2013年7月 接客ランキングと夢追人

 埼玉は広島とそんなに気温も変わらない印象だ。梅雨も当たり前のように訪れ、七月に入った今もジメジメとした毎日が続いている。天気ははっきりとしていないが、学校にもバイトにも慣れ、だいぶこっちでの自分のリズムを作れてきた。


「そういえば、追本さん」

「ん?」


 バイトの休憩は追本さんとよく一緒になる。


「いまだに接客ランキングについて、なんにも聞いてないんですけど」

「あぁ……接客ランキング、ね」


 追本さんはそう言うと、ふうーっと大きく息を吐いた。先月、ここの現場を運営しているリーダー、サブリーダーである彼らもあたしと同じアルバイトと聞いて、少しショックだったが、今のところ特に問題なくやれている。だけど、いまだに接客ランキングについて触れられていなかった。


「接客にランクがつけられるってことなんです?」

「そう。個人にランクがつけられて、ランキングは現場単位だけどね。月に何人か当たって、その平均が現場のランクになるってわけ。出雲さん、まだ当たったことない?」

「ないですよ。っていうか、詳しい話、まだ聞いてないんですよね」

「あれ、ショーコさんからはまだ教えてもらってない?」


 すっかり忘れていたが、確かショーコさんという、リーダー達とは別に接客指導をする人がいると千田さんが言っていたのを思い出した。


「千田さんに研修の時、そういう人がいるっていうのは聞いたんですけど。まだ何も教わってないです」

「そうなんかー。まぁ、いろいろ教えてもらうといいよ。前の店ではいつもSランクだったらしいから」


 そう言った追本さんは、どこか他人事のようだった。


「そのSとかの詳しいランクの事教えてくださいよ」

「え? それも聞いてないの?」

「ですね」


 そのショーコさんがSランクを取る人だっていうことは聞いていたが、そもそも何点満点で、何点が何ランクなのかまったくわかっていなかった。


「えっとね。確か、85点以上がSランク。75点以上85点未満までがAランク。65点以上75点未満がBランク。55点以上65点未満がCランク。45点以上55点未満がDランク。そして、45点未満がEランク、だね」

「つまり、100点満点で、85点以上取れば良いってことですね」

「まぁ、そういうことだね」

「ちなみに、追本さんは何ランクなんですか?」

「僕?」


 すると、追本さんは腕を組みながらうーんとうなり始めた。


「確か、四月に当たったのが48点だった気がするなぁ」

「48点!? 低っ!!」


 思わずあたしは大声を出してしまった。サブリーダーなのに、下から二番目のDランク……ということか。


「まぁ、僕は会社が決めたこんな点数なんか気にしてないからね。自分なりに、お客さんに満足してもらえる接客ができれば、それで良いんじゃん?」

「それは確かにそうですけど……」

「所詮バイトだし、ね。僕は音楽活動のための生活費稼ぎでやってるだけ。サブリーダーになったのも、収入が安定するっていうメリットがあっただけで、本当はやりたくなかったんだよね」

「そうなんですか」


 そう言って追本さんはカラカラと笑った。彼の年齢でバイトしながら夢を追いかけ続ける人、本当にいたんだ。あたしの同級生でも見なかったのに。でも、なぜだかはわからないけど、かっこいいとは思えなかった。叶いそうもない夢を追い続けるメリットがあるのかどうかわからないし。少なくともあたしは、彼のような三十代にはなりたくないと心の底で感じていたのは確かだった。




【2013年7月接客ランキング結果】

62.25/Cランク

98位/125位(全社)


【結果考察】

 誰かが100点取ったらしい。接客リーダーである、ショーコさんではないようだ。というか、いまだにショーコさんに会ってない。彼女はどうやら、指導ばかりでレジにはほとんど入らないらしい。それで会えないのか。――ん? 指導……って、何してるんだろ。

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