2013年6月 同郷の男

 先月、なんとか無事に研修を終えて、レジに入ること一ヵ月。……と言っても、ゴールデンウイークに帰省していたり、学校の用事が忙しかったりであまりシフトに入れていなかった。そのせいもあってか、いまだに同じ広島出身の追本さんというサブリーダーに会えないまま、六月を迎えていた。


「ケロちゃん、どう? レジ慣れてきた?」


 出勤してすぐそう声をかけてきてくれたのは、サブリーダーの一人、加藤朱美子すみこさん。バイトの人達はみんなスーさんと呼んでいたからあたしもそう呼んでいたら、あたしもいつの間にかケロちゃんと呼ばれるようになっていた。


「あ、スーさん。おはようございます。そうですね、ちょっと間が空いて久々の出勤なんで、少し不安ですね」

「そっかぁ! 広島に帰ってたんだよね。広島といえば、追本さんとはもう会ってるよね」

「それが、まだ会ってないんですよ」

「あ、だったら今日会えるね。いるから」


 スーさんはそう言うと、肩をポンポンと叩いた。そうか、ようやく会えるのか。


「追本さんって、どんな人なんですか?」


 同郷とはいえ、一応どんな人なのかは知っておくことに越したことはない。


「んー。一言で言うなら……」

「言うなら?」

「ミュージシャンかな」


 ミュージシャン? 音楽をやっているっていうことかな。スーさんの説明ではよくわからなかったので、やっぱり実際に会ってみるしかない。


  *  *  *  


 ロング(七時間以上の勤務)でシフトに入ると三十分の休憩が二回ある。ビーバーハウスはお店も大きくてレジ台数も多いせいか、本当に忙しい。息つく間もないくらい、お客さんがひっきりなしにレジに来る。時給が高いのには、理由がちゃんとあるというわけね。待ちに待った最初の休憩でお昼ご飯を食べようと、買ってきたパンを広げようと思った時だった。


「お! きみが出雲さんだね」


 そう言って、ボサボサ頭の男性が声をかけてきた。


「初めまして、僕が追本です。出雲さん、広島出身なんだよね?」

「あ、初めまして。出雲です。そうです。やっと会えましたね」


 不思議な感覚だった。初対面なのに、そんな感じがしない。これが他県で同郷の人と会った時に感じる、親近感というやつなんだろうか。


「いやー、僕もライブとかあって出勤少なかったから、かぶんなかったんだよね。これからよろしくー」

「ライブって、音楽やられてるんですか?」

「そうそう、一応シンガーソングライターやってるんだよね。今度暇だったらライブ見に来てよ」


 スーさんの情報通りだった。だが、言われないとわからない。年は確か、聞いたところによると三十を越えているらしい。そう言われればそう見えるし、もっと若くも見えるし老けても見える。おじさんなのか少年なのかわからない風貌。ぱっと見はどこにでもいそうで、見た目にまったく気をつかってない感じ。まったく芸能人のオーラのない人だった。


「すごいですね。私、知り合いに音楽やってる人いないんで、興味あります」

「ほんと!? じゃあぜひぜひ!」


 そう返事をした追本さんは、おにぎりをほおばり始めた。音楽に興味があると言ったのは嘘ではない。でも正直、この人の音楽には期待できそうもない。だって見た目が……ね。だが、悪い人ではなさそうで良かった。


「あの、追本さんってサブリーダーなんですよね?」

「ん? そうだけど」


 あたしはおにぎりを食べ終わった追本さんに、気になっていた疑問をぶつけてみようと思った。


「そのサブリーダーって、社員なんですか?」


 不安だったので少し調べて、委託業務と派遣との違いが少しだけわかってきた。委託というのは、現場での業務命令は依頼主クライアントから下されるのではなく、指揮系統もすべて委託側が担っているらしい。つまり、このビーバーハウスのレジ部門の一部(ビーバーハウス側のレジと半々くらい)は、完全にチェックサービスによって運営されているのだ。人数も五十人近くいるみたいだし、そんな大きな現場で社員が一人っていうことはないだろうと思っていたのだ。


「社員じゃないよ。きみ達と同じ、アルバイト」

「え? そうなんですか!?」


 正直驚いた。しかし、追本さんの次の言葉を聞いて、さらに度肝を抜かれた。


「ちなみに、リーダーの草野さんも社員じゃないよ」

「え!? マジっすか」

「うん。マジ」


 なんと、面接や入職手続きをしてくれた、リーダーの草野さんも社員ではないらしいのだ。


「……ということは、ここの現場ってアルバイトだけでやってるってことですか?」

「そういうことだね。一応担当社員がいるはいるけど、月に一、二回しか来ないよ」


 そういうもんなの? 確かに、前に友達に聞いた話によると、先輩バイトさんがだいたい研修とかするって言ってたし。それが普通なんだよね。でもここの場合、他のバイトと違って店舗ビーバーハウスにいる店長さんは、いわば外部の人だし。もっと言えば、チェックサービスを使ってくれてるなんだよね。あたしはただのバイトだし、直接関係ないと言えばないんだけど……。アルバイトだけで運営していると知って、あたしはなんだか急にまた不安になってきた。




【2013年6月接客ランキング結果】

57.42/Cランク

106位/123位(全社)


【結果考察】

 なんか、少しずつだけど平均上がってるみたい。まだ会えていないけど、ショーコさんという接客リーダーが頑張っているんだろう。出勤の時に必ず目標を書けって言われているけど、ほとんどの人はスルーしてるみたい。あたしもだけど……。だって、何を目標にして良いのか、わからないんだもん。やって欲しいなら、ちゃんと説明して欲しい。

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