2014年3月 変革の兆し 

「ケイロくん、僕はやるよ」


 最近、なぜか音楽事務所の指示で自己啓発セミナーに通いだした追本さん。なんか知らないけど、活き活きとしている。


「何をやるんですか?」

「接客向上、だよ」

「はぁ……」


 なんだろう。この人って、影響を受けやすいタイプなのかな。いわゆる、お人よしの単純思考ってやつ?


「三月いっぱいで沖山さんも辞めるらしいし、男性リーダーはまた僕一人になるから。今度は僕が頑張らんとね」

「え? そうなんですか」


 沖山さん、というのは、秋ぐらいからサブリーダーをやるようになっていた二十代後半の男性だ。そもそもレジのバイトとかパートさんって女性が多い。追本さんもそうだけど、二十代三十代の男性スタッフは非常に珍しいのだ。よく考えれば確かに、働き盛りの男性はもっと違う仕事するよね。沖山さんは熱血タイプの、某テニスプレーヤーのような人で、ショーコさんのサポートを唯一、頑張ってやっていた人だ。ショーコさんが辞めた今、この現場の接客向上の鍵を握るのはこの人だろうと思っていたのに、辞めちゃうんだ。


「そうなんだ。で、僕は目覚めたわけだよ、ケイロくん」

「はぁ……」


 本当に突然どうしたんだろう。いや、でも待てよ。そうじゃない。今まで寝てたの? っていうのが正しいのか。


「この現場は変わらなきゃいけない。先月、ここが何位だったか知ってるよね?」

「確か、139位ですね」

「やばくない!? 142位中の139位だよ? やばくない!?」

「やばいですね」

「ビリから四番目だよ! やばくない!?」


 いや、どんだけやばいを連呼すれば気が済むんだ……。あんたがヤバいよ。


「そこで、だ。ケイロくん。同郷の友として、きみに問おう。改革に必要なのは、なんだと思うね?」


 勝手に友になってるし。ってか、いつまであたしのこと『君付け』にするんだろ、この人……。


「さぁ? 強い意志、とかですか」

「……正解!」


 当たりかよっ!! 適当に答えたのに……。もっと適当にすれば良かった。


「さすが、同郷の友。心が通じ合ってるな」

「たまたま、ですよ」


 こんなことで、追本さんと一緒にされるなんて、まっぴらごめんなんだけど。


「ただ、強い意志には、行動が伴わなければならない」

「なにか行動したんですか?」

「良い、質問だ」


 そう言って追本さんは両指を重ね合わせ、祈るようなポーズをした。


「あ、その前に」


 ……引っ張るなー。


「この現場に足りないものって、なんだと思う?」

「足りないもの、ですか」


 なんだろう。アルバイト同士は結構仲良くやってるし、リーダーも良い人ばかりだ。更衣室は欲しいけど、もう慣れちゃったし。クライアントであるビーバーハウスの従業員さんとも、全員とはいかないけど、一部の人とは仲良くやっている。商品の場所がコロコロ変わって、お客さんに説明するのが難しいっていうのはあるけど、それはレジではどうにもできないし。あたしとしては――。


「特に、足りないものがあるとは感じないですけど」


 そう答えると、追本さんは満足気ににやついた。


「そう。そこがポイントなんだよね」

「どういう意味ですか?」


 さっきからなんだろう。いつもよくわからないけど、今日は一段とわからない上にめんどくさい。


「つまり、だ。きみは今、を心の中で想像したでしょ?」

「確かにそうですけど、そのなにがいけないんですか?」

「まぁまぁ、落ち着いて。僕が問いたいのは、この現場のは何か、ってことなんだよね」


 それなら最初からそう言ってよ。


「僕は気づいたんだ。PとPCのうち圧倒的にPCが弱いってことにね」

「PC? パソコンってことですか?」

「ふっふっふ。違うんだな、これが」


 そう言って追本さんは人差指をメトロノームのように振り始めた。


「Pっていうのは『成果』のこと。そして、PCは『成果を生み出す能力』のことなんだな」

「つまり、どういうことですか?」


 いまいちあたしには話の要点がわからない。


「つまり、ガチョウに金の卵を産ませるには、ガチョウの世話をしっかりしないといけないというわけさ」

「追本さん、もっとわけわかんなくなりました」

「おっと、いかんいかん。そうだった」


 そう言ってまた、人差指を左右に振り始めた。え? なに? わざとなの? おちょくってんの? もしそうだったら、殴りたいんだけど。


「要するにここでいう成果、接客ランキングで高得点を得たいなら、それを取る人達の指導をしっかりしないといけないと。まぁそういうことだよ、ケイロくん」

「そりゃ、そうですよね」


 いまさら何言ってんの、この人……。みんな知ってるよ? ってか、ショーコさんも沖山さんもずっとやってたじゃん? やっぱり寝てたのか。


「そこで僕はさらに考えた。ショーコさんの指導では、なぜ改善できなかったのか」

「結構ショーコさん、頑張ってましたよね」

「そう。接客ランキング表を渡す時も、どこが足りてないとか説明してくれてはいた。でも口頭だけでは、実際どうやれば良いのかわからない」

「私はまだ接客ランキング、当たったことがないのでわかんないですけど」

「え? まじ?」


 そう。ここのバイト始めて一年近く経ったけど、まだ一度も当たっていない。運が良いのか悪いのか。


「まぁこれから嫌でも当たるさ。……で、なんだっけ?」

「できてない部分を実際どうやればわからない、ですよね」

「そうそう、それ。つまり、口頭説明だけじゃなくて、実際の動作指導が必要なわけだ。例えばプラモデルも、説明書を見ただけで作れる人と、そうでない人もいるわけで」

「それは一理あると思います」

「でしょ!」


 その意見には賛同できた。あたしも高校時代ソフトをやってた時、すごくうまい先輩がいたんだけど。その先輩の口癖が『なんでそんなことができないの?』だった。あたしは背も小さいし体力もそこまである方じゃない。だから、人一倍努力してたつもり。でもそのセリフをずっと聞いてきて、なんとなく感じていたことがある。できる人には、できない人の気持ちなんか理解できないんだってこと。あたしは直接受けたことはないけど、ショーコさんの指導は、その先輩と同じ匂いがしていた。


「ただ、それをやるには不足しているものがある」


 やっと最初の質問に戻ってきた。ほんと、まわりくどいなー、この人。


「それは?」

「時間、だよ」


 うん。当たり前すぎて、ぐうの音も出ない。


「僕はショーコさんと違って、Sランクなんて取れないし、ましてや口頭の説明だけでSランクを取らせる指導ができるとは思ってないからね。指導には、ある程度時間かけないと。特にここは、低ランクが当たり前になってるから、ちょっとやそっとじゃ変わらないだろうさ」

「で、どうするんですか? まさか時間を作る、なーんて言うんじゃないですよね?」

「お! 鋭いね。その通り! 時間を作るんだよ」

「まさか、一日を二十五時間にします、とか言い出すんじゃないですよね」

「ケイロくん……。それはさすがに僕でも無理だ」


 そりゃそうだ。逆にできるなんて言った日には、あたしが病院に連れて行くしかない。


「かと言って、朝礼とか昼礼の時間を増やしてやるっていうのも嫌でしょ?」

「それはまぁ……。給料出ないのに、早く来いって言われるのは嫌ですね」

「素直でよろしい。じゃ、例えばお給料出すから、十五分残って、と言われるのはどう?」

「それならかろうじて大丈夫ですかね」

「はい、きたー!」


 そう言って追本さんは小さくガッツポーズをした。なに? なにがしたいの……? え、もしかして。


「それって、毎日十五分みんな残業させる、ってことです?」

「イエス!」

「そんなの勝手にやっても大丈夫なんですか?」

「いや、普通ダメだろうね」


 そりゃそうだ。レジに入ってる時間は終わっているのに毎日十五分、謎の残業があったら会社から絶対なんか言われるはず。それはアルバイトであるあたしにも容易に想像ができる。


「だからね」


 追本さんはそう言って、したり顔を見せた。


「社長に直談判した!」


 ――は? 追本さんが発した言葉は、あたしの理解の範疇を超えていた。


「できない人にしかできないこともあるってことを、証明してみせるさ」


 今日の追本さんは、本当になに言ってるのか理解に苦しんだ。けど、彼の最後の言葉。それを聞いた瞬間、あたしの中でなにかが動いた気がした。




【2014年3月接客ランキング結果】

44.06/Eランク

137位/143位(全社)


【結果考察】

 今月も結局店舗平均Eランク。だけど、100点取った人もいたみたい。ショーコさん以外にもこの現場にはSランク取れる人はいるんだ。できないわけじゃない。とはいえ、また0点取った人もいたみたい。なんなんだろう、この両極端……。どれだけ良い点数取れる人がいても、下の点数の人がいる限り、平均点の向上は望めないよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る