のおかげよね! 中でも最初はパッとしなかった二十代フリーターの男性、垣出かきでさん。彼も90点のSランク取っていた。すごい。短期間でこれほど成長できる人って、見ていても気持ちが良いよね。あと地味に最高点も更新! これは年明けに向けて、幸先が良いんじゃないかな。

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