覚醒は突然訪れるが、すぐにレベルマックスになるわけではない
二年目
2014年4月 ミッション・ステートメント
先月、追本さんは耳を疑うような発言をした。社長に直談判? そりゃ従業員の少ない中小企業とかならまだわからなくもない(あたしは中小企業で働いたことないからイメージでしかないけど、なんか社長も一緒に働いてるから毎日社長と話す機会があるってイメージ)。だけど、チェックサービスは全国展開していて、アルバイトの人数も五千人近くいるらしいし。社長と会わずに辞めていくアルバイトの方が断然多いことだろう。もちろんあたしだって、入ってすぐの机上研修で顔写真をチラッと見た程度。追本さんはサブリーダーという肩書にはなっているものの、現場のスタッフのフォローをしているに過ぎない。運営の業務はほぼすべて、リーダーの草野さんがこなしているのだ。そんな、アルバイトに毛が生えた程度のいちスタッフがどうやって社長に直談判を? あの時は休憩の時間が終わってしまって聞けなかったので、今日聞いてみることにした。
「追本さん、先月言ってた直談判の件ですけど」
「ん? あぁ、社長に言ったやつね」
「そう、それです。追本さんって、社長に面識あるんですか?」
「はっはっは。もちろん! ない!」
ですよねー。
「じゃあ、どうやって直談判したんです? 人づてじゃなくて、直談判ですよね?」
すると、追本さんはあたしの質問を無視してスマホをいじり始めた。
「あったあった。これこれ」
「『とことん野郎の熱弁ブログ』……?? なんですか、これ」
追本さんのスマホに表示されていたのは、なんだか暑苦しいタイトルのアメブロだった。あれ……? でもこれに載ってる写真の人、どっかで見たことある気が……。あ!
「もしかして、社長のブログですか?!」
「せいかーい!」
そう言って追本さんはまゆげを上下させた。
「実はね、僕もアメブロやってるんだけど、偶然社長のアメブロ見つけてさ。ちょっと前から更新チェックしてたんだよねー。それで、このアメブロってメッセージ機能がついてるんだよね。知ってる?」
「いえ、知りません。アメブロ見ないんで」
「だよねー。まぁ、簡単に言うと、個人間でメールのやりとりができるってわけ。ここまで言えば、もうわかるよね」
なるほど。直接会わなくても、メールを送った、というわけね。いや、それはわかるんだけど……。
「自分が働いてる会社の社長にアメブロからメッセージ送るのって、なんか変じゃないです?」
「そこがミソなんだよ、ケイロくん」
出た。追本さんお得意の、してやったりって感じのむかつく顔。
「例えば、今回のように何か提案がある場合、担当社員に言うのが普通なんだよね」
それはあたしにもなんとなくわかる。順序ってもんがあるでしょ。
「だけど、僕は考えた。僕の意見を社員に伝えたところで、果たしてまともに取りあってもらえるだろうか……と」
まぁ、現場の不満をいちいち上にあげてたらキリがないよね。たぶん聞くだけ聞いて、もみ消されるのがオチじゃないかな。
「だったら! 直接社長に言えば、すべて解決!」
「そりゃそうかもしれませんけど……。普通やりませんよね」
「だから意味があると思うんだ。まさか社長も、アメブロを通してアルバイトから連絡来るとは思わないじゃん?」
「それで肝心の……、返事は来たんですか?」
そう。こっちからメッセージを送っても、返事が来ないのでは意味がない。すると、追本さんは思いっきり顔面を緩めた。あー。なんてわかりやすい人なんだ、この人は。もう返事を聞くまでもないが――。
「来たよ」
ですよねー。
「なんて来たんですか?」
聞かなくても勝手にしゃべるだろうけど、聞いてくれアピールがうざいので、先手を打っておく。
「なんかね、接客に対する熱い想いを受け取りましたって。ただ、実際今後どうやっていくかは、上層部と話し合って決めるので、ちょっと待ってくださいって」
「すごいですね。ちゃんと返事来るなんて……」
これには本当に驚いた。だいたいああいうブログって、(またあたしの勝手なイメージだけど)広報の人がやってて、本人はやっていないものだと思っていたからだ。いわゆる、ゴーストライター的な?
「まぁ、僕もほんとに返事来るとは思わなかったけどねー。あとは、上からどう指示があるか、楽しみにしとこう」
追本さんはそう言って軽やかに笑った。こういうわけのわからない行動力はどこから出てくるんだろう……。あたしには理解できない。
「ところでケイロくん、ミッション・ステートメントって知ってる?」
「え……? ミッション……なんですか?」
「知らないよねー」
「初めて聞きました」
あれかな。最近のセミナーで学んだことの影響かな。
「ミッション・ステートメント。つまり自分自身の信条とか理念の表明だね」
「はぁ……」
「でもそれを決めるには、まず自分がどういう人間になりたいかってのを知る必要があるんだよね」
「はぁ……」
なんかめんどくさそうな話だなー。
「……今、めんどくさいとかって思ったでしょ?」
「いえ、思ってないですよ」
だからなんで人の心読むのよ、この人! キモい!
「ちなみにケイロくん。将来のことって、考えてる?」
「それは、もちろん。教師になるために、大学で勉強してますから」
「それってさ、将来何になりたいかであって、どういう人間になりたいかってことじゃないよね?」
?? なに言ってんだろ? 同じじゃん。
「どう違うんですか?」
「『何かになる』っていうのは、いくつかある役割の一つじゃん? 例えば、職業。今のケイロくんの場合大学生だし、もし教師になったらそれ」
「はい」
「あときみは、出雲家の娘でもあるわけだよね」
「そりゃ、まぁ……」
「結婚して子供ができたら、お母さんにもなるわけだ」
「そりゃ、そうですけど」
いまいち要点がつかめない。
「つまり、今言った役割は、『何か』であって、『どんな』ではないってことだよね」
「うーん。おもしろい教師、とか明るいお母さん、とか。そういうことですか?」
「イエス!」
そう言われれば、そこまでは考えたことなかったなー。高校時代は女優になりたいっていう夢があったけど、それを諦めて入った大学に入ったわけで……。だから正直、教師になりたくて大学に入った、っていうわけじゃないんだよね……。結婚だって、このまま彼氏と続けばそうなるだろうけど。そこまでお嫁さんになりたいって願望もないし、今は自分の子供のことなんて考えられない。当然、どんな人になりたいかなんて、考えたこともなかった。
「追本さんは、あるんですか? どういう人間になりたいかっていうの」
「僕かぁ」
追本さん、ここまで偉そうにあたしに語ってきて、まさか自分はありません、なーんて言わないよね。
「漠然とはあるんだけど、まだ決まりきってないんだよね」
まさかのー。完全に他人からの受け売りだな、この人……。
「あ、ミッション・ステートメントがってことね。これは決めるのに時間かかるから。ただその前段階の、『自分が死ぬ時周りからどう思われたいか』っていうのは、だいたい考えてるよ
「え……? もう死ぬ時のこと考えてるんですか?」
「そう。このミッション・ステートメントを決める時にやるワークの一つなんだ。自分の葬式の時に、家族や友人達があの人は生前こんな人だったねーって話をしてるところを想像するんだって」
自分の葬式なんて、想像できないけど。あたしまだ成人にもなってないし。
「……で、どうだったんですか?」
「そうだねぇ……。いくつかあるけど、一番しっくりくるのは……あれかな」
「どれですか?」
追本さんは何かを想像するように上を向くと、目をつむりながら言った。
「追本知昼は、死ぬまで夢追人だったなーって」
……えっと。確かに今実行してますけど。
「でもそれって、『どんな』じゃなくて『何か』じゃないですか」
「あ、あぁ。言い方が悪かったかな。つまり、常に夢に向かって挑戦する姿勢を持っているとか、そういう意味」
そう言って追本さんは赤くなって笑った。恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに……。見てるこっちが恥ずかしくなる。
「かっこいいじゃないですかー」
とりあえず棒読みでフォローしとこう。
「それで、今の夢はやっぱりメジャーデビューですか?」
「いや、メジャーデビューは確かに夢だったけど、今はちょっと変わりつつあるね」
「と、言いますと?」
「メジャーじゃなくても、音楽でできることってまだいろいろあると思うんだ。それを近々、形にするさ」
まーた、かっこいい風のことを言って。どこまで本気なのか、読めない人だ。
「それに今までは、生活費を稼ぐためのアルバイトは適当でも良いと思ってたんだけど、それも違うなって」
「違うんですか? 別に良いと思いますけど」
全部が全部本気でやってたら、身がもたないでしょ。
「いや、自分のミッションを実行しようと思ったら手を抜けないなって思ってね。だから僕は先月言った通り、もうバイトでも手を抜かないことにしたわけ」
「はぁ……。それで、どうするんですか?」
なーんか、イヤな予感がする。
「社長に送ったメールに一つ、決意表明も送っといたんだ」
「決意表明?」
「六月末までに、接客調査30位圏内に入ります、ってね」
はぁーーー?! この人、自分でなに言ってるのかわかってるのだろうか。ここの現場は、ドベから30位圏内どころか、ほとんど10位圏内をキープしてるんだよ?!
この日の追本さんのドヤ顔は、あたしの人生の中でもトップクラスに輝くイラつきにランクインした。
【2014年4月接客ランキング結果】
47.61/Dランク
134位/143位(全社)
【結果考察】
先月から少し上がったものの、相変わらずの順位。Eランク取得者はなんと9人! 半分がEランクだよ!? 本当にこんな状況を改善できるんだろうか。もうEランク取りすぎて、なんとも思ってない人達ばかりなのに……。
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