2014年2月 B活のすゝめ

「そういえば……」

「ん?」


 もはや当たり前のように休憩時間がかぶるあたしと追本さん。これ、リーダーの草野さんがレジ組作る時、意図的にやってるんじゃないかって思うくらいかぶる。いつものようにおにぎりをほおばる追本さんに向けて、今日はちょっとした疑問をぶつけてみようと思った。


「最近ショーコさんの姿を見ない気がするんですけど、気のせいですか?」

「そういえばそうだね。僕も見てないや」


 先月、現場平均Eランクに転落したせいで、ショックで寝込んだり……。なーんてことはさすがにないか。


「あとで草野さんに聞いてみるよ」


 そう言って追本さんはいつものようにスマホをいじり始めた。


  *  *  *  *  *


「ショーコさん、辞めたんだって」

「えぇー!?」


 翌日、会うなり追本さんはそう言ってきた。


「ってか、追本さん。サブリーダーなのに、知らなかったんですか?」

「だねー。なんか、あやふやな辞め方だったらしい。ショーコさん、まだ小さい子どもがいるみたいなんだけど、預け先がどうとかで仕事に集中できなかったみたいだね。先月もほとんど出勤してなかったみたいよ」


 そうなんだ。結局ショーコさんとはほとんど顔を合わすこともなく、接客向上のことに関しても、荷物置場に目標記入のバインダーがかけてあるなーぐらいだったけど。先月の平均点数降下も、ショーコさんがいなくなったことと関係あるのかな……。


「僕もさ、音楽活動の方がいろいろ忙しくて。事務所関連のセミナーも行けって言われて、今月結構あちこち行ってるからね。正直、ショーコさんには全然協力できてなくて悪かったかなーとは思ってるんだよね」

「セミナー? 音楽活動って、ライブだけじゃないんですか?」

「いやー、なんかね。事務所の社長が言うには、音楽で本当にお金稼ぎたいんだったら、経営ノウハウも知らなきゃダメだっていうもんでさ。なんかそういう系のセミナーなんだよね」


 そもそもセミナーというのが何なのかわからないあたしは、音楽活動とは関係ないことをやらされている時点でさらにその事務所の不信感を高めた。当の本人はまんざらでもなさそうなのが、なんか腹立つけど。


「ってか、そういう系のセミナーってなんですか? なんか怪しくないですか?」

「怪しくないよ。要するに、自己啓発セミナーっていうのかな。自分のモチベーションを上げる的な」

「ますます怪しいじゃないですか!」

「そうでもないよー。一回のセミナーで千円くらいだし、知らないことばっかりで勉強にもなるし」

「例えば、どんなこと教えてもらったんですか?」

「そうねー。ベンジャミン・フランクリンの時間管理術、とか。B活のすゝめ、とか」

「誰ですか、そのベニショウガみたいな名前の人」

「いや……ベニショウガって……。アメリカの、避雷針作った人だよ」

「へえー」


 正直、不覚にもちょっと勉強になったと思ってしまった。意外にもまともそうな人物が出てきたなーって感じた。


「それで、B活って何ですか?」

「ビジネスでは、四つの時間管理のフレームがあるらしいんだ。『A=緊急かつ重要』『B=緊急ではないが重要』『C=重要ではないが緊急』『D=緊急でも重要でもないもの』の四つ。当然Aはすぐさばかないといけない。火事をそのままにしとくわけにはいかんっしょ?」

「確かに」

「んで、意外にみんなその次にはCの方に気を取られる。メールの返信とか、アポなしの飲み会とか電話とか」

「だって、メールとか来たらすぐ返さないと、人としておかしくないです?」

「それはごもっとも。ただ、それは友達付き合いでの話。仕事をする上で、すぐに返答しなきゃいけない案件以外のメールにいちいち返信してたら、それこそそれで一日が終わっちゃう人もいるんだって」


 どんだけメール来るんだ、社会人って……。


「んで、DがゲームとかSNSの閲覧とか、かなぁ」

「確かに、緊急でも重要でもなさそう。ただの暇つぶしってことですよね」

「イエス!」


 そう言って追本さんは、ウインクしながら人差指をあたしに向ける。うざいので、ここで話を終わりたかったが、肝心なところを聞いてない。


「……それで、Bは何なんです?」

「よくぞ、聞いてくれました!」


 待ってましたと言わんばかりに、こちらに身を乗り出してくる追本さん。


「Bこそが、毎日の習慣に取り入れるべきもの、なんだ。例えば、筋トレとか、大切な人と過ごす時間とか、勉強とかもそうだよね。やって今すぐ何かが手に入るわけじゃないけど、やればやるほど、真の力になるってやつだね」

「ふーん。そういうもんですか」


 でもめんどくさいな、とふとあたしは思ってしまった。実際すでに大学もめんどくさくなってるし……。筋トレなんてもちろんしてない。高校時代、ソフトボールやってた時に散々やってきたから、もう良いでしょって感じ。あとは大切な人との時間かぁ。これは彼氏と定期的に電話してるし、大丈夫かな。


「と、いうわけで、僕もこれからいろいろ勉強しようと思ってね。自分は何ができるか、何をすべきか、じっくり考えてみようと思うんだ」

「勉強ですか。好き好んでしようとする人、初めて見ましたよ」

「『最も大切なことは、最も大切なことを、最も大切にすることである』ってね! さー! どんどんB活やってくよ!」


 え? 当たり前のことをものすっごいドヤ顔で言ってる……。この人はこれまでどれだけ大切なものを見失っていたんだろうか。だから、いつまでも定職につけないし、彼女にも愛想つかれるんだよね。

 改めてあたしは、こんな三十代にはならないようにしようと、心に固く誓った。




【2014年2月接客ランキング結果】

37.29/Eランク

139位/142位(全社)


【結果考察】

 Eランクに落ちた先月より、さらにダウン。過去最低点更新したらしい……。ショーコさんが辞めた影響だろうか。噂では、0点を取った人もいるみたい。逆に0点って、どうやって取るんだろう……。このままでは、この現場が全社で最下位になる日も近い。

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