2013年9月 笑顔の価値観

「今月、追本さん当たってましたね」

「そうね。45点、ギリギリのDランク」


 追本さんは接客ランキング表をヒラヒラさせながら興味なさげに言った。


「自分ではお客さんに対して誠実に接客してるつもりだし、こんな見かけだけの評価を点数にしてほしくないよね」

「それはそうですね」


 追本さんのランキング表を見ると、十七マスの中にBとかDとかのアルファベットが散らばっていた。どういう見方をされてどう評価されているのか、あたしがパッと見るだけではまったくわからなかった。


「ちょっと、追本さん! ランキング表のコメント、ちゃんと見てくれました?」


 突然休憩室に入ってくるなり、そう言って追本さんに詰め寄る女性。誰だろう?


「い、今見てますよー。やっぱり笑顔ですねぇ。笑顔、苦手なんですよ」

「明日からみんなちゃんと、目標を記入してもらいます。出勤したら必ず! リーダーがお手本見せないといけないんですから! お願いしますね」

「わ、わかりましたー」


 その女性はそれだけ言うと、足早に休憩室を出ていった。


「誰ですか、今の人……」

「ふぅ……。あれ? 出雲さん、まだ会ってなかったんだ。今のがショーコさん。うちの現場の接客リーダーだよ」


 名前だけは聞いていたものの、ずっと会えてなかったショーコさんという人。突風のように通り過ぎていったなー。働き始めて半年近く経って、ようやく会えた理由がなんとなくわかった気がする。マスクをしていてよく顔がよくわからなかったが――。


「厳しそうですね」

「厳しいよ。なんか接客ランキングで見られる項目があってね。『挨拶動作』『目合わせ』『笑顔』『声』の四つなんだけど。どれでも良いから、出勤したらまず、頑張りますっていう目標書けって」

「あぁ。荷物置場のところにかけてあった、バインダーのやつですね」


 ちなみに余談だが、ビーバーハウスの従業員用の更衣室や個人ロッカーはあるのに、うちチェックサービス用のそれらはない。荷物置場だけあって、着替える必要がある人はトイレで着替えるという扱いだ。それも最初はどうなんだろうと思っていたが、今ではすっかり慣れてしまった。あたしは着替えなくてもいいように、バイト着の状態でいつも出勤してるし。


「そうそう、それ。目標書けって言われても、ねぇ。そもそも『笑顔』っていう項目が100点中40点を占めてるのが気に食わない。笑顔なんて、出そうと思って出るもんじゃないでしょ? そう思わない?」

「まぁ……確かに、楽しくないのに笑顔は出せないですね」


 確かに、楽しくないと笑顔は出ない。だけど、サブリーダーである追本さんがそれを言って良いものだろうかと、少し疑問に思った。


「僕はね、本当にお客さんと向き合うなら、作り物の笑顔を出すべきじゃないと思ってるんだ。そんな嘘くさい笑顔出す店員ばっかりの店、気持ち悪いじゃん。そうは思わないかね、出雲くん?」


 同意を求めてくるなー、この人。ってか、なんで『君付け』? 名探偵風に言ってるけど、もしかしてホームズ気取り? ホームセンターだけに。でもあたしはワトソンくんではない。


「……まぁ確かに、みんな取って付けたような笑顔の店員ばっかりだと、ちょっと怖いですね」

「でしょでしょ!」


 確かに追本さんの言うことにも一理ある。あたしも服買いに行った時、ゆっくり選びたいのに笑顔で話しかけてくる店員さん、苦手だし。あの取ってつけたような笑顔も。でもやっぱり、サブでもリーダーという立場の人がそれを言うのは違うと思う。会社の規定を守らせるのかリーダーの仕事では? ……とは思ったけど、この人もショーコさんみたいに強要するようになるのはもっと嫌なので、黙っておこう。


「僕は、真実を探求するのだ」


 追本さんはそう言うと、45点の調査表を小さく折ってエプロンのポケットにしまった。言葉の響きはかっこいい風の事を言ってはいるが、実際点数で45点というのを見せつけられると、説得力に欠けている。接客リーダーであるショーコさんも、こんな非協力的な人がサブリーダーで大変だな、と他人事ながらに思った。




【2013年9月接客ランキング結果】

50.33/Dランク

119位/129位(全社)


【結果考察】

 結局、追本さんは今月二回当たったらしい。一ヵ月に18人当たるのだが、そのうちの二回が追本さんの低得点。45点と、もう一回は59点だったみたい。Eランクではないにしろ、サブリーダーが足を引っ張るというのはいかがなものか。

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